Index Top 艦隊これくしょんSS 進め、百里浜艦娘艦隊

第15話  変態という名の紳士だよ!


 海面を突き進む、黄色いTの字頭の提督。
 水しぶきを上げながら、両手両足を動かす全力疾走。生身の人間が水面走れるわけないじゃない! とか今さら言っても意味はないと思うわね。
 現実に走ってるんだし。
「――!」
 標的となったレ級は、半歩退いた。言葉は分からないけど、Tノ字提督の雰囲気と自分に向けられる気迫に、身の危険ははっきりと認識したみたい。
 私たちの事は意識の外に放り出し、完全にTノ字提督に向き直る。
 レ級が勢いよく右腕を前に突き出す。
「―――。――!」
 パッ!
 と同時に尻尾の飛行甲板から撃ち出される艦載機。形は猫型のアレじゃないけど、普通の艦載機とも違う。おそらく深海の新型艦載機ね――。
 それに、あの寝ぼけた状態からもう戦闘準備が完了してる。私たちも大急ぎで七割くらいだっていうのに、やっぱり普通のレ級じゃないわ……。
 数十の艦爆がTノ字提督目がけて飛んでいった。
 ボッ、ドォン!
「ひゃっほぉい! はっはー!」
 飛来する爆弾を、バレエのような動きで回避していく。手足をまっすぐに伸ばし、無駄に華麗に跳躍していた。艦載機の攻撃って砲撃よりも一見避けやすそうに見えるけど、実際避けるのは大変なのに――。
 ドゴーン!
「らんらん、るー!」
 くるくると周りながら、恐ろしく軽いノリでいともたやすく回避している。
 ドバァーン!
 水面下で起こる爆発。特殊潜水艇による雷撃! やっぱりこっちも装備していたみたい。しかもいつ動かしたか全く分からない――! 厄介ね。
 しかし、Tノ字提督は海面を蹴って空中に飛び上がっていた。
「ふんっ。当たらなければ――」
 上下逆さまのまま腕組みをし、勝ち誇った顔を見せる。目とか口とかは無いんだけど、どうやって喋ったりしてるのかは……考えちゃいけないんだと思う。
 空中で一回転してから海面に下り、変わらぬ速度で走り出した。
 ドォーンッ!
 真後ろから飛んできた爆撃を、見もせずに回避!
 左手で顔の半分を隠し、右手人差し指をレ級へと向ける。
「どうということも、なァ――」
 ドッ!
 ゴガァアンッ!
 爆音とともにTノ字提督が水しぶきの中に消える。文句なしのクリティカルヒット。尻尾に搭載された主砲と副砲の砲撃が完全に直撃していた。
 ………。
 尻尾の砲身からたなびく硝煙。
 これは、やった?
「………。――……!」
 腕を振り上げ、レ級が騒いでいる。何言ってるかは分からないけど、勝利の雄叫びよね。実際、それに相応しい事をやっている。爆撃と雷撃で相手を誘導して、そこに砲撃を叩き込む。単純な事だけど、容易に実行できる事じゃない。
 ごくり、と。
 長門が息と飲む音が聞こえた。実力があるからこそ相手の凄まじさが分かってしまう。このレ級、練度が異常よ。普通じゃないわ。さっきは六対一で勝てると思っていたけど、今はもう勝つ自信はない。私たち六人で挑んでも、よくて引き分けかしら?
「フーハッハハハー! さすが着弾観測射撃! 効くねぇ! 痺れるねぇ!」
 はい。知ってました。
 私はため息とともに、肩を落とす。
 水しぶきを切り裂き、再び突っ込んでくるTノ字提督。両手両足を水面についた、トカゲのような体勢で。何コレ! キモい! 主に全身がキモい!
「――――!」
 一瞬固まってから。
 くるりとレ級が身体の前後を入れ替える。
 私たちと対峙した時の余裕たっぷりの笑みは消えて、その顔は恐怖に引きつっていた。顔を強張らせ、冷や汗を流し、目元には少し涙も滲んでいる。うん、確かに怖いよね。気持ちはよく分かるわ……。だってキモいもん。
 ダッ!
 全速力で逃げ出すレ級。
「みんな、下がって! 巻き込まれるわよ!」
 私の声に、みんながその場から待避する。
「はっはっはー。レ級ちゃん、お待ちになってー♪」
 四つ足体勢で海面を突っ走り、レ級を追いかけていくTノ字提督。軽やかな口調とは対照的に、クリーチャーじみた動きで、しかもやたら速い。
 グァァァオオォォォッ!
 Tノ字提督に背を向け走るレ級だが、尻尾は威嚇の咆哮とともに砲を向ける。
 ドォーン!
 ドゴォァン!
 ズゥゥンッ!
「るんだばだー!」
 主砲と副砲が火を噴くが、Tノ字提督はことごとく躱していた。逃げながらの砲撃で狙いが不十分というのもあるけど……。それでもそれなりに正確な砲撃を、砲身の向きとタイミングから見切って躱している。
「ハッ、くしゅん……。うーん、爆風は鼻に来るネー……」
