Index Top 第2話 シェシェノ・ナナイ・リリル

第2章 一発逆転


「おい、起きろ。コースケ」
 ぺちぺちと頬を叩かれ、目を開けた。
 いつの間にか、リビングテーブルの上に仰向けに寝かされている。服もズボンもなくなっていた。誰かが剥ぎ取ったのだろう。
 あそこからは、白い精液と赤い血がこぼれていた。
 近くに立った女が笑う。
「マグロなんか抱いてもつまらないからな」
「あ……う……?」
 言葉が出てこない。
 頭の中が混乱している。自分が置かれている状況が、理解できない。自分が誰で、何をしているのかも、思い出せない。女の名前も思い出せない。
 女は起立する男のものを撫でながら、
「次は、後ろの処女を貰うぜ。さ、尻をこっちに向けろ」
「え、と」
 視線を周囲に巡らせてから。
 身体が、跳ねた。
 バネ仕掛けの人形のように、ありえない動きで跳び上がり、両足から床に着地する。
「……?」
「………?」
 自分に何が起こったのか、自分でも理解できなかった。女も理解できなかったようだ。表情筋が弛緩し切った間抜けな顔を見せている。
 右手が首を掴んだ。女を空中に放り投げる。
 自分の意思とは関係なく、身体は拳を固めていた。右足を引き、腰を落とし、背中を丸め、引き絞るように右腕を引く。
 足元から右腕までの筋肉が、ギシと軋むような音を立て。
 パゥン!
 金属が爆ぜるよう音。落下途中の女の胸に、右腕を撃ち込んでいた。足元から拳までの筋肉がバネのように弾け、とてつもない威力の拳を撃ち出す。踏み締めた両足が、フローリングにめり込んでいた。
 惚けた表情のまま、女が飛ぶ。
 リビングを突っ切り、窓に激突した。アルミの窓枠がひしゃげ、ガラスが砕け散る。しかし、窓では威力を消すことができない。
 壊れた人形のような格好で、さらに飛んでいった。
 きれいに掃除された庭を通り過ぎ、身体の前面から塀に激突する。分厚いコンクリートに数本の亀裂を走らせ、ようやく止まった。
 三秒ほど塀に貼り付いてから、女は手前の家庭菜園にぼとりと落ちる。
 地面に落ちた女は、ぴくりとも動かない。
「……死んだ?」
『死んではおらぬ。気絶しただけじゃ』
 慌てて、自分の口を押さえる。
 口が勝手に動き、言葉を吐き出したのだ。
『わしじゃ、草眞じゃ。お主の身体を動かしておる』
「そうま……誰?」
『……お主、自分の名前言えるか?』
「……え、と」
 考えていると、右腕が勝手に持ち上がる。意思とは関係なく、小指から握りこまれる拳。細い指を丸めて、小さな拳が作られた。
 拳が、躊躇なく顔面に打ち込まれた。意識が飛ぶほどの強打。
 きりもみ回転しながら、その場に倒れる。
『お主の名前は?』
「……樫切浩介です。式神に食われて、狐神に生まれ変わり、草眞さんの送ってきた魔族の女に魔法を掛けられて処女を奪われ、後ろの処女を奪われそうになったところで、助けられ、思い切り殴られて、正気を取り戻しました」
 顔の下半分を手で押さえながら、浩介は答えた。
 ずきずきと鼻の頭が痛む。とんでもない力で殴られたというのに、鼻血も出ていない。鼻骨が折れてもおかしくはないだろう。頑丈な身体だ。
『よろしい』
 口が勝手に答える。一緒に、首が動いた。
 吐息してから、浩介はキッチンに移動する。キッチンペーパーを掴んだ。
 恥液と精液と破瓜の血で濡れた股間をふき取る。どろりとした精液が膣から垂れてきた。身体の中に異物が残っているような感じで、気持ちが悪い。
「妊娠、しないよな?」
『それは、大丈夫じゃ。狐神が妊娠するのは、冬の発情期だけじゃからの。それに、お主の身体はわしの分身じゃから、生殖能力はない』
 浩介の口を借りて、草眞が答える。
「………。結局、何がしたいんですか?」
 額の上辺りを眺めて、浩介は尋ねた。
 浩介がリリルの封印を解いたのも、リリルが浩介を襲ったのも、計算のうちだろう。予想外の出来事とは言わせない。
『人間の魂と狐神の身体をつなぐ触媒として、魔族の魔力を使う。いきなり魔力を吸入すると拒絶反応が起こるかもしれんから、精液という形で先に取り込ませたのじゃ。少し身体が軽くなっているじゃろ?』
 浩介は、右手を動かした。
 違和感が小さくなっている。疲れているものの、身体も軽くなっていた。確かに、魂と身体が連動している手応えがある。
「でも、あれは、ないでしょう?」
『上げ落とし、じゃな』
「……あげ?」
『地獄に叩き落とす前に、天国を体験させるのじゃよ。さっさと着替えて、あの娘を起こせ。魔力をごっそり奪い取って、お主の専属奴隷にするのじゃ。手順を教えるから、きっちり覚えるのじゃぞ。絶望する顔が目に浮かぶわ』
 意思とは関係なしに、口元に怨嗟の笑みが浮かぶ。
 何か恨みがあるらしい。

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