Index Top 第1話 終わり、そして始まる

第3章 好奇心 疑問 理不尽?


 息を吐き出してから、身体を横にずらす。手足はリクトの意志に従って動いていた。今はリクトが身体の主導権を持っているようである。
 ベッドに腰掛けた体勢で、両足を動かした。
 手と同様足も青い。青みがかった水色の皮膚。爪は白っぽいようだった。
 視線を持ち上げ訊いてみる。
「とりあえず色々と聞きたいことがあるんだけど」
「どうぞ。時間はたっぷりありますし、わたしに答えられることなら答えます。遠慮無く質問してください、リクトさん」
 自分の口で質問し、自分の口で答える。傍から見ると独り言を言っているようにしか見えない。幸い観察している人間はいない。オルワージュも部屋を出て行ったしまった。部屋を出た場面は見ていないが。
「生命科学研究所って確か――薬とか作ってる研究所だよな?」
 記憶を辿りつつ顎に手を添える。
 通称、生科研。一度は名前を聞いたことはあるが、具体的に何をしているかはよく知られていない。多くの人間の認識は、薬の研究をしている研究所と考えられている。
「はい。薬だけでなく医療技術の研究が主ですね。他にも色々とやっていますけど、詳細まで説明すると長くなってしまいます」
 ミナヅキが言ってくる。
「で、君って何者? 人間じゃないよな」
 リクトは尋ねた。右手を持ち上げながら。
 肌の色は青みがかった水色だ。それを除けば人間と変わらない腕である。ただ、人間ではない。他の部分がどうなっているかも分からないが。
「そうですねぇ……」
 ミナヅキは両目を閉じた。
(何を考えているかまではわからないんだな)
 ぼんやりとリクトは考える。身体の動きは分かってもミナヅキの考えていることまでは分からない。身体は共有しているが、思考は別々になっていた。
 目を開き、ミナヅキが口を開く。
「妖魔と呼ばれる、人工生物です。人間の情報をベースに精霊の要素を組み込み、作り出されました。妖精とか妖怪とか、そういうものに近いですね。精神化と呼ばれる、生物の形質変化の実験です。分類状準一級機密です」
「全然わからん」
 正直に答える。
 単語自体の意味は理解できるが、実際何をしているのかは理解できなかった。ようするに人外の者を作る実験をしているのだろう。強引に納得する。
「ひとまず着替えましょうか。この格好でいるわけにもいきませんし」
 ミナヅキがベッドから立ち上がった。
 足の裏に触れる、冷たい床の感触。
 ぺたぺたと床の上を歩いていく。歩くたびに髪の毛が小さく跳ね、大きな胸が上下に揺れていた。男では考えられない感覚である。
 オルワージュが用意した白い箱の前までやってきた。
「ん?」
 箱の上に置かれたもの。
「鏡ですね」
 大きな手鏡だった。
 なんとなく手を伸ばし、手鏡を掴む。その動きはリクトの意志だった。ミナヅキが身体を動かしているが、リクトの意志を邪魔する気はないらしい。
 手鏡を自分に向ける。
「こういう顔なのか」
 鏡に映った少女。年齢はリクトよりいくらか年下くらい。十代後半に見える。見た目と実年齢が一致する保証もないが。のんびりしたしゃべり方とは対照的に、顔立ちは凛々しい。そして間違いなく絶世の美少女に分類される美しさだ。
 自分の顔に驚きつつも、観察を進める。
 肌は腕同様青みがかった水色で、瞳は緑色。口を開けてみると歯は普通に白い。しかし、下や口内は淡い赤紫色だった。色素がどのような構造になっているかは謎である。
 頭の横から伸びる耳。気付かなかったが、細長く尖った耳だった。
 改めて自分が自分で無くなっているのだと事実を突きつけられる。
 ミナヅキが手鏡を箱の横に置いた。
「他の部分も見てみます?」
 気楽に言いながら。上着の帯に手を掛ける。入院患者の着るような白い寝間着。その下には下着も着けていないことは分かっていた。
 呼吸が止まり、心臓の鼓動が早くなる。
「他って……?」
「どうせ着替えるのですから。これからしばらくはわたしの身体で生活するのですし、わたしの身体を見慣れておかないと大変だと思いますよ」
 言いながら、ミナヅキは白い寝間着を脱いでいく。普段自分が着ている服を脱ぐ。ごく自然な動作であり、リクトが止める間もなかった。
 抜いた寝間着をミナヅキは畳んで、棚に置いた。
「ぅ」
 身体を撫でる部屋の空気。
「…………」
 思わず自分の身体を見てしまう。
