Index Top 艦隊これくしょんSS 進め、百里浜艦娘艦隊

第2話 ウイークリー・エクスプロージョン


 土煙を伴って吹き抜ける風。風と言うより、空気の壁が流れていくような感じです。衝撃波なので、まさに音の壁ですね。あまり陸上では体験したくないものです。
「へ……クシュン――!」
 小さなくしゃみ。
「うーん、やっぱり爆風は鼻に来るネー……」
 鼻をすすりながら、金剛さんがぼやいています。
 他人の作った爆風を受けると反射的にくしゃみが出る体質らしいです。深海棲艦との戦いでは、地味に鬱陶しい癖と以前愚痴っていました。
「これは」
 煉瓦造りの工廠棟。その奥の方に作られた古い小型倉庫。物置――というよりもがらくた倉庫と貸しているのが現状ですが。その倉庫がひとつ無くなり、煙が舞い上がっています。そこが爆心地のようですね。
 ぱらぱらと砕けた木材やらが落ちて来ます。危ない……。
「デ、デン! イッツ、ア、クエスチョン! 三択デス! 何が起こったのでSHOW!」
 唐突に、やたらハイテンションな声を上げる金剛さん。
 不知火が顔を向けると、片目を瞑って、
「答え1、むっちゃんエクスプロージョン!
 答え2、大鳳ちゃんエクスプロージョン!
 答え3、いつもの」
「どう考えても3ですね」
 ため息とともに不知火は答えを決めます。いつもの。この百里浜基地には、気が向くと爆発起こすトラブルメーカーが一人います。
「あら」
 不知火は空を見上げました。
 青い空を背景に、人間がくるくると回りながら宙を舞っています。さきほどの爆発に巻き込まれて吹き飛ばされたのでしょう。地上からの高さはおよそ五十メートル。
「オー、提督がお空を飛んでマース」
 白い帽子に、白い詰め襟。白いズボン。
 標準的な制服を纏った男。
 我が百里浜基地の司令官です。一応一番偉い人です。
 おそらく爆発に巻き込まれて空中散歩をしているのでしょう。
 司令官は壊れた人形のような格好で落ちていき、
 ゴンッ
 埠頭の荷物運搬用小型橋型クレーンに激突。
 そして。
 ぼちゃん。
 海に落ちました。
「人間ってこういう音も出せるんですね。不知火、初めて知りました」
「えーと、不知火ちゃん。手が空いてそうなところでお願いなんだケド、ちょっと提督拾って貰えるかな? そんなに深くはないと思うからサー」
 金剛さんが視線で司令官の沈んだ辺りを示しています。
 不知火は足を持ち上げ、茶色い靴を指差しました。
「靴の艤装はあるので海の上ならどうとでもなりますが、海面下は管轄外です」
 深海戦艦と戦う力を生み出す艤装。砲や魚雷発射管などから、靴や服も艤装に含まれます。今も艤装の制服と靴は身につけていますので、海上移動はできます。が、不知火の艤装に海中移動能力はありません。
 艤装外せば素潜りできますけど、不知火は泳ぎがそんなに得意ではないです。
「むー。私もダイビングは苦手デース……」
 眉間にしわを寄せ、金剛さんが首を捻っています。
 不知火達は艦娘。極端に言ってしまえば、人の姿をした船です。海面下は基本的に管轄外なのです。泳ぐ程度はできますが、泳ぎが得意な娘は少ないと思います。
「ここが潜水艦の子たちに頼むべきですね」
「それがいいデース。モチはモチ屋に頼むのデース」
 不知火の提案に、金剛さんが頷きます。
 海面よりも下は潜水艦のお仕事です。
 おや?
 カツカツ――
 と、近づいてくる下駄の音。
「おーい。不知火ちゃんに金剛ちゃん、無事かい? ワシの倉庫が爆発したようだけど」
 やってきたのは一人のお爺さんです。
 わらわらと足下に着いてくる工廠の妖精さんたち。多分数十人。
 この人は、百里浜基地で働いている、数少ない人間です。余談ですが、普通の人間が長時間艦娘といると、「当てられてしまう」そうです。そのため同じ場所で働くには適正が必要と言われています。当てられるというのがどういう状態かは知らないのですが。小さい神様と長時間一緒にいるのは、生身の人間には危険、らしいです。
 閑話休題。
 不知火と金剛さんは、ジト目でやってきた爺さんを眺めました。
「敷嶋博士……」
「ドクター・シキシマ……」
 この騒ぎの張本人です。
 背広の上に古ぼけた白衣を纏った、やや猫背気味の老人。
 両足は裸足に下駄履きです。年齢は六十歳くらいでしょうか。そして一番重要な事。この人まともではありません。横のみ白髪の残った禿頭には、何故かネジが一本ぶっ刺さってますし、年齢不相応に目付きがギラギラしています。何よりも全身から立ち昇るマッドサイエンティストオーラ。実際、マッドです。
 厄介な事に、この見るからに危ない科学者が、不知火達の百里浜基地の工廠長です。皆からは敷嶋博士と呼ばれています。下の名前は知りません。ついでにうちの爆発担当です。気が向くと何か爆発させています。
