Index Top 第3話 浩介の休日

第5章 樫切 宗一郎 


「なるほど」
 樫切宗一郎は浩介を眺めながら、感心したように頷いた。
 浩介は居心地悪げに尻尾を動かす。
 四十歳ほどの男。身長は百七十センチほどで、筋肉質のがっしりした体付き。短く刈った黒髪と、着古した黒い上着。頬に薄い傷跡が一本見える。宗家の当主だ。実力は並より上らしいが、術を使うのを見たことはない。
「本当に狐神の女だな」
 浩介を見つめて、再び頷く。
 浩介と宗一郎は、和室でテーブルに向かい合っていた。リビングは窓と床が壊れていて、使えない。普段着のシャツとズボンに着替えて、髪とキツネ耳と尻尾は戻していた。正座したまま、宗一郎を見つめる。
 隣ではリリルが胡座をかいて退屈そうに茶菓子をかじっていた。
「しかし、草眞って言ったら、神界軍第十師団師団長じゃないか……確か。そんな凄い奴の身体手に入れられるなんて羨ましいぜ。ホント」
 言葉通り羨ましそうに笑ってみせる。
 浩介はなんとなく言い返してみた。尻尾がふらふらと揺れている。
「でも、まだ術も使えませんよ」
「今はまだ使えないだろうけど、そのうち使えるようになるだろ?」
 宗一郎は暢気に笑う。
 それは事実だった。浩介は術の訓練を受けていないだけで、力がないわけではない。法力はあるので、じきに術も使えるようになるだろう。
「おそらく、オレより力は強いぞ」
「そうですか?」
「オレを百としたら、お前は大体百五十だな」
 宗一郎は言った。
「ちゃんと修行すれば、五百くらいに上がるかもしれん」
「そうですか?」
 腕組みをして首を傾げる。術自体よく分からないので、力があると言っても実感がないというのが正直なところだった。
 宗一郎はリリルに目を移す。
「で、その子供は何者だ? 魔族なんて珍しいな」
「草眞さんに貰いました。遣い魔のリリルです」
 浩介はリリルを手で示して、紹介した。
「よろしく、リリル」
 宗一郎が左手を上げて挨拶をするが、リリルは無言のまま横を向いた。
「好かれてないな」
「はは……」
 浩介は苦笑する。命令すれば挨拶するだろうが、強要する気にはなれない。
 宗一郎は浩介に目を戻すと、
「そういや、魔族と契約するには性交渉が必要なんじゃなかったか?」
 ぴたりと固まる浩介とリリル。
 にやりと笑う宗一郎。
「その様子だと――ヤったのか、お前ら?」
「………」
「ヤったんだな」
 やたらと嬉しそうな顔で、目を細める。
「訊かないで下さい」
 硬い声音で、浩介は告げた。視線が泳ぎ、冷や汗が滲み、尻尾が不規則に動いている。他人に訊かれるようなことではない。
「しかも女同士で? どうやってヤったんだ? もしかして、術か何かで生やしたとか? ふたなりとは、これまたマニアックな。実にけしからん、しかもこんな子供ととは、ますますけしからん。詳細を報告しろ」
「訊かないで下さい……!」
 再び告げる。
 宗一郎は大仰に腕を組んでみせると、さらに続けた。
「ンで、女になった気分ってどうよ? 女の快感は男の数倍から数十倍とか何とか言われていけど、どうなんだ? オレは生まれてから今まで男だったから、女の快感っていうのは分からないんだけど、どんな感じなん?」
「セクハラ禁止!」
 テーブルを叩いて立ち上がり、浩介は宗一郎に指を突きつけた。
 腕を解き、宗一郎は不服げに口を尖らせる。
「ケチ」
「で、これから俺はどうすればいいんですか?」
 気を取り直し、浩介は尋ねた。
 狐神になっても、何をすればいいのか分からない。神の仕事が具体的にどういうものなのか、まだ知らされていないのだ。いつまでも以前の日常の延長を過ごすわけにもいかないだろう。何かしなければならないはずだ。
「お前に与えられる役職は、機械技師見習いだ。機械系の法具の制作及び整備。平たく言えば、技術者だな。大学卒業したら就任らしい。工業大学だから問題ないだろ。人間の魂を持った神は珍しいから、色々忙しくなるんじゃないか?」
 宗一郎はすらすらと答えた。
「ま、しばらくは凉子さんが面倒見るらしい」
「凉子さん?」
 浩介は訊き返す。

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