 細いように見えてしっかりと芯の入った手足。張りのある大きな乳房。青い乳首が、つんと起って自尾主張をしている。身体の表面には紺色の模様が画かれていた。引き締まった腹筋と何も生えていない股間 今まで見たこともない、女性の裸だった。
「どうですか? スタイルは自信あるのですけど。触ってみます?」
 ミナヅキが両手で自分の胸を持ち上げる。
「………」
 当然その感覚はリクトも共有することとなった。大きく丸く柔らかな乳房。筋肉がしっかりしているのか、柔らかさよりも弾力の強い乳房だ。男の身体とは違い皮膚は絹のように滑らかで、柔らかい。
 そして、両腕に掛かってくる意外な重さ。
(喉が熱い……)
 胸の奥に感じる灼熱感。
 しかし、身体は停まらない。
 手を動かしてみると、揺れる感触がはっきりと分かる。
 むに、と指が柔らかな肉に食い込んでいく感触。さらに胸からは触れられている感触も伝わってきた。指を動かすと、大きな双丘が形を変えていく。
 その先端で自己主張をする小さな乳首。
 リクトはそっと指を触れさせてみた。
「んっ」
 胸から走った痺れに、動きを止める。胸から背筋に、小さく衝撃が走った。男の感じるような快感とは、全く毛色の誓う快感。背筋から首元まで駆け上がる弱い電流。
「リクトさん――」
 ミナヅキの声に、リクトは硬直した。
 一瞬で、自分の状況が頭に並べられる。ミナヅキの身体。リクトの精神。リクトが身体を動かしていても、ミナヅキはその感覚を全て共有していた。リクトが卑猥な手つきで胸を触っていたことも、ミナヅキははっきりと体験している。
「………」
 頭が真っ白になる。もはや言い訳すら浮かんでこない。
 好奇心に任せて弄っていたが、この身体はミナヅキのものであり、感覚も全て共有しているのだ。見られていたどころではない。
「せっかくですから下の方もどうです?」
 言いながら、ミナヅキは右手を下腹部へと移動させる。
「待てコラ」
 リクトはその手を止め、引き戻した。
 停止した思考が、急激に動き出す。羞恥心を上回る理不尽さ。
 人間ではないが、ミナヅキも女の子である。男であるリクトに無遠慮に身体を触られるのはいい気がしないはずだ。リクトは普通にそう考えた。なのに平然とそれ以上の事を勧めている。茶化しや冗談でなく至って真面目に。
「何かおかしくないか――?」
 リクトの問いに、ミナヅキは首を傾げた。
「リクトさんも健全な男の人ですし、わたしの身体になって、いつまでも欲求を抑えておくのは大変だと思います。それなら変に我慢するよりも、思い切ってやっちゃた方がいいと思いますよ?」
 ごく当然とばかりに言ってくる。
 言っている事は間違ってはいないと、リクトは思った。健全な男なら女の身体には興味が尽きない。無理矢理押さえ込むよりは、何らかの形で発散した方がいいだろう。
「いいのか、ミナヅキは?」
 リクトは困惑しながら、
「それって自分の身体を、他人に好き勝手に弄り回されるってことだろ?」
 両手を上げ、両乳房を鷲掴みにしてみせた。やや乱暴に捕まれ、乳房が形を変える。指が水色の皮膚に食い込んでいた。普通の女の子なら、男に胸を鷲掴みにされるのは嫌悪感を覚えるものだ。
 しかし、ミナヅキはそのような感情を見せていない。
 感覚を共有しているからこそ、はっきりと分かる。
 ミナヅキが手を放した。
 小さく眉を寄せ、ミナヅキは苦笑いを見せた。
「うーん。実を言うと、わたしもこういう事に興味あるんです。でも、一人でするのは怖くて……今までやったことはありません。でも、リクトさんがやってくれるなら、諦めもつくかなって」
 どこか気恥ずかしそうに口元を緩める。
 なんと言うべきか。
 リクトは数秒考えてから、
「………」
 何も言わずにため息をついた。
 今までの会話から、リクトはミナヅキを真面目な子だと思っていた。事実、真面目な性格である。だが、性的な事への興味は人並み以上だろう。穿った言い方をすれば、むっつりスケベ。ただし、実行に移す勇気はないようだった。
 それでも、リクトが自分の身体を性的に弄ってくれる事を期待している。
 リクトは大きく深呼吸をしてから。
「とりあえず着替えるか」
 棚に置かれた箱に手を置いた。白いプラスティックでできた衣装箱である。両手で抱えられる大きさで、中身は見えない。大きさは畳んだ服が入るくらいだろう。蓋にはミナヅキ用衣装と記されたラベルが貼られている。
「はい」
 頷いて、ミナヅキは箱の蓋を開けた。

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14/6/24