Index Top 第3話 浩介の休日

第4章 脱いで測って 


 ブラウスのボタンを外す。
 ちらちらと鏡を見ながら、ブラウスを脱いだ。鏡に映った顔は真っ赤に染まっている。頭から湯気でも出そうな勢いだった。自分の身体が自分のものでないように感じる。間違ってはいないが。
 ブラウスを籠に入れてから、尋ねた。
「次は?」
「ブラジャーを脱いでください」
 店員が答える。
 その表情に、疑問の色はない。違和感を覚えている素振りもない。明らかに挙動不審な浩介の態度を、何とも思っていないようである。リリルのかけた魔法のおかげだ。
「はい」
 頷いてから、浩介は背中に手を回した。
 ホックを外し、ストラップから順番に腕を抜く。脱いだブラジャーをかごに入れた。なんとなく、両腕で胸を隠してしまう。
 店員はポケットからメジャーを取り出した。
「これから、どうすれば?」
「少し前に身体を屈めて、アンダーバストを両手で支えてください」
「……こうですか?」
 言われた通り、浩介は上半身を前に傾けて、両手で乳房を支える。両手に伝わってくる重さと柔らかさと暖かさ。胸にも自分の手の感触が伝わっていた。どちらも男として経験したことのない感覚である。
「じっとしててくださいね」
 そう言って、店員は浩介の胸にメジャーを回した。ひんやりとした感触が、背中から胸の横を通り、乳首の真上を通過する。胸の前で目盛を合わせ、
「トップ、89センチ」
「……意外と大きいな」
 思わず呟いた。
「背が高いから大きいんですよ。次はアンダーバストを測りますね」
 てきぱきと乳房の下にメジャーを移動させる。同じように目盛を合わせ、
「アンダーは72センチです。トップとアンダーとの差は十七センチですね。大体Dカップといったところです」
「そうですか」
 よく分からないが、頷いておく。
 Dカップは大きいような気もするが、それほど大きいような自覚はない。背が高いので、見た目は小さいのだろう。
「ブラジャーをつけてください。次は、ウエストを測ります」
「分かりました」
 浩介はブラジャーを掴み、再び身につけた。一度つけているので、割と簡単につけることができる。ホックを止め終わってから、店員に目をやった
「両手を上げてください」
 言われた通りに両手を上げると、素早く腰の周りにメジャーを巻き付ける。
「62センチ」
 告げられて、浩介は脇腹を撫でた。
 男の時は気にも留めていなかったが、ウエスト部分には明確なくびれがある。へその周りだけ、細くなっていた。滑らかできめ細かい肌。
「次はヒップですね。スカートを脱いでください」
「はい」
 浩介はスカートのホックを外した。
 はらりと、床に落ちるスカート。
 それを眺めてから、ふと鏡を見て――固まる。
 鏡に映っていたのは、下着姿の少女だった。長い黒髪に、透き通るような白い肌。すらりと伸びた手足。きれなお椀型のバストと引き締まったウエスト、ふっくらとしたヒップ。それらを純白の下着で包み込んでいる。絵に描いたような美少女。
「88センチですね」 
 店員の声に我に返った。
「もう、服を着て構いませんよ」
「あ。はい」
 浩介は慌ててブラウスを着て、スカートを穿く。緊張のせいで手が震えていたが、十秒ほどで元の格好に戻った。
 店員はメモ帳に数字を書き込むと、
「それでは、下着を選びますので、こちらへ」
 言われるままに、試着室を出る。頭の中が沸騰しているようだ。熱に浮かされたように、意識に霞がかかっている。足取りも、雲の上を歩いているようでぎこちない。
「ん?」
 近くに立ったリリルに気づく。
 店員は気づいてない。普通なら気づくのだろうが、リリルは人間ではない。普通の人間には存在を察知することができない。
「面白かったぞー」
 手を振りながら、笑うリリル。浩介のサイズ測定を眺めていたらしい。具体的な方法は分からないが、魔法を使えば壁の向こう側の景色も見えるだろう。
 浩介はしばしリリルを見つめてから、
「すみません。試着室にバッグ忘れました」
 店員に告げてから、人差し指で小さく来いと合図をする。
 命令通り、リリルが近づいてきた。
「何だよ……?」
 浩介は何も答えず、試着室に入る。さきほどと変わらない試着室。かごにはバッグが残っていた。リリルが入ってきたのを確認してから、カーテンを閉める。
「何する気だ?」
 居心地悪そうに、訊いてくる。
 浩介は膝を屈めてリリルと視線を合わせると、小さく告げた。
「声を上げるなよ。あと逃げるなよ。命令だ」
「………」
 命令通りに口を閉じ、リリルは固まる。頬には薄く冷や汗が浮かんでいた。これから自分に起こることを想像して、うっすらと怯えている。だが、逃げることもできず、声を上げることもできない。完全に無抵抗。
 息を吸い、浩介は確かめるように左右を見回した。狭い試着室。ここにいるのは自分とリリルの二人だけ。何をしても、リリルは逃げないし、声も上げない。口元に抑えきれない笑みが浮かぶ。
 リリルがごくりと喉を鳴らした。
 浩介はリリルを抱き締め、思い切り頬擦りをする。
「………! …………! ……………!」
 悲鳴はなかった。


 浩介はフォークでパスタを絡め、口に運ぶ。
「下着も買ったし、服も買った。ベッドも買って、明日届く」
 国道沿いにあるファミリーレストラン。窓辺の席に着いて、浩介とリリルは食事をしていた。下着と服、組立式のパイプベッド。買い物は午前中に終わらせてあり、今はやや遅めの昼食である。
 浩介はカルボナーラスパゲティとサラダ。リリルは包み焼きハンバーグランチ。
「で、これからどうすんだ?」
 ハンバーグとライス、スープ、ミニサラダを食べ終わり、リリルは暇を潰すようにコップの水を飲んでいた。意外と食べるのは速い。
 店内は賑わっているが、リリルの作った結界のおかげで、注意を引くことはない。
「二時半に宗家の人が来ることになってる。一時間くらい今後のことについて話をして、今日の予定は終わりだな」
「アタシは関係ないな」
 窓の外を眺め、リリルは呟く。
 浩介は苦笑して、
「一応挨拶しておかないと不味いだろ」
「めんどくせー」
 心底嫌そうな顔を見せるリリル。
 ウェイトレスがやってきた。
「お待たせいたしました。ご注文のジャンボチョコレートパフェです」
 名前通りの特大パフェとスプーンをリリルの前に置く。
「ごゆっくりどうぞ」
 一礼して、ウェイトレスは去っていった。
 浩介はじっとリリルを見つめる。
「何だよ、その目は? 何か文句あんのか? 食わせるって言ったのはお前だぞ」
「何でもない」
 短く否定して、水を飲む。
 リリルはスプーンを手に取り、パフェに挑みかかった。

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