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第5節 義父の不安 |
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キリシとシャロルの育ての親、コース・エイドである。 エイドの態度に、シャロルが不思議そうに訊いた。 「どうかしたの?」 「いや、ちょっと考え事をしてて」 照れたように、エイドが笑う。 キリシは人差し指で眉をこすり、 「何か話があるって聞いたけど。何なの?」 「君がこの村を出る前に渡しておきたいものがあってね」 そう言うと、エイドは教材の並ぶ棚の前に歩いて行った。一番下にある引出しから、何かを取り出す。 布に包まれた長さ一メートルほどの棒のようなもの。 「これだよ」 エイドが差し出してきたものを、キリシは何も言わずに受け取った。手に持った感触は硬い。やや厚めの板のような感じである。 興味津々といったシャロルに見守られながら、キリシは布を取った。 出てきたのは――木の鞘に収められた一本の剣。 「わあ!」 「これって……」 ぱっと表情を輝かせるシャロルと、慎重に鞘から剣を抜くキリシ。空に解き放たれた反りのない片刃は、部屋の明かりに照らされ銀色に輝いている。 エイドは優しく微笑みながら、 「そろそろ君も一人前だから。これを送るよ」 「おめでとう、お兄さん!」 シャロルが拍手をする。 コウ族の男は、一人前と認められると親から一本の剣を贈られるのだ。何百年も前から続く伝統的な風習である。剣を貰っても何か特権が与えられるわけでもないが、一人前と認められるだけで十分嬉しかった。 「ありがとう」 照れ笑いを浮かべながら、キリシは剣を鞘に収めた。 エイドはゆったりとした足取りで窓の歩いていき、遠い目で窓の外を見つめる。 「それと、君にはもうひとつ話しておくことがある」 「もうひとつ?」 キリシは訊き返した。珍しく緊張感の浮かぶエイドの声に、不安めいたものを感じる。何か大事な話をするつもりらしい。 「君の実の父親のことだ」 囁くように言って、エイドは振り返った。 「……え……」 「お兄さんのお父さんって」 シャロルがびっくりしたように見上げてくる。 「確か……十五年前に父さんに僕を預けてそのまま行方知れず、って聞いてたけど――。顔も見たことないし、名前も知らないし」 実の父親と言われても実感が湧かないのが、キリシの正直なところだった。 物心ついた時から育ての親であるエイドと暮らしていたのだ。八才の時に自分と同じ孤児であるシャロルがやって来てから、今まで何の問題もなく暮らしている。実の親のことなど、考えたこともなかった。 「彼の名前は、レゼルド・オーン・シルバースター」 独白するように、エイドが告げてくる。 キリシは何か言おうとして、何も言わぬまま口を閉じた。突然の発言に、言っていることが呑み込めなかったのだ。思考を一度空回りさせてから、気の抜けた声を出す。 「レゼル……ド?」 それは初めて聞く名前だった。 「そう」 エイドは穏やかに唇を動かす。 「君の本当の父親は、レゼルドという男だ」 キリシはちらりと隣のシャロルに目を向けた。同じく、シャロルも顔を向けてくる。戸惑い隠せないといった面持ちだ。自分も似たようなものだろう。 エイドに目を戻し、問いかける。 「どういうこと?」 「今まで黙っていたけど、一人前の証である剣を受け取った以上、君も自分の過去を知っておく必要があると思う」 説法でもするような声音で、エイドが言ってきた。その声に躊躇や迷いはない。音もなく、部屋の空気が張り詰める。 エイドは口を開いた。 「十五年前の雪の日に、レゼルドは何の前触れもなくこの教会にやって来た。ぼろぼろの格好で、赤ん坊だった君を抱えて。彼は、赤ん坊と所持金の全てを僕に預けて姿を消した。ほんの数分のことだったけど、今でもはっきり覚えている」 キリシは黙ってそれを聞いていた。一字一句を頭に刻み付けていく。この話を聞き逃してはいけない。無形の焦燥が訴えている。 「その時僕は、君が成長したら自分のことを伝えてほしいと彼に頼まれた。これはあくまで想像だけど、彼と君には何か秘密がある――」 そう言うエイドの顔に、暗い影が差した。 が、すぐにそれを消すと、かぶりを振ってみせる。 「けど、今となっては確かめる方法もない。レゼルドの行方も分からない。それに、これから君が自分の過去に会うこともないと思う」 そこまで言い終えてから、エイドは肩の力を抜いた。数時間も話をしたような疲れた表情である。ゆっくりと深呼吸をしてから、柔和に微笑んでみせた。 「でも、この話は覚えておいてほしい」 「分かった」 手にした剣を握り締め、キリシはしっかりと頷いた。 よく分からないといった面持ちで、隣のシャロルも釣られて頷いている。 だが、この時―― 自分がエイドの言った「秘密」に出会うとは夢にも思っていなかった。 |