Index Top　第６話　夏休みが始まって
第９章　暴走凉子を止めろ

　背中で凉子がわきわきと手を動かしてる気配がする。
「どうしよう？」
　逃げられないだろう。諦め気味に、浩介はそんなことを考えた。理性は逃げ出せと言っているのに、本能――というか煩悩の部分がこのまま流されることを望んでいる。身体は女であるが、根っこの部分は男なのだろう。
　押し潰された胸が息苦しい。
「どこから行こうかしら〜。ふふん、まずはここだね」
「っ！」
　右手で尻尾を、左手でキツネ耳を掴まれ、浩介は息を止めた。どこか乱暴だが、丁寧に尻尾と耳を弄られる。同じ獣族だから、ではないだろう。凉子の手は、的確に敏感な部分を捕らえていた。
　ぞわぞわと背筋を撫でる寒気に、指先が引きつっている。手足に力が入らない。喉から声が漏れそうになりつつ、浩介は奥歯を食い縛って息を飲み込んだ。
「気持ちいい？　にゃはは、身体は正直みたいだね」
　キツネ耳と尻尾を弄りながら、凉子が笑っっている。
　狐色の髪の毛が背中から流れ落ちた。言葉を返すこともできない。的確に急所を攻める手の動きに、マタタビ酒の効能が相まって、甘い刺激が全身に染み込んでいく。
「ねぇ、浩介くん。今まで何回一人エッチしたことある？」
「………」
　凉子の問いに、浩介は無言の答えを返した。
　実際のところ、最初に一回やったきり一度もやっていない。自分で慰めようという気にならないのだ。無意識に女であることを拒否しているのかもしれない。
「ぅぅ」
　しかし、思索も凉子の手の動きに妨げられる。指先に力が入り、舌が痺れていた。逃げなければいけないのに、拒否できない。
「お姉さんが女の子の気持ちよさを教えてあげる〜」
　浩介の背中から凉子の重さが消えた。
　――と思った瞬間肩を掴まれひっくり返される。うつ伏せから仰向けへと。浩介の下腹あたりに腰を下ろし、凉子はにっこりと笑っていた。紅潮した頬と、微妙に焦点の合っていない黒い瞳。くねくねと尻尾が動いている。
「には〜」
　凉子がパジャマを脱ぎ捨てた。灰色と白の縞模様の上着が投げ捨てられ、素肌が露わになる。引き締まった体躯と、白黒チェック模様のブラジャーに包まれた大きめの乳房。
　視界の端に上着が床に落ちるのが見えた。
「ちょっ、と……」
　がしと、凉子の両手に両腕を押さえつけられる。制止の声も届かない。手首の根本をがっしりと押さえられていた。浩介は両腕に力を入れるが、動かせない。元々鍛え方と腕力に格段の違いがある。
「待って……って、聞いてないし……」
　音もなく尻尾が伸びてくる。錬身の術を用いて尻尾を腕のように動かしたり、三倍程度まで伸ばしたりする技術。話によると、かなり珍しいものらしい。
　黒い毛に覆われた尻尾が、ボタンを器用に外していく。じらすように十数秒の時間を掛けて五つのボタンが外し、水色の寝間着が左右に開かれた。
「美味しそうな身体だね」
　唇を嘗める凉子。ご馳走を目の前にしたように、目を細める。
　尻尾の先が、浩介の胸をつついていた。草色のブラジャーに包まれた胸の膨らみが、尻尾につつかれるたびに揺れている。客観的にはエロティックな光景だが、当事者としてはそれどころではない。
「照れちゃって、可愛い〜。ねえ、浩介くん……気持ちいい？」
　凉子の問いには答えず、浩介は横を向いて口元に力を入れた。
　尻尾は止まらず胸を撫で続けていた。下着の上から撫でつつ、時々尻尾の先で押してみたり、揉んでみたり。尻尾だけで器用に胸を愛撫している。その度に弾力のあるプリンのように形を変えては元に戻っていた。
　胸の奥で生まれる甘い微かな熱。喉が乾く。
「知ってる？　女の子って感じる場所が全身にあるんだよ？　探してみると面白いかも。胸とか下とか触られた時とは気持ちよさ違うから」
　尻尾が胸から離れた。何かを探るように尻尾を動かしてから、凉子は頷く。
　じっとその動きを見つめるが、何もできなかった。
　滑らかな滑らかな毛で覆われた先端が、へその周りを優しく一周する。
「んっ……」
　思わず息を漏らし、浩介は肩を左右に動かした。じわりとした甘い波紋が、身体へと染み込んでいく。普通へその周りを触ってもこのような感覚は起こらない。
　肌には薄い汗が浮かんでいた。肌を撫でる涼気に肌寒さを覚えながらも、身体の奥底は焼けるような熱を持っている。尻尾から逃げようと身体を捩るも、肩を左右に動かすだけに終わった。
「こっちはどうかな？」
