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第26話 子猫の誘い


 ラセンとマキが睡り、オーキも布団に入る。
 明かりを消し、静かな夜の闇の中、眠気に身体を任せている時だった。
 不意に胸の上に何かが乗っかった。猫くらいの重さ。
「こんばんは、ご主人様ー」
 目を開ける。
 胸の上に座っている小さな人影。天井から吊るされた小さな光石の光に照らされ、薄くうか浮かび上がっている。猫耳と尻尾のある小さな女の子。
 マキだった。
「ん? 何だ?」
「夜伽に参りましたー」
 にっこりと笑い、マキが言ってくる。オーキに向けられた黄色い瞳。そこには本気の光が映っていた。冗談を言っているようには見えない。
 一息吐き出してから、オーキは布団から両手を出し、マキの顔を掴んだ。人差し指と親指で、小さな頬を摘む。そのまま左右に引っ張った。
「うにー! いはい、いはいです! 引っ張らないで下さいー!」
 オーキの手を掴み返しながら、マキがぱたぱたと暴れている。意外とよく伸びる頬。
 頬から手を離してから、オーキはマキの脇に両手を差し込んだ。上体を起こしつつ、小さな身体を持ち上げ膝の上に下ろす。
「いきなり何を言い出すんだ……?」
 頭に手を乗せ訊く。実は薄々予想はしていたのだが。
「夜伽ですよ、ご主人様? 男と女の夜のエッチな秘め事です」
 誘うように眼を細めるマキ。人形だというのに妖しい色気がそこにあった。生きているような艶めかしさ。ラセンやマキは生物ではないが、完全な無生物でもないのだ。
 オーキは無言で唾を呑み込む。
「ワタシもこういう事に興味があるお年頃なんです。ご主人様もこういうことは嫌いではないと思いましたので。お姉様とも身体を重ねているようですし」
 口元を隠すように手を当てる。
「お前は情報固定してあるんだろ?」
「それとこれとは別ですよ?」
 オーキの問いに、マキはからかうように微笑んだ。
 マキは既に基幹情報の固定がなされている。ラセンのように人間の組織を定期的に取り込まなければならないということはない。だというのに、こうして夜這いにやってきている。単純にそういう性格なのだろう。
「何だかな――」
 頭を掻きつつ、窓を見る。
 閉まっている水色のカーテン。外の景色は見えない。
 マキが身体を近づけてきた。オーキの太股に左手を置き、右手で寝間着を掴む。メイド服の上からでも分かる、大きな胸の膨らみ。ふらふらと誘うように尻尾が動いている。
「ワタシの身体、ご主人様の好きにしてもらって構いませんよ。何か要望があれば、できる範囲でしますし。痛いのとかはちょっと勘弁してほしいですけど」
「ラセンは?」
 ふと気になって訊く。
 ベッドの横に置かれた箱の中でラセンがうつ伏せに眠っていた。魔術人形であるが、ラセンたちは睡眠を取る。内容は生物の睡眠と同じで、情報の整理を行っているらしい。
 微かに眉を寄せる。
 眠っているように見えるが、眠っているとは少し違う。
「お姉様なら大丈夫ですよ。ネジ止めてありますから」
「ネジ……止める?」
 マキに眼を戻す。
 ネジ。ラセンとマキの背中に着いているゼンマイネジの事だろう。それを人間が巻くと、内部のゼンマイに巻いた人間のエネルギーの一部を吸収し、蓄積する。それが、活動のエネルギーとなる仕組みだ。燃費はいいらしく、オーキの負担になるほどではない。
「背中のネジを逆向きに回すと、一時的に機能停止状態になるんですよ。あ、安心してください。普通に巻けばまたちゃんと動き出しますから」
 ぴっと人差し指を立て、マキが得意げに言ってくる。頬を少し赤く染め、尻尾をぴんと多立てていた。とっておきの秘密を口にした時のように。
「だから今のお姉様は何があっても起きませんので、心配いりません。ワタシたちでたっぷり楽しみましょう」
「初耳だ」
 オーキは左手でマキの身体を持ち上げ、抱き寄せた。
 小さいながらも、たわわな膨らみがオーキの胸板に押し付けられる。ラセンの控えめな膨らみとは違う大きさ。これは単純にフリアルの趣味なのだろう。
「あの――ご主人様。なぜワタシのネジを掴むのでしょうか?」
 マキが硬い声を出す。
 オーキの右手はマキのネジを掴んでいた。ラセンと同じ形であるが、色は金色。金ではないが、何かのメッキを施してあるようだった。
「本当なのか試してみたくなって」
「えと……」
 気の抜けた笑みを浮かべながら、マキが視線を泳がせる。
 カチッ。
「!」
 オーキがネジを逆向きに回した瞬間。
 何かが外れるような手応え。
 そして、マキの身体から力が抜けた。眠ったのではない。まるで糸が切れてしまったかのような唐突な脱力。両目も閉じ、猫耳も尻尾も力無く垂れている。
「本当に動かなくなった……」
 ぺちぺちと頬を叩いてみるが、反応無し。頬を引っ張ってみても反応無し。猫耳や尻尾を触っても反応無し。まるで普通の人形だった。本当に機能停止になっている。
 マキを抱えたまま、オーキはベッドから降りた。
 動かないマキを寝床に戻し、布団代わりのタオルをかける。
「来るなら、別の機会にしてくれ」
 独りごちてからオーキはベッドに戻り、布団に潜り込んだ。

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13/10/10