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第1節 獣人と妖魔 |
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ティルカフィは呪文を唱え、床に座った陽炎に手をかざした。 「ハイ・リカバリィ」 透き通った緑色の光が、その身体を包み込む。あちこちに見える擦り傷や切り傷が、見る間に治っていった。ほどなくして、全ての傷が消える。 ガルガスと陽炎の殴り合いをルーが強制的に終了させてから、キリシたち五人は校舎の中に移動していた。さきほどティルカフィを休ませた部屋である。外から人がいることが分からないように、明かりはつけていない。 傷の治り具合を確かめるように身体を動かしながら、陽炎は壁に寄りかかっているガルガスを睨みつけた。尻尾を一振りし、 「何でだ――? 何でこいつは傷ひとつないんだ? 防御も取らず俺の技を何発も食らって、しかも何十発も殴られたってのに。変だぞ……!」 「ルーさんの電撃も受けましたよね」 陽炎の隣に腰を下ろし、ティルカフィが付け加える。 ガルガスはコートの襟を引っ張り、牙のような犬歯を見せた。 「オレはお前なんかとは鍛え方が違うんだ。あんな豆鉄砲みたいな攻撃の百発や二百発、食らったところでどうってことない!」 「こいつは本気で人間じゃないから。気にしないでくれ……」 力なくガルガスを指差し、キリシはため息混じりに告げる。ガルガスがどんな非常識をしたところで、もはや疑問に思ってはいけない。 しかし、陽炎は納得できないといった眼差しでガルガスを見据えていた。 それらの会話には構わず、ルーが口を開く。キリシとガルガスを見やり、 「そもそも――あなたたちって誰なの?」 「ん?」 キリシはルーに目を移した。自分たちについて話しておくべきことを考える。多いともいえるし、少ないともいえた。だが、今は長話をする必要はないだろう。 指で眉をこすり、手短に自己紹介をする。 「僕はキリシ。あいつはガルガス。カシアク第三高校の生徒だ」 「じゃあ、どうしてティルカフィと一緒にいたの?」 「細かい部分は省くけど……夕方前、買い物の帰りにティルカフィが変な黒服に追いかけられてるところを助けたんだよ。それで僕たちも追われるようになって、一緒に逃げてる」 説明すると、陽炎はちらりとティルカフィに目をやり、 「本当なのか?」 「本当ですよ。美味しいご飯も食べさせてもらいました」 笑顔で答えるティルカフィ。 その二人にルーも含めて、キリシは尋ねた。 「それより、あんたたちこそ一体何者なんだ――? ガルガスとは違う意味でどう見ても人間じゃないだろ。ティルカフィは、自分は妖精で魔術が使えるとか言ってたけど。陽炎、ルーも同じなのか?」 三人は一度お互いに顔を見合わせてから。 代表して陽炎が答えた。 「いや、違う。妖精はティルカフィだけだ。俺は獣人――見ての通りだが。人間を数段上回る身体能力と、神術の資質を持ってる」 「……しんじゅつ?」 という未知の単語に、キリシは眉をひそめた。 それはおそらく、ガルガスとの戦いで見せた青い輝きのことだろう。大刀の一撃で地面をえぐり飛ばしたことを思い出す。 陽炎は顔の前辺りまで腕を持ち上げた。その腕から、青い輝きが生まれる。 「神術ってのは、身体エネルギーの延長である神気を媒介とする特殊能力だ。神気を直接相手にぶつけたり、武器や防具に神気を込めて攻撃力、防御力を高めたり、飛び道具なんかを自在に操ったりできる。自分の神気に、他の物体が持つ属性を写し取る、なんてこともできる」 言い終わって手を振ると、霧散するように青い神気が消えた。 続いてルーが話を始める。 「あたしは妖魔よ。陽炎みたいな並外れた体力や、ティルカフィみたいな高い精神力はないけど……といっても一般人を超える力はあるけどね。あと、妖術が使えるわ」 「妖術?」 再び出てきた未知の単語に、キリシは再び眉をひそめた。陽炎の神術は、一度実物を見ているのでどういうものかは分かるが、これは全く想像がつかない。 ルーは指で眼鏡を動かし、 「ちょっと違うけど、平たく言えば超能力ね――。あたしが使えるのは、探知と透視と予知。行方の分からない人の居場所を探ったり、見えない所にあるものを見たり、数瞬先に起こる出来事を知ったりできるわ。」 「さっき僕の剣を避けたのも、それか……」 「そうよ。性質は魔術と似てるから、魔術みたいなこともできるし。ティルカフィは回復や補助が得意だけど、あたしは攻撃系が得意ね」 隠すこともなく肯定する。これでようやく納得がいった。あらかじめ剣の軌道が分かっていれば、避けるのは造作もないだろう。技術で避けていたわけではないので、全く反撃してこなかったのも納得できる。 「しかしなぁ……」 ガルガスがあくびをしながら呻いた。 「何でお前ら、その獣人だの妖魔だのになったんだ?」 無造作な問いに、三人の視線が一斉にガルガスに向かう。 視線に込められた感情は様々だった。苦いものを含んだ陽炎に、眉を寄せるティルカフィ、ルーはいまひとつよく分からない。 「ティルカフィは『自分は元々人間だった』みたいなことを言ってたけど……。何か深いわけがありそうだな」 「まあな……」 ふぅ、と細い息を吐き出して、陽炎は複雑な笑みをこぼす。この状況で、今さら何のわけもない、ということもないだろうが。 キリシは率直に訊いた。 「事情を説明してくれないか?」 「何か面白そうだし」 余計な一言を付け加えるガルガス。 それは適当に受け流し、陽炎はルーとティルカフィに目を向けた。 「……どうする?」 「特に隠す理由はないわよね」 「キリシさんたちも知っておいた方がいいと思いますよ」 「そうだな」 二人の意見に同意してから、キリシに目を戻す。その瞳には、何かを決心したような光が灯っていた。深呼吸をして背筋を伸ばし、 「始めから話すと――。俺たち三人は、いわゆる孤児だ。子供の頃に親と死に別れて、隣のサセット市にある孤児院で兄妹みたいに育ったんだ」 「ふむ。キリシと同じか」 眉を動かし、ガルガスが呟く。 その言葉に、ティルカフィが訊いてきた。 「同じって、何が同じなんです?」 「……僕も孤児だ。ほんの赤ん坊の頃に今の父さんに預けられた。実の親には会ったこともないし、顔も知らない……って、今は関係ないか。続けてくれ」 促すと、陽炎は視線を上げて、 「去年の四月――つまり、今から一年ちょっと前だな、俺たちはこのカシアク市にある研究所に引き取られた。いわゆる奨学生ってやつだ」 研究所などが孤児を引き取るというのは、それほど珍しいことではない。素質のある者を探し、優秀な科学者を育てるためである。名の知られた科学者の中には、孤児だったという者も少なくない。 「でも、研究所ってどこの研究所なんだ?」 話を遮り、キリシは質問を投げかけた。 このカシアク市には、数人規模の個人研究所から百人規模の国立研究所まで、キリシが知っているだけでも研究所と呼ばれる施設が三十以上もある。ただ研究所と言っただけでは、どの研究所か分からない。 「ヴァレッツ科学研究所だよ」 「あ……。そこか……」 名前を聞いて、キリシは肩を落とした。 |