　凉子が呟く。お腹を撫でていた尻尾が、移動を始めた。脇腹から胸を通り、脇の下をくすぐる。しなやかな獣毛が、敏感な部分を的確に捉えていた。
「ん、うっ……」
　漏れかけた声を呑み込むように、浩介は奥歯を噛み締める。
　へそと同じように、普通にくすぐられた感覚ではない。凉子の尻尾が撫でる部分から、くすぐったさとともに形容しがたい心地よさが広がっていた。
　浩介の尻尾が、痙攣するようにぴくぴくと跳ねている。
「く、んんっ……」
　喉から出ようとする声を必死に噛み潰した。目を背けてしまいたいが、凉子から視線をそらすことができない。目を閉じることもできない。
　尻尾で首筋を撫でながら、凉子が楽しげに笑っている。
「効いている効いてる〜。じゃ、これはどう？　凄いよぉ」
「……！　ひぃぅッ！」
　目が見開かれ、喉から鋭い声がこぼれる。手足の筋肉が強張り、両手の指がかぎ爪のように固められた。自分の意志とは関係なく、背筋が反り上がる。
「あ、っあ、あ……」
　凉子の尻尾がキツネ耳を捕らえていた。
　しかし、縁を撫でるわけではない。キツネ耳の中に尻尾を差し込んで、えぐるように動かしている。人間の器官ですらないキツネ耳。ただでさえ敏感な部分なのだ。今の発情した身体にとっては、簡単に分かるほどの性感帯。
「にゃはー。これは効くでしょ？　獣耳をこう弄ることは親子同士でもやっちゃいけないんだけどね。でも、浩介くんには特別サービスだからたっぷり可愛がってあげる♪」
　一貫性のないこと――というよりも、無茶苦茶なことを言いながら、凉子は嬉々として浩介のキツネ耳を嬲っていた。キツネ耳から首筋、そして背筋から下腹部へと。電撃のような快感が走っていく。
「ううぅ。凉子、さんっ……あっ、ふあぁ、く……んん、くぅ、やめて、くれ……！」
　浩介は涙を流しながら、必死に声を絞り出した。抑えようとしても喉が勝手に声を発してしまう。横隔膜が言うことを効かず、呼吸がままならない。身体中の筋肉が不規則に痙攣していた。目の前に星が散り、快感に脳が焼ける。
　軽い絶頂を止まらずに迎えているのだと、微かに残った思考で理解した。
「ほい」
　あっさりと尻尾を引っ込める凉子。
「くはっ……」
　一気に脱力し、浩介は両目から涙を流して荒い呼吸を繰り返す。何とか息はできるが、手足に全く力が入らない。マラソンの後のような疲労感。
「え……？」
　見上げると、腰を持ち上げた凉子が手早くズボンを脱ぎ捨てていた。ブラジャーと同じチェック模様のショーツと、適度に筋肉の付いた両足。スポーツ選手の裸というのは、多分こんな感じなのだろう。
「浩介くんだけ気持ちよくなってズルいな〜」
　言いながら、凉子が浩介のズボンも脱ぎ捨てる。慌てて手を伸ばすものの、止める暇もなかった。部屋の涼気に晒される、きれいな太股と草色のショーツ。今までの前技のせいで、股間はしっとりと湿っていた。
　凉子が浩介の上に再び腰を下ろす。今まで座っていたよりも少し後ろ。秘部同士が触れ合うような位置で。右手で頬のヒゲを撫でながら、
「下着姿の女の子が二人、こんな格好で向かい合ってるなんて……物凄くえっちだと思わない？　にゃはは、浩介くんも私の身体触っていいよ〜。女の子同士だしね」
　上機嫌に笑いながら、凉子が浩介の手を掴み、自分の胸に押し当てる。
　手の平に伝わってくる、柔らかな乳房の感触。
「………」
　だが、浩介の脳裏に浮かんだのは前回風呂場で襲われた時のことだった。いいようにされた挙句に、気絶して失禁。二度も同じ目に遭うわけにはいかない。
「遠慮しちゃって〜。好きなところ触っていいよ？　ネコミミでも尻尾でもおなかでもおっぱいでも、女の子の一番大事なところでもねぇ」
　艶めかしく誘う凉子を見ながら、浩介はふと思いついた。起死回生の一手になるかもしれない閃き。脱力した身体に渇を入れながら両腕を伸ばす。
「……どこを触っても、いいんだね？」
「いいよ〜」
　頷く凉子。
　浩介は両手を持ち上げた。左手で凉子の腰上を抑え、右手の指を尻尾の付け根に触れさせる。それで、微かに引きつる凉子の身体。人差し指から小指までの四指を動かし、尻尾の付け根を優しく引っ掻き始めた。
「ふにぁッ！」
　凉子の猫目が大きく見開かれ、尻尾がぴんと伸びる。感電したように身体が跳ねた。普通の反応ではない。予想は当たりだったようである。
　浩介はくすぐるように指を動かし始めた。
「にゃぁ、そこ……そこは、にゃぁ、駄目……だめ……あっ、うにゃああぁ！」
