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| 第１節 突然の襲撃者 |
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自動ドアが開く。 それを待ってから、明日香はコンビニを出た。 風に吹かれて、髪が揺れる。 「今日は少し冷えるな」 星空を見上げて、明日香は呟いた。 年は十九。早川大学の二年生である。整った顔立ちは、美しいというよりも、凛々しい印象を与える。短めに切った黒い髪。着ているものは、何の変哲もないトレーナーとジーンズだった。右手に夜食の入ったビニール袋を持ち、左手に百センチほどの紺色の細長い布袋を持っている。 おおむね、どこにでもいる女の子だが、決定的に違う所がひとつあった。左目である。右目は濃い茶色なのだが、左目はなぜか緑色である。 「早く帰らないと、爺ちゃんに怒られるよ」 コンビニの横にある時計を見つめ、明日香は頭をかいた。今は八時四十分。九時までに家に帰らないと、祖父に怒られるのである。いわゆる門限というやつだ。 ここから家まで、徒歩で十分。走れば五分で着く。それほど急ぐこともない。 しかし、たまには走るのもいいだろう。 そう考えて、明日香は駆け出した。 が、三秒も経たぬうちに足を止める。コンビニと一般道の境目辺り。 目の前に、二人の男が立ちはだかったからだ。どこから現れたかか見当がつかないが、気がつくとそこに立っていた。 「ん？」 明日香は胡散臭げに、男たちを見つめる。 二十台前半くらいだろうが、老けているようにも見えた。背丈が極端に違うものの、双子のように顔が似ている。どちらにしろ軽薄そうな顔で、痩せた身体に安物のシャツを着ていた。典型的なチンピラといった格好である。 「ちょっと待てくれないか。姉ちゃん」 背の高い男が言ってきた。作り物のように薄っぺらな声である。 露骨に嫌な顔をして、明日香は一歩後ろに足を引いた。 「何なの、あんたたち？ ナンパ、それとも喝上げ？」 二人を交互に眺めながら、尋ねる。自分はどういうわけだか、このような連中に絡まれることが多い。今回もその類だと思ったのだが。 「違う」 今度は、背の低い男が言った。調子は違うようだが、声の質は右の男と変わらない。本物の双子かもしれないが、確かめる気は起きなかった。 表情を変えぬまま、続ける。 「オレたちと一緒に来てほしい。おとなしくついて来れば痛い目は見ないですむ」 「ようするに、誘拐ね」 呟いて、右手を開く。持っていたビニール袋が落ちた。開いた手で左手に持っている袋の開け、中のものを取り出す。丈夫な樫の木刀。 明日香は木刀を正眼を構えた。 「そういうことなら、やめといた方がいいよ。あたしはこう見えても、朝霧流剣術道場の跡取り娘――今まであたしに絡んできて返り討ちにあった奴は二十人を超えるんだから。帰った方が、痛い目見なくてすむよ」 「物騒な娘だねぃ」 背の高い男が気安く応じる。動じている様子はなかった。今の話をはったりか虚勢とでも考えたのだろう。それは、好都合だった。油断は隙となる。 明日香は目で辺りを示す。 「それに、こんな人目のある場所で誘拐ってのも、馬鹿な話だと思うけど」 「そうかな？」 背の低い男が、コンビニを指差した。 つられて明日香もそちらに目を向ける。蛍光灯に照らされた明るい店内。そこには、誰もいなかった。さきほどまでいた客も、店員も。誰の姿も見えない。 「ここには、オレたち以外に人はいない」 背の高い男が告げてくる。 信じがたいことだが、それは事実だった。どういった方法を使ったのかは検討もつかないが、この周りから人が消えている。どんなことになっても、誰も助けに来ない。直感が告げていた。 それだけではない。 「………？」 周囲に意識を向ければ、その場に漂う空気も変わっていた。肌寒いものから、生暖かいものへと。異様な気配に、全身が粟立つ。何かがおかしい。 二人の男が、口元に笑みを浮かべた。それは、見たこともないような、おぞましい笑みだった。人間が作れるようなものではない。 「殺してでも連れて来いと言われている」 背の低い男が呟く。その声は、はったりや脅しではない。 （どうなってるの？） 明日香は唾を呑み込んだ。理由は全く不明だが、この二人は自分を誘拐する気である。しかし、生死は問わない。何が目的なのか。 唯一、自分が窮地に置かれていることは知れた。 「よって、死んでもらう」 言い放ち、男たちが動く。 だがそれは、おせじにも機敏とはいえなかった。まるで機械のような動きである。これならば、木刀を打ち込むのもたやすいだろう。 背の高い男に狙いを定め、明日香は間合いに踏み込んだ。木刀を振るう。 メキ、という音。鈍い感触。木刀は男の肋骨に決まっていた。よほど鍛えてある人間でなければ、これで動けなくなる。のだが…… 「効いてない！」 顔をかすめる拳に、数歩分跳び退る。 視線を転じると、背の低い男が人差し指を明日香に向けていた。 銀光が閃く。 「―――ッ」 明日香は半ば転倒するように、その場から離れた。腕に痛みが走る。左腕には、刃物で切ったような傷ができてた。血が服を赤く染めていく。 見たままを言えば、男の指先から放たれた銀色の糸が腕を切ったのだ。だが、避けていなければ、首筋を切られていただろう。 再び飛んできた糸を躱し、明日香は立ち上がった。糸によってアスファルトが浅く切られる。が、それを眺めている暇はない。 背の高い男が、腕を横に振るう。それだけの動作だが…… 悪寒を感じて、明日香は左へと跳んだ。しかし、右足が切れる。浅いながらも、これも創傷だった。背の高い男は見えない刃を放ったのである。 続けて飛んできた銀糸と刃を、転がるように躱しつつ、明日香は二人から距離を取った。自分の力では二人を倒すことできない。 ここから逃げなければならない。 が―― 「！」 声にならない声。 気がつくと、何かが自分たちを囲んでいる。不気味に蠢く影。人のようなものもあるが、大半が獣のような形、あるいは生き物ですらない形をしていた。それら異形の影が、徐々に近づいてきている。 「お前は逃げられない」 二人の男も、いびつに変形し始めた。全身から生えた獣毛、前屈みの体勢、牙のように伸びた歯、異様に大きな目。破れた服が、身体に貼りついている。もはや、人間の面影を残していない。 「一体、何なの……？」 すがりつくように木刀を握り直しながら、明日香は叫んだ。自分を襲ってるのは、人間ではない。言いようのない恐怖に、恐慌状態に陥りつつある。自制が利かない。 自暴自棄に、二匹の獣に木刀を向けて。 ヒュゥゥゥ。 上から風を切るような音が聞こえた。 |