 鼻を押さえてぼやいている金剛。
 他人の起こした爆風を受けるとくしゃみが出る。そういう体質らしい。撃ち合い上等の戦艦としては難儀な体質だけど、戦闘中は我慢しているから平気みたい。
 でも、くしゃみしてるって事は、今の状況は戦闘中じゃないって認識かしら。
 否定する要素が無いけれど!
「どうしようかしら、アレ――」
 ひとまず冷静に、私は人差し指をレ級とTノ字提督に向ける。
 レ級は迫り来る変質者から逃げるのに必死だった。顔を恐怖に引きつらせ、涙目で背後を見る。何とか振り切ろうと走る向きを変えたりしているけど、意味はないみたい。
 そしてレ級を追いかける変質者……もといTノ字提督。でも変質者でいいかも。
「イエッス、ロリータッ! ゴー、タッチ! ただし二次元に限るッ! てなわけで、思う存分ぺろぺろなでなでもみもみさせてもらうぞおおお! レェ級ゥちゃァんッ!」
「……――! ―――!」
 ボンッ!
 艦爆の爆撃。しかし当たらない。
 ドーン!
 特殊潜行艇の雷撃。やっぱり当たらない。
 ズガァン!
 主砲の砲撃が命中した。顔面にクリティカルヒット。さっきと同じ爆撃と魚雷で相手を誘導して、主砲を当てる。一回目の誘導砲撃に比べるとかなり雑だったけど、上手く行ったみたいね。
「ふぉおおおお! ありがとうございます! ありがとうございますっ!」
 全然効いてないけど!
 制服はちょっと焦げているみたい。だから何と言われても私は困るけど。
「――、――!」
「―――……。……」
「……――! ――!」
 レ級と尻尾が何か言い合ってる。ケンカしてるのか、必死に次の策を考えてるのかは分からない。身体の方は泣きながらTノ字提督を何度も指差し、尻尾の方も表情は分からないけどかなり焦っているのが見て取れる。
 私は肩を落としたまま人差し指を持ち上げた。
「ねぇ、今のうちに攻撃していいかしら? もう戦闘態勢も整ってるし」
「どっちをだ?」
 長門が真面目な口調で訊き返してくる。
「それは……難問ね」
 眉根を寄せ、私は本気で悩んだ。深海棲艦を攻撃するのが普通なんだけど……。普通じゃない状況の場合はどうしたらいいのかしら? 哲学的な疑問ね。
「この際両方とも沈めてしまって構わないのではないか?」
 利根が引きつった口調で指摘する。
「このままじゃと、レ級捕まるぞ?」
 火事場のバカ力で逃げてるレ級だけど、それでもTノ字提督の方が速い。あのトカゲみたいな四つ足で、どうしてあんな速度が出るかは謎なんだけど、もうそのあたりは気にしちゃいけないわね。
 距離はおよそ二十メートル。尻尾が必死に砲撃してるけど、完全に弾道を見切られている。時々当たってるけど、効いてない。
 ほどなく追いつかれるのは確実ね。
「かわいそうだけど、これ戦争なのよね……」
 眉間を押さえ、五十鈴が首を振っていた。
 レ級捕まえたらどうする気かしら? 自分でも言ってる通り、なでなでもみもみぺろぺろするつもりでしょうけど。そうなったら、さすがに止めないとマズいわよね。
「おい、何か向こうから来るぞ!」
 長門の声に、視線を転じる。
「あれは――」
 やっぱり来た!
 深緑の制服を纏った男が、これまた海面を突っ走っている。巨大な岩のような、もしくは巨木のような、異様なまでに鍛え上げられた巨躯。しかし、顔は気の抜けた猫のような白い仮面で隠している。身体と顔のギャップがとってもシュール。
「憲兵さん……」
 私は呆れ顔で、その単語を口にした。
 それは艦娘の平穏を守る、謎の軍人集団――。一応国防陸軍所属のはずなんだけど、色々と謎の部分が多い。陸海空と縦横無尽に、しかもかなーりマイペースに好き勝手に行動してるって話だし。
 シタタタタタッ!
 憲兵さんは無言で海上を進む。疾風のように。
 丸太のような腕を組み、まるで下半身が消えたかのような速度で足を動かし、上半身を微動だにせず海面を疾駆する。不思議で、奇妙なまでに説得力のある走法。Tノ字提督よりも遙かに速い。
 もう生身の人間が普通に海上を移動できる事に疑問を持っちゃいけない。
「――……!」
 マジ泣きしながらレ級が振り返る。
 Tノ字提督はもう背後まで迫っていた。
「レ級ちゅああん! 捕まァ――」
 完全に距離を詰め、レ級に飛びかかる――
 直前に、横を向く。
「くわっ!」
 擦れた声が漏れた。
「ふんっ」
 真横まで迫っていた憲兵さんが腕組みを解く。そのまま流れるような動きで右腕を振りかぶった。固く握り込まれたハンマーのような拳。みしみしと筋肉が軋むような音を立てている。それらは全て一瞬。
