Index Top 艦隊これくしょんSS 進め、百里浜艦娘艦隊

第10話 寮長を撃破せよ!


 相手は寮長ひとり。対してこっちはあたしと那珂の二人。状況は二対一で一見有利だけど、簡単に勝てるような相手じゃない。
 それでも、逃げるわけにはいかないよ。
「では!」
「行きますっ!」
 たっ!
 あたしと那珂は視線を交わさぬまま、横に跳んだ。あたしは右に、那珂は左に。ちょうど二人で立っている位置を交換するように。基本的な攪乱方法。
 寮長の目に一瞬躊躇いの色が浮かぶ。
 そして、あたしは寮長に向かって床を蹴り。
「那珂ちゃん、センター! 回避には自信あります! 突撃いいいっ!」
 元気に声を上げながら、マイクスタンドを振り上げ、那珂が突っ込む。スタンドはこういう使い方するものじゃないけど、今は細かいことは言ってられない。
「上等!」
 寮長はすぐさま反応した。
 十字架の銃口を那珂に向け、銃握部分の引き金を引く。
 あたしは無言で拳を固め、寮長めがけて突進す――
 どぐぉん!
 ガゴォン!
 ぱらぱら……。
 止まる。
 全てが止まる。
 世界が、時間が、思考が、意志が。
 なにもかもが止まって。
「…………あれ?」
 拳を固めて駆け出した体勢で、あたしは固まっていた。えっと、これ……。
 十字架の銃口から立ち上る硝煙。そして、飛び込みのように床に突っ伏してる那珂。顔を上げて、呆然と見つめる先には――
 大きな穴の開いた壁があった。近くの窓ガラスが砕け散っている。
「リョウチョウさん、カベにアナあいちゃってるンデスケド」
 身体と声を強張らせながら、あたしは寮長を凝視した。どう考えても、これは模擬弾の威力じゃないですよ! 実弾のそれですよ! 壁に大穴空いちゃってますよ!
「ちっ、あー。しまった……」
 寮長は十字架を抱えたまま、空いた左手で気まずそうに頭を掻いていた。
「提督用の実弾から艦娘用の模擬弾に変えるの忘れてた。めんごめんご。てことは、こっちもグレネードのままか。マズったな、こりゃ……」
 十字架の頭部分を眺め、眉を寄せる。咥えていた葉巻の先が揺れていた。
 つまり、この十字架には実弾がわさっと入っている事になるよね。あたしたち艦娘は人間に比べれば頑丈だけど、それでも限度がある。陸上で艤装無しで実弾食らったら、さすがに大破は免れないね。
 というか、気になった言葉が――
「提督用って、テイトクヨウ?」
 提督っていうのはうちの提督だよね? 存在感の薄さとひたすらモブい容姿が特徴の鈴木一郎提督。このどこぞのマフィアな風貌の寮長さん、これで提督を撃つつもりだったみたい。いいのかな? 普通に考えればよくないよね!
 寮長は一度瞬きしてから、あたしたちに向き直り。
「ほら、五日前に間宮で特製プリン売ってたろ? アタシも柄にも無く並んで買おうとしてたんだよ。美味いからな、間宮のプリン」
 と、重々しく頷く。
 本当に美味しいよねー、間宮さんのプリン。ほとんど不定期で販売とほぼ同時に売り切れちゃうから、艦娘からは幻のプリン扱いになってる。あたしは二回食べた事あるけど、あれは美味しかった。うん、凄く美味しかったなぁ。また食べたいよね。
 で、それがどう提督撃つ理由に繋がるの?
