Index Top 第3話 白の休憩 |
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第3章 千景の思い出話? |
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椅子に座って、背もたれに体重を預ける。 千景はテーブルに置いた串団子を一本掴み、団子を口に入れた。帰りに買ってきたものである。串を引き抜いてから、湯飲みのお茶をすすり、一息ついた。 「やっぱ甘物には渋いお茶だよなー……」 しみじみと息を吐く。 そうして、遅めのおやつを食べていると、和室の扉が開いた。 青い妖精と黒い妖精が台所に入ってくる。 「帰ったか」 千景が帰ってきた時には二人の姿は無かった。アパートにいる気配は無かったので、どこかに出掛けていたようである。今戻ったのだろう。 「何してるんだ?」 微かに眉を寄せ、シゥが訊いてきた。 千景は一本目最後の団子を口に入れつつ、 「団子食いながら、お茶すすってる」 「それは見て分かるから……」 左手を持ち上げ、右手で額を押えるシゥ。 ノアは変わらず無表情のままだった。初めて会ってからそれなりに時間が経つが、まだノアが表情を動かす場面を見た事がないように思える。 そんな事を考えていると、部屋から緑の妖精が出てきた。 「あれ、千景さん?」 千景が持っている湯飲みに気付き、ミゥが声をかけてくる。 「帰ってたんですか? それに、おやつ……ですか? お茶飲むなら声を掛けてくれればよかったのに。言ってくれれば、ボクがお茶淹れましたよー?」 緑色の目で、少し不満そうに見つめてくる。 千景が帰って来た時から、ミゥは部屋で一人で薬の整理をしていた。かなり集中していたようである。邪魔するのも悪いと思ったので、千景は声をかけなかった。 もっとも、ミゥに声を掛けなかったのは、別の理由が主である。 「お前一人で茶なんか淹れさせられるかよ……。茶と一緒に何入れられるか分かったもんじゃない。毒とか薬とか。俺は結構慎重派なんだぞ?」 目蓋を半分下ろし、床に立ったミゥを見据える。 以前注射器を持って朝駆けを仕掛けて来た時以降、ミゥ一人に料理はさせていない。必ずピアと一緒に料理をさせ、余裕があるならシゥかノアを監視に付けている。 「むー。人聞きの悪いことを言いますねー」 唇を曲げて不満を主張するミゥ。しかし、あまり説得力は無かった。ミゥはいつも笑顔でいることが多い。他の表情を作っても、冗談めかしているように見えてしまう。その本心はどうあるかは謎だが。 ミゥを横目に眺め、シゥが小さく口を動かした。 「……でもやるだろ?」 「はい」 にっこりと笑い、ミゥが頷く。悪びれる様子も無い。 千景は団子を口に入れながら、眉間に力を入れた。 面倒くさい空気を振り払うように右手を動かしてから、シゥが部屋を振り返った。 「んで、ピアはどうしたんだ?」 部屋にピアが居ない事を疑問に思ったのだろう。 急須から湯飲みにお茶をそそぎ、千景は自分の部屋を目で示した。 「俺の部屋で寝てたよ。俺の部屋の掃除してから布団に潜り込んでそのまま寝ちまったみたいだ。昼寝するには丁度いい陽気だからな、仕方ない。起こしちゃ悪いから、こうして台所に退避してるわけ」 「昼寝――ね。あのピアがなぁ……」 しみじみと部屋を眺めるシゥ。ノアも一緒に千景の部屋を見ている。 シゥの青い眼に映るのは、驚きだった。真面目な性格と、気を抜けない立場。今までそのような休憩を取ったことがないのだろう。 二本目の団子を食べ終わり、千景は声をかけた。 「疲れてるんだろ。放っておけ」 どのような背景があるのかはある程度聞かされているが、深い部分までは知らない。ピアたちが喋らないことも理由であるし、千景自身深く訊いていないのも理由である。 「なんだかんだいって、ここは居心地いいからな」 両腕を左右に広げて、シゥが笑う。 千景は話題を変えた。 「話は戻るけど、お前らはどこ行ってたんだ?」 「木野崎秋奈さまに会いに行っていました」 ノアが答える。 一度動きを止める千景。 台所に訪れる、微妙な空気。ミゥが苦笑いを浮かべていたり、シゥがため息をついたりしている。予想外の答えではなかった。だからといって、平静でもいられない。 口の団子を呑み込んでから、千景は続けて尋ねた。 「どだった?」 千景も時折秋奈の事は口にしていた。シゥが気になって見に行ったのだろう。監視役との接触は特別禁止もしていない。 シゥは微妙な表情で顔を背けている。ノアの表情に変化は無し。 「知略と策謀に非常に長けた方だと判断します。敵対は極力避けた方が安全と、自分は認識しました。あと、DVD/BDディスクドライブを頂きました」 と、黒い長衣から大きめの外付けディスクドライブを取り出してみせる。形状的に隠す場所に多少無理があるものの、気にすると長くなりそうなので割愛。 シゥが額を押え、首を左右に振った。ツインテールの先が跳ねる。 「厄介姉妹って言葉は本当なんだな……」 「まあなぁ」 お茶をすすりながら、千景は窓の外に遠い眼差しを向けた。 ノアがディスクドライブを服にしまっている。 「色々あったよ、色々と……」 しみじみと思い出す過去。割合付き合いの多い家系で、姉妹と同じくらいの年齢だったからだろう。千景は子供の頃からオモチャ兼下僕として扱われてきた。厄介姉妹という名前を、身を以て理解してきた人間の一人である。 「お前も大変なんだな……」 両手を腰に当て、目蓋を下ろすシゥ。その眼に哀れむような光を映して。 「まーなぁ」 お茶をすすりながら、千景は乾いた笑みを見せる。 ミゥが思いついたように口を開いた。 「あれ? そういえば、千景さんは厄介姉妹の『姉』って言っていましたけど、姉ってことは秋奈さんには妹がいるってことですよねー?」 「木野崎結奈……」 妹の名前を口にする。 自分の行動が危険であるという自覚の薄い姉と、危険な行動の自覚はあるが構わず実行してしまう妹。方向性は違うが、その厄介度は変わらない。 「妹の方は、東京の方で大学生やってる。こっちに来ることは無い」 窓の外の雲を眺め、千景は言った。後半は自分に言い聞かせるように。 |
11/4/28 |