「壁・パンチ」
 ドッ、バァァァンッ――!
 轟音とともに天を衝く白い水柱。憲兵さんの振り下ろした拳が、海面を撃った。大口径の砲弾が着弾したかのような爆音と衝撃。吹き抜ける爆風と、飛び散る水しぶき。人間って凄いわねぇ……。
 でも、Tノ字提督は間一髪のところで逃げ出していた。
「くそっ! 貴様は、壁殴り! こんな所まで追って来やがったか――」
「うん。Tノ字さん、憲兵隊のものですが、ちょっと詰め所までご同行願います。深海棲艦とはいえ少女に不埒な行為を行おうとした事は見過ごせません」
 Tノ字提督と併走しながら、憲兵手帳を見せている憲兵さん。厳つい身体とは対照的に、大人しそうな声である。
「うおおおおお! 三十六計逃げるにしかァず! ――トランザァム!」
 ドンッ!
 Tノ字提督が加速する。
 全身に赤いオーラを纏いながら、今までの三倍以上の速度で水平線の彼方へと突っ走る。レ級を追いかけていた時とは比べものにならない速度だった。
 あっという間に二人の距離が開く。
 が。
「ふぅ」
 憲兵さんは帽子を軽く動かし、吐息ひとつ吐いて。
 ドゴォン!
 加速する。
「…………」
「………」
 私たちは呆然とそれを見送る。
 二人が遙か水平線の向こうに消え――
 ――!
「ッ!」
 呼吸が止まった。
 周囲から音が消える。
 空間が軋んだ。
 水平線の向こうで、巨大な水柱が上がる。白い塔が、推定数百メートルの高さまで衝き上がっていた。もしかしたら一千メートル超えてるかもしれない。正確な大きさが分からないほどの規模。圧倒的な衝撃が海中に突き刺さり、その反動として莫大な海水を空中と跳ね上げる。その規模はもはやちょっとした戦略兵器並。
 恐ろしくもあり、美しくもある、非現実的な光景。
 でも、これって憲兵さんがTノ字提督ぶん殴っただけなのよね……。
 人間って一体――。
 ドォォォォ……ン……!
 遅れて吹き抜ける爆風、そして引き起こされる高波。跳び取る水しぶき。激しく上下する海面の上で、私たちは慌ててバランスを取る。空は晴れてるけど、まるで台風の海。人の身体を持ってるから重心変えて転倒防げるけど、普通の小型船だったら風と波に呑まれて転覆してるかも……。ここが進入禁止海域でよかった……。
「全く、ムチャしすぎでショウ! 少しは慎みってものを覚えなサーイ!」
 右手を振り上げ、金剛が抗議するように叫んでいた。
 ほどなくして。
 タタタタタタ――。
 Tノ字提督を肩に担いだ憲兵さんが走ってくる。Tノ字提督は捕まっちゃったみたいね。ぴくりとも動いてないけど、死んではいないでしょう。死ぬとも思えないし。
 私たちに向かって敬礼をしなながら、落ち着いた声で言ってきた。
「どうもお騒がせしました」
「いえいえ……」
 愛想笑いをしながら私は返事をする。
 憲兵さんはそのまま反対側の水平線へと消えていく。
 小さくなりそうでならない大きな背中を見送ってから、
「! レ級!」
 その存在を思い出し、私は慌てて周囲に視線を走らせた。
 案外あっさりと、レ級は見つかった。
 三百メートルくらい離れた場所に立っている。両手で口を引っ張り、舌を出し、何度か飛び跳ねていた。一方尻尾ははっきりとため息をついている。
「―――! ……――! ―――!」
 何を言っているかは分からないけど、多分安っぽい罵声ね。バーカとかアホーとか、そういうの。ついでに震えながら涙目で罵倒されても説得力がないんだけど。
 ……私たちが何もしてないという意見は置いておいて。
「―――!」
 私たちに向かって親指を真下に向けてから。
 ボチャン。
 と海面下に消えた。


 およそ二十分警戒態勢を取ってみたけど、レ級は深海に逃げ込んだらしく、再び現れることはなかった。でもこのレ級フラグシップ改カッコカリについては、きちっと提督に報告しておいた。

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憲兵さん
国防陸軍所属の軍事警察組織。犯罪を犯した軍人を取り締まるのが主任務だが、艦娘に不埒なことをする提督の元に現れることが多い。所属は陸軍だが、陸に海に空に、縦横無尽かつとことんマイペースに活動する謎多き組織。

Tノ字提督を追いかけてきた憲兵は、岩のような巨木のような巨大な体躯を持ち、一方で気の抜けた猫の仮面を被っっている。Tノ字提督には「壁殴り」と呼ばれる。極限まで鍛え抜かれた超筋肉から撃ち出される拳は、ちょっとした戦略兵器レベル。
14/10/27