 あたしの疑問の視線に、寮長は額に青筋を浮かべわきわきと左手を蠢かせた。
「それでよぉ、あと三人で買えるって時に、あのクソ提督ッ! いきなり呼び出しかけやがった! なんでそのタイミングなんだよ! え? あと三分待てよ! でもな、こっちも仕事だ、涙を飲んで列を離れたよ! 戻って着た時には当然売り切れだったけどな!」
 ドン! に足を叩き付ける。
 ……ご愁傷様です。提督を撃ちたくなる気持ちは分かるかも。
 ふっと力を抜き、寮長はぱたぱたと十字架を叩いて見せた。
「で、軽くお礼参りしようと準備してたんだけど、寮長さんも忙しくてなー」
 と、肩をすくめる。仕方ないね、って感じに。
 なるほど。大体理解できたわ。提督を襲撃しようと思って準備したけど、仕事が忙しくて提督襲撃は後回しになって、そのまま忘れちゃったってことね。そして、あたしたちにその提督襲撃用実弾が向けられているわけか。うん、理不尽な!
「ま、どこにでもある12.7mm弾だ。お前らの12.7cm砲とそう変わらん威力だし、艦娘が食らっても死にはしないだろ。朝までドックでおねんねだけど」
 凶悪な微笑みとともに、巨大な重機関砲があたしに向けられる。
 まずいね、これは……。
 模擬弾なら何とかなるけど、実弾じゃマズいわ。
 あたしたちが使っている装備、15.5cm三連装砲や20.3cm連装砲。名前に付いている単位はセンチだけど、実際は10分の1くらいの大きさで、威力も同口径の銃砲とほぼ同じ。もっとも、あたしたちの装備の本質は他にあるんだけど。
 寮長の12.7mm砲を食らうことは、駆逐艦の12.7cm砲を食らうようなもの。大したダメージにははらない。――あくまで海の上なら。だけど、ここは陸上で艤装も無し。
「回避には自信あるんだったか――」
 寮長が銃口を那珂に向ける。
「夜更かしはお肌に悪いので、那珂ちゃんはお休みします!」
 高々と宣言しながら、那珂はマイクスタンドを掲げた。眉を内側に傾け、瞳を輝かせ、威風堂々と。先端には白いハンカチが結びつけられている。
 びしっと那珂を指差し、あたしは全力で叫んだ。
「こら、那珂ッ! 路線変更しないとか大見得切っといて、あっさり白旗降るな!」
「だってえええ!」
 堂々とした表情を崩し、那珂は両目から滝のような涙を流した。
「お姉ちゃん! あれは無理でしょおおっ! どう考えても無理でしょおおお! 艤装付けた海の上ならともかく、ここであんなの当たったら、痛いじゃすまないよおおお!」
「確かに……」
 那珂に向けていた指がしおれる。
 構造上、艦娘は海上でこそ、フルパワーを発揮できる。海上で艤装装備なら、12.7mm弾を食らっても、さほど問題はない。十分痛いけど。
 だが、ここは陸である。
 しかも艤装も制服しかない。艦娘は人間よりもかなーり頑丈だけど、それでも限度ってものがある。死にはしないだろうけど、身体に穴が空くくらいは覚悟しないといけないし、手足が千切れる可能性もある。ま、それでも早々死なないんだけどね。
 ちなみに生身の人間が12.7mm弾なんて食らったら木っ端微塵です。
 目蓋を少し下ろし、あたしは寮長を睨め付けた。
「でも、ここで大口径実弾ぶっ放して寮壊すのはどうでしょうか、寮長……? 流れ弾が誰かに当たったら、洒落になりませんよ? 艦娘ならケガで済みますけど、人間が食らったら挽肉確実ですよ? 百里浜基地始まって以来の大不祥事じゃないですか」
「言うねぇ、小娘」
 ガシャン。
 上下に開いていた十字架の外装が閉じる。
 よし、交渉成功! 見た目も行動も危ない人だけど、寮長の根っこは常識人! こういう脅しは通用する! だけどこれだけじゃ足りないわね。
 そして――あたしは腰のポーチに手を入れた。
「はあっ!」
 カン、カカン!
