Index Top 我が名は絶望――

第6節 禁断への生け贄


 自分の力と技は、誰を助けるためにあるのではない。この日この時、セインズを殺すためにある。ディスペアは硝子の剣を構え直した。
 応じるように、セインズが空いた左手をかざす。
「稲妻よ」
 手の平から、青い稲妻が迸った。その破壊力は、一流魔道士が放つものの数倍を誇るだろう。人間程度ならば、塵も残さず消し飛ばす。だが。
「剣よ、その刃で斬り裂きしものを自らの色とせよ!」
 飛び来る稲妻を、硝子の剣の一閃が斬り裂いた。薄紫の光が飛び散り、一転して硝子の剣に収束する。透明な刃が、薄紫の光を帯びた。
「十三剣技・一烈風!」
 硝子の剣の一振りで、一条の稲妻が放たれる。セインズは横に跳んで、稲妻を避けた。後ろにあった木が、稲妻の直撃を受けて、縦に裂ける。
「へぇ……。面白いことができるんだね」
 帯電した硝子の剣と裂けた木を交互に見つめ、セインズが驚嘆した。
「伊達に六百年も硝子の剣を持っていたわけではない。お前が眠っている間に、俺はこの剣の使い方も研究していた!」
 険悪に叩きつけて、硝子の剣を一振りする。空中に小さな稲妻が散った。硝子の剣は、フルゲイトを用いて作られた器物である。その辺に転がっている魔剣とは質が違うのだ。剣として使う以外にも様々なことができる。
 セインズは嬉しそうに笑った。
「これは、楽しめそうだね。砕けろ」
 ディスペアがいた場所が砕け散る。地面に亀裂が走り、爆ぜるように捲れ上がった。千切れた下草が舞う。生身の人間がこれを直撃すれば、身体が粉々になってしまうだろう。
 魔法を躱し、ディスペアは再びセインズとの間合いを縮めた。
「十三剣技・十連牙――!」
 連撃とともに刀身に蓄えられた稲妻が全て解き放たれる。幾条もの青い線が、空を斬り裂いた。強烈な威力を持った稲妻が、次々と地面を吹き飛ばし、木々を粉砕する。
 だが、ディスペアの攻撃よりも早く、セインズは高く跳び上がっていた。魔法で脚力を強化したのだろう。
「五紅火!」
 それに合わせて、ディスペアも跳び上がっている。魔法も使わず、セインズと同じ高さまで跳んでいく。構えた硝子の剣をセインズめがけて振り上げようとした。が。
「光よ」
 間を置かず、セインズはディスペアめがけて光の奔流を放った。辺りに漂う魔法の明かりを圧倒し、全てを白く染め上げる。その威力は想像に難くない。
 ディスペアは硝子の剣を引き戻し、迫り来る光を薙ぎ払うように剣を振った。
「剣よ、その刃で斬り裂きしものを――ッ!」
 白光が破裂する。硝子の刃で斬られる直前に、光は細い光線に分裂した。数は軽く五百を超えるだろう。それらが、一斉にディスペアに襲いかかる。これは、防げない。空中では、避けることもできない。
「―――!」
 無数の光線を身体に浴びて、ディスペアは吹き飛ばされた。悲鳴を上げることもできず地面に激突する。意識を失いかけるものの、それだけは何とか持ちこたえた。しかし、全身をずたずたに引き裂かれて、動けない。
(まずい)
 人間ならば即死である。が、フルゲイトの戦士である自分は、この程度で死ぬことはない。とはいえ、傷が再生するまでの数秒は、動けないだろう。
 それはセインズにとって十分な時間だった。
「やはり、長年封印されていたせいだな。身体が重い」
 言いながら、セインズは近くのクロウに歩み寄ると、
「君がボクの封印を解いてくれたんだね?」
「そうだ、が……」
 クロウが答える。その声には、少なからぬ恐れが含まれていた。
 しかし、セインズは親しげに微笑んで、
「ありがとう。心から礼を言うよ。では、さよなら」
「………?」
 ドッ。
 黒曜の剣がクロウの胸を貫く。
 呻き声ひとつなく、その身体から力が抜けた。クロウは自分の胸に突き刺さった黒い刃を見つめる。何か言おうと口を動かしているが、声はでない。急所は外れているが、もう助からないだろう。
「………」
 誰も何も言えなかった。ミストもフェレンゼも串刺しにされたクロウを見つめている。その瞳には紛れもない驚愕の色が映っていた。
「剣よ、その刃で貫きし者の命を喰らい、大いなる力を生み出せ」
 その文句とともに、黒曜の剣が漆黒の輝きを帯びる。
 セインズが黒曜の剣を引き抜くと、クロウは糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。それが再び動くことは、ない。
 傷が全て再生し、ディスペアは立ち上がる。不気味に輝く黒曜の剣を睨み、
「禁断の技を使ったか……」
「鈍った身体には、活を入れないとね」
 気楽に肩をすくめ、セインズは試すように黒曜の剣を振った。笛の音のような風斬り音が響く。が、剣の軌跡は見えなかった。人間離れしたディスペアの動体視力を以てしても、残像しか捕らえることはできない。
「さあ、行くよ」
 言い終わった時には、セインズはディスペアの眼前にいた。その速さは、今までのものとは比べ物にならない。技術や経験では到底補えない領域である。
 だからといって、何もしないわけにはいかない。
「十三剣技・十一猛虎!」
 セインズの身体を狙って、ディスペアは連続して硝子の剣を突き出した。
 しかし、切先は空を切る。黒い輝きを帯びた黒曜の剣が、硝子の刃を弾き飛ばした。柄を握る力が追いつかない。左手からすっぽ抜けた硝子の剣が宙を舞う。剣が地面に落ちると、硝子の刃が溶けるように消え去った。
「今回は、これで終わりだ」
 酷く優しげなセインズの声。
「破!」
 ディスペアはセインズの心臓めがけて右拳を突き出す。相手が人間ならば、一撃で殺せる殺人打法。無駄な抵抗だと知りつつも、やらずにはいられない。
 だが、拳の先にセインズはいなかった。視界の中から消えている。
「おやすみ」
 それが最後の言葉だった。
 そよ風のような柔らかな衝撃が、ディスペアの全身を走り抜ける。痛みは感じない。ただ、黒曜の剣で全身を斬り刻まれたことだけは分かった。
 支えを失った身体が崩れる。
 なすすべもなく、ディスペアは意識を失った。

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