Index Top 艦隊これくしょんSS 進め、百里浜艦娘艦隊

第9話 川内は夜戦がしたい


 月の照らす静かな海。
 オレンジ色を基調としたワンピースを纏った少女が、海の上を走っていく。前分けの茶色い髪の毛と、額に巻いた鉢金。腰に魚雷を装備し、左足に探照灯を取り付けている。川内型二番艦、神通だった。
 通常の装備の他に、腰の後ろに一本、白樫拵えの刀を差していた。
「九時――」
 神通はふと空を見上げた。雲のない空には、半月が浮かんでいる。時計は見ていないが、時間は漠然と分かる。深海棲艦発生海域まではまだ時間がある。
「姉さんたち、大丈夫かしら……?」
 ふと、そんな事を呟いた。


「現在時刻フタヒトマルマル時! これより、我夜戦に突入する!」
 八畳の居間の真ん中で、あたし元気に声を上げる。晩ご飯は食べたし、お風呂も入ったし、コンディションは万全! 普通はこれから寝る時間だけど――あたしたち川内型にとっては夜戦の時間です!
「イエーイ!」
 隣では妹の那珂が元気にマイクを振り上げている。
 あたしも那珂も服装はいつものオレンジの制服。部屋に居るときは部屋着に着替えちゃうんだけど、夜戦といったらこのスタイルだよね。
 軽巡寮二階の東の角部屋があたしたち川内型の部屋。畳敷きの和室で、卓袱台が置いてあったり。あたしとしては洋室の方がいいけど、和室は和室で風情あると思うな。
 両手の指を組み、あたしは感慨深く呟いた。
「嗚呼。平穏な夜戦ターイムが満喫できるって一体何年ぶりかな……!」
「神通お姉ちゃん、今日は出撃だからね。那珂ちゃんたちは、お姉ちゃんが帰ってくるまでフリー! 朝までノンストップライブだってできちゃうよー!」
 那珂が元気にマイクスタンドを振り回している。神通がいたらこんなにはっちゃけられないからね。絶対に止められるし、でも今日は止める神通はいない。
 神通。あたしの妹。
 腕組みしながら普段の様子を思い返す。
「あの子は真面目だからねぇ。うんうん。真面目なのはいいことだけど、『夜に騒いだらみんなの迷惑になるですよぉ!』って涙声で言いながら、裸締めするのはやめて下さい。お姉さんってばマジで死ぬかと思いました……」
 思い出して脱力する。
 いつだったかまでは覚えてないけど、夜戦突入しようしたら問答無用で首締めて来ました、あの子。一瞬で背後を取られ、抱え込むように腕で頸動脈と気道を同時に圧迫。あ、ヤバイと思ったら、落ちてたし。気がついたら朝になってたし……。
「神通お姉ちゃんって、言ってる事と行動が時々あってないよね」
 頭を押さえながら、那珂が苦笑いをしている。
 真面目で大人しく、ちょっと気が弱いように見える神通だけど、何か行動起こす時は凄く速い。しかもやることが容赦ない。わかりやすく言うなら、ぶっ殺すと心の中で思った時はスデ行動は終わってるんだッ! って感じ。
「うちの軽巡最強の切り込み隊長だしね。妹が立派になってお姉さんは鼻が高いよ。早くあたしも改二になって、ばしばし夜戦やりたいね!」
 ぐっと左手を握る。妹が最強の軽巡と呼ばれるのは嬉しいけど、やっぱり妹に抜かれるのは気に入らないのよ。同じ時期に建造された姉妹としては、なおさら。
 頬に手を当て、那珂は身体を傾けていた。
「那珂ちゃんも、早くクラスチェンジして可愛さに磨きを掛けたいんだけど――。このあたりからキツくなってくるんだよねー。神通お姉ちゃん凄いよね」
 数値にしてて40くらいからかな? その辺りが軽巡の練度の壁って言われてる。壁を越えるには、地道な実戦か、無茶な鍛錬か。神通は後者でそれを乗り越えたみたいだけど、あたしたちにはちょっとムリかな……?
 まっ、そういう小難しい話は後にして。
「さて、それじゃ派手に夜戦と行きますか!」
「おーっ!」
 あたしと那珂はドアに向う。夜戦といっても誰かと戦うわけじゃなくて、夜通し騒ぐだけなんだけど。夜はあたしたちの時間だしね!
「はい。盛り上がってるところ、ごめんな?」
 不意に。
 ドアが開き、一人の女が入ってきた。
 年齢四十ほどのスーツを着崩した長身の女。ウェーブのかかった濃い灰色の髪に、顔や胸元に除く削ったような火傷後。口に火の付いていない葉巻を咥えている。そして、背中には布とベルトで締められたゴツイ十字架を背負っていた。