　甘い悲鳴を上げながら、凉子が身体を落とす。腕に身体を支える力が入らないのだ。浩介に覆い被さり、抗うことすらできず指の動きを甘受する。
　今までの余裕の態度はかき消えていた。付け根を弄る指から逃げるように身体を捩らせているが、まともに動くことすら叶わない。
「ひぅ、ひっ……。ああっ、ふにゃぁ、尻尾、おかしくなる……！」
「成功……！」
　頭に閃いたのは猫の動画だった。猫の尻尾の付け根を指で撫でる動画。どうやらそこは猫に取って性感帯の一種らしい。個人差もあるらしい上に猫ではない凉子が反応するかは未知数だったが、思いの外上手くいった。
　だが――
「あ、んっ！　私だって、ふぁ、負けないもん……！」
「ッ……く、んッ！」
　尻尾が浩介のショーツを上から撫で始めた。秘部に直接触れるわけではない。しかし、指のように滑らかに動く尻尾が、生地の上から割れ目と淫核を捕らえていた。
「ぐっ……」
　形勢逆転で忘れていた灼熱が、再び湧き上がってくる。下腹部から骨や脊髄を走るように全身を蝕んでいく快感。足の指先や腕が意志とは関係ない動きを見せ始める。
　何とか逃れようとするも、凉子の足が浩介の足を絡め取っていた。思考もまともに働いていないだろうというのに、動きは嫌と言うほど的確だった。
「にゃはは、んんっ。凄いよぉ、にゃふあぁ」
「くっ、ん……」
　湧き上がってくる快感と鈍っていく感覚に、浩介は改めて奥歯を噛み締めた。
　一度達するだけならさほど問題はない。しかし、凉子はそれで満足しないだろう。浩介が気絶するまでイかせ続ける。そうなるのはぞっとしない。
「このっ！」
　浩介は尻尾の付け根から手を離し、頭の方へと持ち上げた。ここまで来たら本気で覚悟を決めるしかない。さきほどの仕返しとばかりに、凉子の猫耳を掴む。
「んにっ！」
　凉子の動きが止まった。
　全身の筋肉が固まり、呼吸すら止まっている。だが、躊躇はしていられない。本来なら家族相手でもやってはいけないことらしいが、さきほど凉子にやられたのだ。今更引け目を感じることもない。
　息を吸い込み、浩介は猫耳の中へと人差し指を指し込んだ。
「うにゃ！」
　凉子の身体が仰け反り、尻尾がぴんと立つ。やはり効果は覿面だった。焦点の合わない瞳を震わせながら、口端から涎を垂らしている。元々マタタビ酒のせいで発情状態の身体に、度重なる刺激。凉子は既に墜ちる寸前だった。
「好きなだけ、イけっ！」
　さきほどの凉子の尻尾の動きを真似るように、浩介は人差し指を指を動かし始めた。同時、左手で尻尾の付け根への攻めを再開する。
「ンにゃあああああッ！」
　凉子の喉から迸る、甘く悩ましげな悲鳴。本来なら弄らないような敏感な箇所を二ヶ所同時に弄られ、なすすべもなく絶頂に突き抜けた。
「にっ……！　ふにゃ、なぁあ……あっ、あっ、にゃあああ！」
　背中を弓のように仰け反らせながら、凉子が絶頂の声を絞り出している。凉子の思考は既に止まっているだろう。しかし、浩介の手技に立て続けに絶頂を迎えていた。全身の筋肉が本人の意志とは無関係に、びくびくと引きつっている。
「にゃうう、ふなぁあああ！　あっ、にゃあああ！　もう、駄目えええッ！」
　その場で飛び跳ねそうな勢いで、一度大きく痙攣し――
　凉子は浩介の上に身体を落とした。快感が許容量を超えて脳を襲ったせいで、耐えられずに気絶してしまったのだろう。まるで人形のように脱力している。
「勝った……」
　浩介は短く呟き、凉子を横に下ろした。
　自分は一度床の上に落ちてから、手足に力を入れ、その場に立ち上がった。
「これで、何とか助かったな……」
　肩で息をしながら、ソファに寝かされた凉子を見下ろす。気を失ったまま、苦しげな呼吸を繰り返していた。時折、びくりと身体が跳ねている。意識はなくとも、神経は快感を記憶しているのだろう。
　浩介はリビングを見回し、昼寝用のタオルケットを凉子に掛けた。下着姿で冷房の効いた部屋に寝ていては風邪を引いてしまうだろう。もっとも、凉子は身体は丈夫と自慢しているので平気かもしれない。
「それよりも、俺の方が問題だな」
　浩介はそっと首筋を撫でた。寒気にも似た痺れが走る。達する直前まで身体を弄られ、結局達することはできなかった。身体に溜まった熱は、容易に冷めそうにはなかった。
　かといって、今更自分で慰めるということもしたくない。
「シャワー浴びてこよ」
　床に落ちた上着とズボンを拾い上げ、浩介はリビングのドアを開けた。

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