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第5節 予想外の手


「ッきゃあああああああ!」
 大声で騒ぐ明日香を一瞥してから、寒月は地面に目を向けた。
 地面までは約十二メートル。真下の芝生には、砕けた机とガラスの破片が散らばっていた。しかし、構わず着地する。
 衝撃を足首と膝、腰で受け流し、寒月は駆け出した。
「ああああ……」
 脇に抱えている明日香が呻いているが、止まるわけにはいかない。大学内の舗装された道を走っていく。ここでは加速できない。狭いのだ。
 立ち木の陰から、新手の妖魔が姿を見せる。手には、自動小銃が握られていた。撃ち出された銃弾が身体に突き刺さる――
 直前に、寒月は跳び上がっていた。
 その先には二階の窓がある。寒月は明日香のジャケットに指を入れ、鉄芯を二本取り出した。それを窓へ投げつける。割れたガラスの隙間をすり抜け、校舎内に飛び込んだ。広い無人の教室。そこには誰もいない。
 明日香を下ろす。
「大丈夫か?」
「大丈夫なわけないでしょ!」
 明日香は額に怒りの印を浮かべていた。時雨の収められた袋をきつく握り締めている。怖かったらしい。
「いきなり四階から飛び降りて。あんた、何考えてるの!」
「予想外の事態になった」
 窓の外を眺めながら、寒月は答える。
「急いで大学から逃げなきゃならない」
「予想外の事態って何!」
「あれだ。詳しいことは、後で話す」
 言いながら指差す方向は、校内に植えられた立ち木があった。その上に潜んだ妖魔が、鉄色の筒のようなものを自分たちに向けている。
「バズーカ砲ッ」
 明日香が声を裏返らせ。
 寒月は明日香を抱えて教室を飛び出していた。ロケット弾が撃ち込まれて、教室が爆砕する。爆音が校舎を揺らし、炎が廊下の天井を舐めた。
 寒月は明日香を抱えたまま廊下を走った。正面に窓が見えるが、大学の校門はそちらではない。左手にある手近な教室の扉を蹴破る。
「!」
 先生と学生が、一斉に視線を向けてきた。さきほどの爆音と振動のせいだろう。教室全体が騒然としている。だが、気にしてはいられない。
 寒月は一番手前にあった机を右手で掴み上げた。上に乗っていた教科書や筆記用具などがばらばらと床に落ちる。
「全員、伏せろ!」
 叫ぶなり、寒月は机を放り投げた。その言葉を聞いてなのか、宙を舞う机を見てからなのか、学生全員が頭を下げる。回転しながら飛んで行った机が、窓を破壊した。
「あんた……」
 明日香の呟きを聞きながら、寒月は教室を横切り、窓から飛び出す。地上まで落ちるまで約一秒。それを狙っていたかのように……いや狙っていただろう。校門近くにいた妖魔が機関銃を連射する。
(やっぱり、来たか)
 寒月は自分たち目がけて飛んでくる弾丸を全て見切った。
 明日香のジャケットから抜き取った手裏剣とナイフを投げ、自分たちに当たる弾丸だけを弾き飛ばす。大半の弾はあさっての方向へ飛んでいった。
 地面に着地し、寒月は一息に妖魔へと接近する。新しい弾倉を装填する前に、
「斬!」
 手刀が機関銃を叩き斬る。返す手刀が、妖魔を斜めに斬り裂いた。声も上げずに倒れる妖魔。手加減はしてあるので、死にはしないだろう。数年は動けないだろうが。
 校門を出た所で、寒月は左に向かって走り出した。
「予想外の事態って、どういうこと?」
 風から目を守るように手をかざし、明日香が叫ぶ。
 寒月は懐から烈風を抜いた。
「妖魔が、人間の作った銃火器を使ってることだ」
 走る速度が増していく。今は、車道を走る車と変わらぬほどの速さになっていた。歩道を歩いている人間や自転車を避けながら、ひたすら走る。
「それのどこが予想外なの?」
 周囲を警戒しながら、寒月は答えた。
「妖魔ってのは、自尊心が強いんだ。下級にしろ上級にしろ、自分の力に自信を持っている。だから、武器は使わない。使っても、剣や槍なんかの原始的なものだけだ。人間が作った銃火器を使うのは、恥なんだ」
 背後から妖魔たちが追ってくるのを感じながら、肩越しに弾丸を放つ。直撃はしなくとも、牽制にはなるだろう。気配が揺らいだ。
 話を続ける。
「なのに、今の連中は躊躇いなく銃火器を使っている。これは予想外だ。下手な妖術よりも、近代兵器の方が捌きにくい!」
 寒月は跳んだ。足の下を不可視の何かが高速で飛んでいく。銃弾ではない。妖魔の一人が妖術を放ったのだろう。
 民家の屋根に着地し、再び跳び上がる。
 寒月は次々と屋根を跳び移り、進んでいった。視線の先に、灰色の影が見える。市の中心にある高層ビル群だろう。
「そうだ! 大村先生はどうなったのA まさか殺されたんじゃ……」
「それはない」
 寒月は断言した。追ってくる妖魔たちを肩越しに見やり、
「妖魔は明らかに自分より弱い奴は殺さない。その大村先生とやらも、気絶させられてどこかに転がされてるはずだ。命に別状はないと思う」
「あ――そう」
 明日香は安堵の息を漏らす。
 が、悠長に安堵している暇はない。
「明日香。跳ぶぞ!」
「え――?」

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