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第5節 死なない―― |
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思わず足を止め、キリシはそちらに目を向けた。 厳しい表情で、ティルカフィが右腕を突き出している。その隣では、ルーも同じように両腕を突き出していた。合成術が完成したようである。 「デストロイ・フレア!」 二人の呪文が重なり、膨大な力を実体化させた。 稲妻と火炎を伴った巨大な光の槍が、キリシの身体に突き刺さった。威力は先のルーの魔術を凌駕している。合成術が炸裂した衝撃に、周囲のアスファルトがひび割れた。生身の人間ならば、文字通り木端微塵になっていただろう。 だが、この身体は壊れない。アスファルトの地面を砕きながら、林へと突っ込む。激突した数本の木が爆ぜるように裂けた。術の余波は、地面をえぐり、周囲の木々を薙ぎ倒し、その枝葉を燃焼させる。 「これは、効いたみたいだな……」 自嘲気味に呻きながら、キリシはその場に起き上がった。まだ動けるものの、手足に力が入らず、まともに動けない。あと数発強力な攻撃を食らえば自分は倒れるだろう。 間近まで接近していた陽炎が、大上段に大刀を振り上げた。さきほどの魔術の効果が続いているらしく、大刀は細かな稲妻を伴いながら青白く輝いている。 「これでとどめだ!」 「ッ!」 キリシは《杖》を突き出した。 が、剣は手応えもなく空を斬る。大刀がない。 「え?」 視線を落とすと、陽炎は大刀を持ったまま沈み込むように体勢を低くしていた。今のは、《杖》を空振りさせるためのフェイクだったらしい。 陽炎を包む神気が、膨れ上がる。 「神風散水・五段!」 がら空きの身体に、目にも留まらぬほどの超高速の五連撃が打ち込まれた。あまりの速さに動きが追いつかない。攻撃とともに、雷吼のような爆音が轟き、無数の稲妻が飛び散る。極低温の冷気が空気中の水分を結晶化させた。 氷の霧を引き裂き、キリシはさらに後ろへと吹き飛ばされる。一本の太い木に激突し、その幹を砕いて芝生に転がった。痛みはおろか、もう衝撃すら感じない。 しかし、力なく起き上がる。 「あと……少し……」 陽炎が横に跳んだ向こうに、ハーデスの姿が見えた。 ペイルストームから、三発の物質破壊弾が撃ち出される。反射的に避けようとして、キリシは身体を動かした。そのせいで体勢が崩れる。 漆黒の弾丸が―― 左のわき腹、胸、右肩に命中した。 粉雪を踏むような音を立てて、その部分が破壊される。わき腹がえぐられ、胸に背中まで達する風穴が穿たれた。胴体から切り離された右腕が地面に落ちる。 だが、意識は途切れない。 「陽炎、下がれ!」 叫びながら、ハーデスが懐から何かを取り出した。陽炎が下がるのを待つこともなく、それを投げつけてくる。小さな、赤い筒。 「キリシ、それを斬れ! それで、終わる」 それはペイルストームの炸裂弾だった。 見かけは小さいが、その中には空間圧縮によって大量の炸裂弾が詰っている。いわば、爆弾の塊。爆発した時の火力は想像に難くない。 回転しながら飛んでくる炸裂弾を見据えながら、キリシは左手に力を込めた。こめかみに押し当てた拳銃の引き金を引くような心地で、《銀色の杖》を振り上げる。 白い石の刃が、炸裂弾を真下から両断して。 大爆発が起こった。 「―――!」 ふわりと身体が浮き上がる。 視界が白く染まり、暗転した。 音は聞こえない。衝撃も感じない。 感覚として残るものは何もなかった。爆発に呑み込まれたという認識だけが意識に刻み込まれる。だが、それも長くは続かないだろう。自分は死ぬのだから。 ようやく、終わった―― 湧き上がる安堵感に、キリシは笑みを浮かべた。 だが。 笑みを浮かべたという事実に戦慄する。 自分はまだ死んでいない。 (嘘だろ!) 消えていた視覚や聴覚が復活する。 いつの間にか、キリシは立ち上がっていた。 周りには白煙が漂っていて、辺りの様子はよく分からない。地面には何もなかった。芝や木があったはずだが、爆発に吹き飛ばされてしまったらしい。 自分の身体を見下ろす。満身創痍、などという生易しいものではない。 全身に無数の傷と火傷。右足の太腿と左の二の腕はえぐれて、骨が露出していた。わき腹と胸は、穿たれた穴が背中まで貫通している。右腕は肩ごとなくなっていた。ティルカフィとルーの合成魔術を受けた腹部は黒く炭化している。右のわき腹、右胸、左肩には陽炎の大刀による深い裂傷があった。内臓は破壊され、血も残っていない。焦げてぼろぼろになった服が、身体に張り付いている。 どう考えても、生きていられるはずがない。 だが、生きている。 「まさか、死ねないのか……?」 肺は機能していないはずなのに、なぜか声は出せた。 やがて、白煙が風に流されて消える。 自分がいる位置は、爆発前とあまり変わっていない。しかし、辺りの光景は一変していた。木々は根こそぎ吹き飛ばされていて、一帯は荒地と化している。あれほどの爆発があったのだから当然だろう。 幸いにも、四人は無事だった。 ハーデスは元の場所に元の姿勢のまま佇んでいる。爆風から身を守るために、ルーとティルカフィは地面に伏せていた。爆発の近くにいた陽炎は、地面に倒れている。だが、神気による防御のおかげだろう。ふらふらと立ち上がっていた。 「不死身か、こいつは――」 キリシを見据え、陽炎が苦々しく呻く。その顔には疲労とともに、恐怖が映っていた。大刀を構えてみせるものの、攻撃はしてこない。 ティルカフィとルーも立ち上がっていた。複雑な面持ちでキリシを見つめている。 「言っとくけど、もうこれ以上威力のある攻撃は出せないわよ。どうするの?」 「…………」 ルーの問いには答えず、ハーデスはペイルストームを構えた。 |