 寮長が素早く十字架を引き戻す。
 盾となった十字架に当たり、床に落ちる十字型の金属の刃。手裏剣。
「なんだそりゃ?」
 それを見つめ、寮長が思い切り怪訝な顔をする。手裏剣を知らないわけじゃないはずだけど、いきなり投げつけられるとさすがに驚くよね。
「手裏剣アーンドくない!」
 あたしは右手に持ったクナイをかざしてみせた。刃渡り十五センチほどの短剣。全体に艶消しの黒い塗料が塗られ、柄の部分には暗い赤色の布が巻いてある。
「どこで拾った、ンなもん」
 胡乱げな眼を向けてくる寮長に、あたしはウインクを返した。
「ふふん。あたしってばこう見えても友好関係は広いんですよ。これは前に知り合った忍者さんから貰ったものです。+激しくプレゼント+って一セット貰いました」
 街で知り合った忍者さん。忍者然とした少し小柄な人で、名前は知らない。時々鶏みたいな人にマウントパンチ連打されて連れ去られたりする愉快な忍者さんです。友人というよりも、気が合う親戚のおじさんみたいな感じかな? 
「じゃ、頑張ってソレで防いでくれや」
 ゆらりと寮長が踏み出す。
 えっ?
「ふせ――ぐっ、て……!」
 喉を引きつらせ、あたしは眼を見開いた。
 アッ、コレムリカモ。
 寮長が十字架を横に構え、思い切り振り抜いてくる。轟音を立てて迫る巨大な塊。外装はセラミックの複合装甲、中身は改造重火器と実弾がいっぱい! 総重量はおそらく数百キロ! 鈍器としての機能は十分! 何でこんなもん振り回せるの、この人!
「ッ!」
 バオゥン!
 爆音が目の前を通りすぎた。
「えっと……」
 クナイを構えつつ、脂汗を流す。咄嗟に待避していたから助かったけど……助かったけど――これは、防ぐとかそういう次元じゃないデスヨ……! 12.7mm弾よりはマシだけど、一発大破は確実デース!
「お姉ちゃん、頑張って! 那珂ちゃんがしっかり見守ってるからね!」
 白旗構えた那珂が、固い笑顔で応援してくる。
 無茶言わないで!
 タッ。
 寮長がさらに踏み込んできた。重要も硬度も墓石そのものな十字架を振り上げ、それを袈裟懸けに振り下ろしてくる。無茶苦茶な重量物だってのに、木の棒でも振り回すように軽々と扱っていた。どういう原理かは分からないけど!
「無理無理無理ムリ、それ、絶対ムリ……!」
 泣きながら、あたしは首を振った。極限の緊張の中で、思考だけが加速していく。逃げられない。避けられない。このまま殴り倒されて、あたしの夜戦は終わる……!
 ごめんなさい忍者さん、あんなデカブツ相手にクナイも手裏剣も無力です……。
 ズンッ。
「!」
 あたしは息を呑む。
 十字架が止まった。
 脈絡無く。
 がっしりした腕が、十字架の脚を掴み止める。
 あたしの目の前に飛び出し、十字架を止めたのは、見慣れた人だった。
 白い帽子に白い制服。短く切った黒い髪の毛と、目の前にいるのに位置の定まらない存在感の希薄さ。何故か制服の右半分がずたずたに破けれ、筋肉質の腕がむき出しになっている。さながら、中破! って有様。
 ぺたりと、あたしはその場に腰を落とした。
 ヤバイ、腰抜けた……。
 肩越しにちらりと振り向いてくる。
「提督?」
 十字架を受け止めたのは、うちの提督だった。有名な野球選手とほとんど同じ名前の、ひたすらモブい人。でも真面目で仕事はきっちりこなす事で有名だったり。
 今は何か重要な書類の作成に追われてるって聞いたけど。
「も、もしかして、あたしのこと……た、助けに来てくれたの?」
 ちょっと頬を赤く染め、あたしは提督を見上げる。これは、あれですか! ヒロインの窮地に現れるヒーローってヤツですか――!
 提督はいつもの落ち着いた口調で答えた。
「いや、別にそういうわけではない」
 ですよねー……。

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14/9/10