「不知火たちは無事です。それよりも今度は何をしたんですか?」
 一応確認しておく必要はあるでしょう。
 不知火は爆発した倉庫を指差します。
 どこからか持ってきた予算や資財で変なものを作って、大抵最終的に爆発させるのが日課です。それだけならただの危ない人なのですが、装備職人としての才能と技術と、工廠妖精たちとの相性は天才的です。この人の作る装備は本当に高性能なんです。厄介な事に。厄介な事に――! 大事な事なので二回言いました。
 博士は黒煙を上げる倉庫を一別し、両手を腰に当てて大笑いましました。
「カッカッカ! 心当たり多すぎて分からんわい。まっ、おおかた提督のヤツがワシの倉庫片付けようとして、うっかり自爆スイッチでも押したんじゃろ。前から倉庫をがらくた置き場にするなとか騒いでたしのう」
「それで倉庫壊したら本末転倒だと思います」
 無駄と分かっていても言わないといけません。
 本部棟や寮から出てきた人たちが、消火活動を初めています。博士の爆発癖に対して、みんな慣れたものです。新入りの不知火はまだ慣れてませんけど。
「あと、何にでも自爆装置組み込むの辞めて下さい」
「細かい事は気にしちゃいかんよ、不知火ちゃん。それに自爆装置は男のロマンじゃ!」
 拳を天に突き上げ、博士は断言しやがりました。
 まったく、この人はァ――!
 陸奥さん、大鳳さんの猛烈な抗議に加えて、司令官ががっちり釘を刺しているおかげで、博士が不知火たちの装備に自爆装置を組み込むことはありません。が――自分で作るものには、躊躇無く組み込みます。
「ロマンではありませんし……。週一で爆発騒ぎ起こすのは止めて下さい」
 人の話を聞かない人というのは理解していますが、抵抗する意志というのは大事だと不知火は信じています。
「ヘイ、そこ! 何してるデース!」
 じたばたと暴れる金剛さん。
 うん……?
 見ると博士が金剛さんの真下に移動し、によによと笑いながら鼻の下を伸ばしていました。実に幸せそうな表情ですね!
「いやー、今日はピンクか。ふむふむ。絶景絶景」
 まったく、このエロジジィは……!
「何勝手にスカートの中覗いてるデース! セクハラデース! 軽犯罪法違反デース! というか、エロジジィはゲットアウェイ! あっち行けっ、しっしっ」
 クレーンに釣るされた金剛さん。
 激しく揺れながら叫んでいますが、効果は無しですね。
 真下から覗けばスカートの中は丸見えです。金剛さんはがっちり拘束されて身動きも取れず、逃げることも反撃することもできません。
「女の子が吊されてるのに、覗かん男は男じゃないわい!」
 鼻息荒く、エロジジィが断言します。
 人間正直なのはいいことですが、正直すぎるのは問題です。
「参りました」
 不知火は明後日の方向に目をやり、こっそりと独りごちます。今日は大切なお休みの日ですし、これは見なかった事にして散歩の続きをしましょうか? 抵抗する事は大事ですが、人生諦めも肝心と言いますし。
 もうゴールしちゃっていいよね?
 かなり本気でそう考えていると。
 ガン。
 固い音。
 ぽて。
「あら」
 不知火が振り向くと、博士が仰向けに倒れました。
 脳天にはたんこぶができています。固いもので脳天をぶん殴られたようです。ひくひくと痙攣しているので死んではいないでしょう。殺しても死ぬとも思えませんし。
「……何してるんだ?」
 黄色い隻眼が周囲に向けられました。
 灰色の刀身と赤い刃。船首を模したと思われるサーベル型の剣――こんなSF風味の接近専用武器を持っているといったら、この人しかいませんね。
 ショートカットの青みがかった黒髪と左目を覆う眼帯。頭には耳のような艤装を付け、背中には大きな戦闘用艤装。軽巡とは思えない豊満なプロポーションを黒い制服で包んだ、百里浜基地の遠征番長にして事務仕事の帝王です。
 どうやら遠征帰りのようです。
「うーん……」
 左手で頭を掻きながら、首を傾げています。
 吊された金剛さん、爆発した倉庫、足下で倒れているエロ博士。工廠妖精さんたちは離れた場所に避難しています。
「どこから訊けばいいのか俺もよくわかんねーけど、何なんだ、この状況……?」
 右手に剣を持ったまま、困ったように左手の人差し指で頬を掻いています。

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敷嶋博士
基地で働いている数少ない人間の一人。
役職は工廠長。艦娘の扱う艤装を作るのが主な仕事。
自他共に認めるマッドサイエンティストで、何にでも自爆装置を付けたがる。どこからか予算と材料を持ってきては何かを作って、最終的に爆発させている。
装備職人としての才能と技術と、工廠妖精たちとの相性は天才的で、作る装備はどれも高性能。
エロジジィ。

14/6/18