Index Top ネジまくラセン!

第15話 赤い髪の料理人


 そこは小さな飲食店だった。木蓮亭と書かれた古い看板が掛けられている。街の片隅にある食堂兼酒場。そこがクリムに紹介された店だった。
 面接をするような場所は無く、店内の椅子とテーブルをそのまま使っている。こざっぱりした店内には、四角いテーブルが五つ置かれている。ラセンを入れた鞄は後ろの椅子に置いてある。動かないように念入りに釘をさしたので、今のところ何もしていない。
「君がオーキ君だね。クリムさんから話は聞いているよ」
 白衣を着て割烹帽子をかぶった、短い黒髪の男。四十ほどでがっしりした体付きだ。料理という仕事はかなり力を使うらしい。この店の主人であるナカン・セリスタ。
 セリスタは気楽な笑顔でオーキを眺めていた。
「うん。真面目そうだし、問題ないね。とりあえず、今週末から働いて貰おうかな。最初は皿洗いとか基本的な事だけど、慣れてくれば簡単な料理とかも任せられるかな?」
「はい」
 オーキは頷く。
「クリムさんから、裁縫が得意って聞いてるけど」
「子供の頃からの趣味でしたから」
 セリスタの問いに、素直に答える。
 面接ということで緊張していたが、拍子抜けしてしまうほどにあっさりとしたものだった。既にオーキを雇うという方向で話が進んでいる。あらかじめクリムから必要な事は伝えられているのだろう。
「じゃ。これにサインしてね」
 テーブルに置かれた紙。雇用条件の確認の書類だった。
 オーキはその内容に目を通す。特におかしな部分は無い。
「おはようございマス」
 声が聞こえた。訛りのような声音のズレのある声。
 オーキは振り向き、入って来た相手を見た。
「………?」
 若い女だった。
 具体的な年齢は分からないが、一応自分よりも年上だろうとオーキは判断した。背中の中程まで伸びた赤い髪の毛。クリムのように赤っぽい茶色でなく、ほぼ赤に近い赤毛だ。服装は簡素な白いワンピースである。
 ただ、何かがおかしい。どこか作り物めいた雰囲気を持っている。
「セリスタさん、こちらの人は?」
 緑色の瞳をオーキに向け、セリスタに尋ねた。文章を読み上げるような、やや淡泊な口調である。どこかの訛りにも聞こえる。
 右手を上げ、セリスタが答えた。
「新しく入ったアルバイトくん」
 オーキは軽く一礼する。
「はじめまして。オーキです」
「ワタシはノート・ルクと言いまス。このお店でお料理作ってまス」
 ぺこりと頭を下げるルク。この店の料理人らしい。この店をセリスタ一人で切り盛りするのは大変なのだろう。
「おい。お前――!」
「!」
 聞こえた声にオーキは振り向いた。
 後ろのテーブルにラセンが立っている。眉を内側に傾け、ルクを睨み付けていた。それをルクが驚いたように見つめ返している。
「あ。これが、噂の魔術人形が。へぇ、本当に生きてるみたいだね」
 セリスタの言葉に、オーキは瞬きをした。ラセンについては聞かされていたらしい。
 同時に、クリムの言っていた事の意味を理解する。オーキにこの店を紹介し、ラセンを連れて行かせたか。ラセンをルクに会わせるためだろう。
「あなたハ?」
 ルクの問いに、ラセンは両腕を腰に当て胸を反らした。狐耳と尻尾をぴんと立て、
「アタシはラセン。夜狐の女王だ。それより、お前は何者だ? 人間ではないだろう? しかも、アタシと同じ匂いがする……何者だ?」
 黄色い瞳をルクに向ける。
 その問いに、ルクが緑色の眼をセリスタに向けた。
「ああ。いいよ。別に。あ、オーキくん。彼女の事は、できれば秘密にしておいてほしいんだけど、いいかな?」
 セリスタは暢気に笑いながら手を動かす。
「ええ」
 オーキは言われるままに頷いた。ルクは人間ではない。セリスタはそれを知った上でルクを雇っている。ルクの存在にはクリムも何か噛んでいるのだろう。
「ワタシは――」
 ルクが持ち上げた右腕が溶けた。指や手の形が崩れ、肌色が抜け、青いゲル状に。前腕が青い粘液となり、垂れ下がっている。明らかに人間の身体ではない。溶けた腕は透明で、向こう側が透けて見えていた。
「見ての通りの液状魔術生命体でス。普段は魔術で人間のような姿になっていますケド。簡単に言うト、人間並みの知能を持ったスライムですネ」
「………」
 オーキとラセンは言葉を失い、その腕を凝視していた。
 人工的に作られた魔術生命体。滅多に見かけるものではない。それが小さな食堂兼酒場で料理人をしている。奇妙としか言いようのないものだった。
 溶けた腕を戻し、ルクがラセンに眼を向ける。
「あと、多分――フリアル先生に作られタ、アナタの姉妹デス」
「……」
 ラセンが顔を強張らせた。

Back Top Next

13/3/7