Index Top 進め、百里浜艦娘艦隊

第1話 不知火、お散歩します


 海から吹き付ける潮風。波の音が静かに、大きく響いている。
 海辺の平地に作られた大きな施設。土地は広く、周囲は高い塀で囲まれている。一般的な公的施設に比べると古めかしい作りになっていた。
 国防海軍対深海棲艦百里浜基地と書類には記されることが多い。
 とことこと敷地を歩く小柄な少女。
 後ろで縛った紫色の髪の毛と、ぴしっと着こなせた制服。スカートの裾からは黒いスパッツが覗いていた。青い瞳には鋭い光が映っているものの、今はどこか眠そうでもある。
 少女はふらふらと敷地を歩いていた。


 こんにちは。不知火です。
 午後の風が気持ちよいです。
 今日はお休みなので、ゆったりと基地内をお散歩です。外出許可書は貰っていないので、基地内の探検ですね。もう少し練度を上げられれば外出許可も簡単に取れるのでしょうが、あいにく不知火はまだ建造後半年にも満たない見習いです。レベルは一桁後半ですし。
「殺風景な場所ね」
 基地といっても、観光名所のようなものはありません。
 とりあえず、行き先を決めずぶらぶら歩きます。
 朝に起きる予定でしたが、昼過ぎまで寝ていました。同じ部屋の陽炎に八時に起こしてくれと頼んだのですが、彼女も不知火同様お昼前まで寝ていました。多分今も惰眠を貪っていることでしょう。それはそれで有意義なお休みの使い方だと不知火は考えます。
 今度は目覚まし時計を買おうと思います。
「ヘイ!」
 声を掛けられました。
 が、無視しましょう。
「ヘイッ!」
 再び声を掛けられましたが――
 どうしましょうか? 振り向くべきか無視するべきか。重要度の低い難問です。
「ヘイッ、ヘイッ! レッスン! レッスン! ルゥゥック!」
 はぁ。不知火の負けです。
 大きくため息をついて、不知火は視線を上げます。
 基地の西側。工廠近くに置かれた荷物運搬用の大型クレーン車。普通の工事現場のものよりも頑丈そうな作りです。そして、今はクレーンを上げた状態で停まっていました。
「ようやくこっち向いてくれましたネー。無視はノーセンキューデース」
 クレーンのフックに引っかけられた艦娘が一人。
 金色のカチューシャと茶色い髪の毛、水干のような白い着物に黒いスカートと、巫女っぽい服装をしています。自称イギリス生まれの帰国子女。金剛型一番艦、金剛さんですね。後ろ手にがっちりと縛られ、宙吊りにされていますが……。
 ちなみに我が百里浜基地の金剛さん、余所の鎮守府や基地の金剛に比べて、ちょっと背が低くアホ毛が二本あります。そのあたりは同じ種類の艦娘の個体差らしいです。
「不知火に何か御用ですか?」
 見てしまった以上、無視するわけにもいきません。
「というか、何をしているのですか? 金剛さん。新しい遊びですか?」
 ジト目で不知火は尋ねます。
 百里浜基地の主力の一人が、宙吊りにされている。意味が分からない。
 金剛さんはゆらゆらと揺れながら、楽しそうに語り始めました。
「いやー、実はデースネー。お昼休みに提督の部屋に書類を持って行ったら、提督がお昼寝してたんですヨー。お昼寝ー。英語で言うとシエスタデース」
 なるほど。
 うちの司令官はお昼ご飯を食べた後に、軽く昼寝をする習慣があります。
 金剛さんは不満そうに唇を尖らせ、
「せっかくなのでバカボンのパパのヒゲを書き込もうとしたんデースヨ。でもあっさり見つかっちゃいましタ。それから全力全開エスケープしたんですケド、見ての通りの宙吊りデース。しばらく反省しろ――と」
 ゆーらゆーら。
 いじけたように揺れています。この人は。
「事情は飲み込めました」
 不知火は自分の額に手を当て、こっそりとため息をつきました。
 昼寝の最中にバカボンのパパのヒゲを描く。そんな事されたら、誰だって怒りますね。未遂ですが。宙吊りのお仕置きで済ませている司令官は、寛大だと思います。不知火だったら、絶対に額に「肉」とか「金」とか描いてしまいます。
「金剛さん」
「なに?」
 とりあえず何か言うべきでしょう。慰めでも非難でも励ましでも。
 不知火は口を開き、告げます。
「なお、余談ですが、バカボンのパパのヒゲ、あれ鼻毛だそうです」
「レアリィ!?」
 両目を見開き、二本のアホ毛をぴんと立てる金剛さん。やはり驚きでしたか。驚いてもらって不知火はとっても満足しました。
 不知火は落ち着いて続けます。
「冗談です。あれは正真正銘ヒゲだそうです」
「笑えないジョークはノーセンキューネ」
 安心したように金剛さんは息を吐いています。手が自由だったら、額をぬぐっていたかもしれません。バカボンのパパは作中であれをヒゲと言っているようです。しかし、これで終わりではありません。
 人差し指を立て、不知火はさらに続けました。
「鼻毛なのはワンピースのゴールドロジャーでした」
「マヂで!?」
 かっと目を剥き、口を四角く開ける金剛さん。
「こっちはマヂです。設定は変わっているかもしれませんけど」
 不知火の無慈悲な言葉に、金剛さんは仰け反って空を見上げています。
「うーぁー。知りたくない事実を知ってしまったのデース……。たった今私は、意味もなくとってもイヤーな大人の階段登っちゃったネェ……」
 ぐねぐねしながら、悶えています。
 退屈な休みの日の午後ですが、意外と暇が潰せました。さすがは戦艦の面白い担当。
「それでは不知火はこれから散歩の続きをしますので。さようなら」
「ウェィツ、ア、ミニッツ!」
 しかし、あっさりと呼び止められてしましました。
 不知火は再び金剛さんを見上げます。
「助けて下さいヨー。ヘルプミー、不知火ちゃーん。私たちの仲じゃないですカー」
 困りました。これはどうしたらいいのか?
 数秒黙考してから、不知火は答えます。
「ぶっちゃけ面倒くさいと、不知火は正直に言います。それに、そのワイヤーもかなり頑丈そうですし、外すのは工具が必要だと思います。不知火たちは力があるといっても、陸上ではたかがしれています」
 見た目は普通の女の子の艦娘。しかし、人間ではありません。普段は人間と変わらないくらいの膂力に抑えていますが、本気を出せばオリンピック選手並の身体能力を発揮できます。海上では海の力を得て、さらにパワーアップします。
 逆を言えば、陸上ではあくまで人間レベルの力が限界です。頑強なワイヤーを引きちぎるような怪力は出せません。
「むーぅ。仕方ないデース」
 残念そうに肩を落としている金剛さん。
 その時でした。
 ズンッ!
 下腹に響く重い音と衝撃。
「む!」
 不知火は息を止め、音のした方向に向き直りました。
 これは。
 爆発のようですね。

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不知火
陽炎型 2番艦 駆逐艦。
半年ほど前に建造された。レベルは8くらい。
散歩が趣味。

金剛(改)
金剛型 1番艦 戦艦
かなり昔から基地の主力の一角を務めている高速戦艦。
レベルは80くらいだが、改二ではない。
余所の金剛に比べて少し背が低く、アホ毛が二本あるのが特徴。
イタズラ好きで、不知火曰く艦隊の面白い担当。

14/6/17