Index Top 第5話 割と平穏な週末

第2章 草眞の呪い


 風呂から上がり、寝間着に着替え台所に移動。
 冷蔵庫から麦茶とコップを取り出し、リビングのソファに座る。コップに麦茶を注いで、浩介は一息ついた。尻尾を洗うのも、もう慣れている。
「嗚呼、至福の一時」
 コップの麦茶を飲み干し、浩介はコップを置いた。
 放り出してあった求人情報誌を掴み、ページをめくる。
「さて、バイト探さないと」
 親の遺産があるとはいえ、何もせずに一人暮らしは出来ない。日々の生活費はバイトで稼いでいる。この間まで近くの本屋で働いていたが、辞めてしまった。
「おい。コースケ」
 声とともに、リリルがリビングに入ってくる。
 浩介は求人誌を置いて、リリルを眺めた。
「?」
 声に出さずに訝る。様子がおかしい。
 具体的にどうと表現はできるものではない。何と言うか、もじもじしている。もしくは、トイレを我慢しているような感じ。
「どうかしたのか?」
「頼みがある」
「何だ?」
 気づかない振りをして、促す。
「あー、何というかな……まー、そうだな。ええと」
 視線を泳がせながら、リリルは腕組みをした。何かを言いたいが、言えない。恥ずかしがっているように見える。多分。
 姿勢を正して、浩介は言った。
「はっきり言えって。笑ったりしないから」
「ソーマの奴がアタシに変な呪いかけやがった!」
 リリルが叫ぶ。拳を握りしめ、淡褐色の肌を紅潮させながら。開き直ったらしいが、半分ほどしか開き直れていない。
「……呪い?」
「ああ、呪いだよ、ノロイ。呪術系の法術だ。お前は知らないだろうけどな、最初の日の夜にかけたんだよ。自分で解析しろって言われたけど、全然術式が読めなくて、今まで忘れてた。忘れてたけど、お前に魔力取られて呪いが動きやがった!」
 唾を飛ばしながら、吼える。
 浩介はチリ紙を取り、顔に飛んだ唾を拭いた。言われてみれば、夕食の時間に居心地悪そうにしていた。その時は気にしていなかったが、
「どんな呪いなんだ?」
 浩介の単純な問いに。
 リリルは言葉を詰まらせる。
 だが、小声で答えた。
「発情する呪い……」
「……? 発情?」
「そのままの意味だよ。発情、性的興奮! 夕方から身体が疼いて気持ち悪いんだよ。くすぐったくて、かゆくて。自分で慰めようにも、身体動かない呪いまでかけてあるし!」
 顔を真っ赤にして、眼を回しながら、拳を握りしめる。
 浩介はキツネミミを撫でながら、独りごちた。
「草眞さんも、変な呪いかけるよな」
「他人事みたいに言うな。何とかしろ!」
 リリルが胸ぐらを掴んでくる。
「何とかしろって、どうしろっていうんだよ。この場で襲えっていうのか?」
 浩介は尋ねながら右手を伸ばした。
 その手から逃れるように、リリルが跳び退く。
「そこまでやる必要は、ない」
 言いながら、視線を泳がせた。言葉を選んでいる。というか、何と言うべきか迷っている。言葉も表現方法も知っているが、それを言うのを拒んでいる。
 リリルは深呼吸をしてから、答えた。
「お前の法力を、体内に取り込めば、治るようだ。つまり、お前の精液をだな、取り込めば、治るようだ……。あれはお前の法力が変化したものだからな」
「草眞さんって実はむっつりスケベ?」
 思わず訊いてみる。
「アタシが知るか」
 唸るように答え、リリルは拳を握りしめた。羞恥と怒りと呆れと、そんな感情が入り交混じって溢れたような表情。頭から湯気が立ち上っている。
「お前、痛がってたからなー」
 一週間前のことを思い出しつつ、浩介は腕組みをした。確かにロリコンであることは認める。だが、子供を襲うのは気が進まない。
「そういうヘタレっぷりには、常々感謝しているよ」
 頷いてから。
 何か思いついたようだった。リリルはにやりと笑う。
 背筋に走る悪寒。キツネミミと尻尾がぴんと立つ。リリルの見せた表情には覚えがった。結奈が時々見せる表情。確実に他人の迷惑となることを思いついた時の表情である。
「アタシが奉仕してやるよ」
「ほうし?」
 棒読みに訊き返す。
 頭が言葉の意味を理解するよりも早く、リリルは赤い宝石を取り出していた。草眞から貰ったと言っていた魔石。魔力を蓄える性質を持ち、その魔力を利用して短時間ながら大人の姿へと変身できるという。
「Growth」
 呪文と同時、魔石から溢れた魔力がリリルの身体を包み込んだ。
 あとは一秒にも満たない。小学生高学年ほどの身体が一気に成長する。手足や身体が伸び、平坦な子供の体格から成長した大人の体格へと変化していた。
「変身完了……」
 自分の手を眺めながら、リリルは満足げに笑う。最初に見たリリルの姿。手に持っていた魔石をどこへとなくしまった。魔法だろう。
「なんで服まで一緒に大きくなってるんだ?」
 思考の止まった頭で、浩介は単純な問いを発した。
 リリルの服装。白い猫帽子とワンピース。それも身体に合わせて大きくなっている。下着なども同じなんだろう。
「そういう風に作ってあるんだと」
「へぇ」
 感心する。大人の姿で子供のような服装というのも、なかなか面白い組み合わせだった。最初の黒装束よりも色っぽい。
「さて、コスウケくん」
 リリル浩介の顎にそっと手を触れ、自分の顔を近づける。
「どうだ。大人の女っていうのは?」
 妖艶に微笑んでみた。
「年増に興味はない」
「思いっきりぶん殴ってよろしいでしょうか? ご主人様」
 浩介の素直な返答に、リリルは笑顔のまま、額に怒りのマークを浮かべた。思い切り握り締めた右拳が震えている。殴ってこないのは、契約のお陰だろう。
「ごめんなさい。凄く痛そうなのでやめて下さい」
 両手を合わせて謝る。この力で殴られたら、骨が折れる程度では済まない。
 話題を変えるように、浩介は尋ねた。
「それより魔力の消費は大丈夫なのか?」
「安心しろ。姿を維持するだけなら、一週間の貯蓄で丸二日は維持できる。魔力を派手に使ったらその限りじゃないけどな。それより――」
 答えながら、右手を上に向ける。素早く呪文を唱えてから、
「Erection the Rod!」
 浩介の股間に魔法を叩き込む。
 言い返す暇もない。何もない股間に生まれる圧迫感。両手で押さえると、男のモノが生えていた。しかも、本来よりも大きい。
「嫌なら、一言『やめろ』って命令するだけでいいんだぞー」
「卑怯者ッ……!」
 勝ち誇ったようなリリルに、浩介は言い返した。

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