「寮長!」
「どうしてここにいるんですか!」
 あたしと那珂は同時に叫ぶ。
 数十人は殺していそうなこの女極道が、百里浜基地の寮長だ。元は艦娘だったらしいけど、艦娘やめて人間になって、紆余曲折会ってここで寮長やってるみたい。北上は自叙伝書いたら売れるよね、とか言ってたけど。
 入り口を塞ぐように十字架を起き、にやりと笑う。
「寮長が寮の中にいても何もおかしくはないだろう? なにせ寮長なんだからな。寮の整備と、寮に住んでるヤツの面倒を見るのもアタシの仕事さ」
 あたしと那珂は数歩後ずさる。
 いきなり強敵出現。夜戦ターイムを満喫するには、この寮長を退けなきゃいけないってわけね。かなりキツい条件かな――!
「それに神通に頼まれててな。姉と妹が騒ぐと思うから、止めてくれってよ?」
「さすが神通お姉ちゃん、対策はばっちり!」
 那珂が両腕を振り上げる。
 あたしは歯を食い縛り、
「くっ、神通め! あたしたちの事を全然信用してないのか!」
「実際騒ごうとしてるだろ、アホ」
「…………」
 力を抜いて、そっと眼を逸らす。
 いや、おっしゃるとおりでございます。あたしたちもがっつり夜戦しようとしてるし、あたしと神通が逆の立場でも寮長か誰かに止めるように頼むよねー。
 寮長が十字架のベルトに手を掛けた。
「夜戦したいならアタシが相手になってやるよ」
 バチッ、ばさっ。
 ベルトの留め金を外すと、十字架に巻き付いていたベルトが弾け、ベルトに引っ張られるように布が剥ぎ取られる。
「……うわ」
「これが、パニッシャーくん一号……」
 思わず後退るあたしと那珂。
 現れたのは、巨大な白い十字架だった。墓石を思わせるような無骨さで、あちこちに傷や欠けた跡がある。それらの傷がタダでさえ大きな威圧感を、さらに大きくしていた。中央部には穴が開けられ、髑髏を模した板がはめ込まれている。名前は問答無用調停装置パニッシャーくん一号。寮長の獲物だった。二号、三号もあるみたいだけど、寮長はいつも一号を持ち歩いている。
 寮長は中央のドクロ部分――銃握に手を入れ、十字架を持ち上げた。
 足があたしたちに向くように。
 ガシャン――。
 内部機構が動き、外側のカバーが上下に開いた。
 顔を覗かせる銃口。内部に仕込まれた12.7mm重機関砲だった。噂には他にもいくつかの武器が仕込まれている。思いっ切り銃刀法違反だと思うんだけど、捕まるとか没収されるとかは無いみたい。
 ヤバいね……。これは、かなりヤバいね。
「安心しろ、中身は模擬弾だ。当たっても凄く痛い程度だ」
 サドい笑みを浮かべつつ、寮長が左手でぺしぺしと十字架の足を叩く。
 演習や訓練なんかに使われる模擬弾。海上で艤装ありなら当たってもそんなに痛くない。陸で装備が制服だけなら……凄く痛い程度ね。凄く痛いをどう考えるべきか。
「そうですか。なら――」
 あたしと那珂は視線を交わす。
 那珂はマイクスタンドを両手で槍のように構えた。
「那珂ちゃんは、この程度じゃ絶対に路線変更しないんだから!」
「我、夜戦に突入する――!」
 あたしは静かに、だがきっっぱりと宣言した。


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神通改二
川内型 2番艦 軽巡洋艦
百里浜基地最強の軽巡にして、斬り込み隊長。レベルは75くらい。
標準装備の他に白樫拵えの刀を一本持っている。
大人しく生真面目な性格だが、時折言っいてる事とやってる事がズレる。川内曰く、「ぶっ殺すと心の中で思った時はスデ行動は終わってるんだッ!」という性格。
無茶苦茶な自己鍛錬によって、現在の力を得る。


川内改
川内型 1番艦 軽巡洋艦
自他共に認める夜戦マニア。レベルは40くらい。
神通、那珂とはほぼ同じ時期に建造された、中堅艦娘。
姉として立派になった神通は誇らしいが、一方で劣等感も少なからず感じている。改二になってばしばし夜戦するため、地道に自己鍛錬中。神通のような鍛錬をする気は無い様子。

那珂改
川内型 3番艦 軽巡洋艦
自称艦隊のアイドル。歌と踊りはそれなりに上手い。レベルは35くらい。あまり大声で言うことはないが、川内同様夜戦好きで夜に騒ぐのも好き。

14/8/16