Index Top 第4話 我ら野良猫!

第6章 Blue-Eyes White Dragon


「デュエル?」
 決闘を意味する言葉である。
 瞬きをして、アイディは目の前で起こる決闘を眺めていた。携帯式ゲームボードを構える白龍仮面と、静かに尻尾を揺らしているハチべぇの決闘。他人事のように。そして自分に火の粉が降りかからないように祈りながら。
 ギュンッ!
「!」
 突然響いた電子音に、アイディは肩を跳ねさせた。白龍仮面の足下から周囲に展開される理術。不可視の理力と術式が、道路や建物を包み込む。
『白龍仮面 LV8 LP8000/MP6000 ATK2600/DEF2500』
『眼鏡の小娘 LV4 LP2700/MP3200 ATK1900/DEF1700』
『契約精霊 LV1 LP?/MP? ATK50/DEF50』
 白龍仮面、アイディ、ハチべぇの近くに現れた四角いパネル。
「て、何ですか、これ! 立体映像?」
 手の届く位置に現れたパネルを凝視するアイディ。銅色の四角い板に、文字と数字が記されていた。空間に映像を投影する立体映像技術だろう。
 手を伸ばしてみる。
 普通の立体映像なら、手がすり抜けるはずだが――
「あっ」
 アイディの手にははっきりと堅い感触が返ってきた。ぺたぺたと触ってみると確かに実体がそこにある。堅い金属的な手触り。立体映像を理術によって具現化しているらしい。具現化自体はそれほど難しいものではない。難しいものではないが、ただ具現化するだけではないと断言できる。
「オレのターンッ!」
 よく通る声で宣言する白龍仮面。小手の山札から五枚のカードを引き抜いた。抜いたカードを左手で扇状に広げる。慣れた手つきだ。
 にやり――と不敵に笑い、
「オレは手札より古のルールを発動する!」
 白龍仮面は手札からカードを一枚取り、ボードに差し込んだ。上に置くだけでなく、手前側から差し込むスロットも作られているらしい。
 光とともに大きなカードの立体映像が出現する。
『古のルール 永続魔法 COS 50』
 白い龍の記された古紙が画かれた緑色のカード。
「このカードがフィールドに存在する場合、通常モンスターはリリース無しのMPコスト消費のみで召喚する事ができる! そして、オレの手札には既にこいつが存在している」
 朗々と宣言し、手札からカードを一枚抜き出す。
 それを裏表逆にした。白い龍の描かれたカードである。目を凝らすと、カード表面に刻み込まれた理力と術式が見えた。術符のような構造である。
「出でよ、青き眼の白龍!」
 叫びながら勢いよく、白龍仮面がボードにカードを設置した。
 ギュゥン!
 白龍仮面の目の前にカードの立体映像が作り出される。表向きに置かれたカード。そこから光とともに白い龍が実体化された。丸い輪郭と鋭利な爪と翼を持った、白銀の龍。
『青き眼の白龍 光属性ドラゴン族 LV 8/ATK 3000/DEF 2500/COS 300』
『グォォォォァァァァァッ!』
 白い龍の方向が路地に轟く。
「凄い、です……」
 冷や汗を流し一歩下がるアイディ。音の圧力が身体を叩き、芯まで震える。呼吸が苦しくなるほどの圧力。理術による実体を持った立体映像だ。実体としての破壊力も持っているだろう。基準は不明だが攻撃力三千という値を。
 白龍仮面は不敵に笑いカードを一枚抜き取った。
「先攻ターンは攻撃宣言ができない。オレは手札を一枚伏せ、ターンエンドだ」
 裏向きのカードをスロットに差し込むと、立体映像のカードが一枚現れる。伏せてあるため裏側は見えない。手元に残ったカードは二枚。
「これは儀式型の理術のように見えますけど――」
 展開される理術を凝視し、アイディは推測した。
 あらかじめ術式の組み込まれたカード型の術符。それをボード型の儀台に設置することによって、理力を通し理術を発動させる。おおむねこのような仕組みだ。主流ではないが儀式型と呼ばれる理術の使い方である。
「ひどく非常識な形式ですよね?」
 普通はこのような遠回りな使い方はしない。こだわりのようなものだろうか。
 黙っていたハチべぇがため息を吐いた。
「悪いけど、ボクは逃げさせて貰うよ。話し合いが通じない上にこちらを攻撃する意志がある以上、ここに留まる意味は無い。まったく人間という生き物は実に暴力的だ」
 道路を蹴って壁に飛びつく。
 足裏から発生した魔力が、ハチべぇを建物の壁に貼り付けている。重力の方向を変える魔法だろう。魔法式は理術に比べて読みにくい。
 そのまま走り去ろうとして。
「貴様がそう来るのは想定済みだ! 伏せカード発動! 王者の看破!」
 真上に腕を振り上げ、白龍仮面が吼えた。伏せられていたカードが起き上がる。鎧を纏った騎士が、巨大な剣を構えた姿が描かれていた。
『王者の看破 通常魔法 COS 30』
『ゴォォオァアアアアアアォォォ!』
 白龍が咆哮する。
 大気を軋ませるような凄まじい音圧。気を抜けばそのまま気絶しそうなほどだ。それだけではない。猛烈な理力の奔流が、壁を走るハチべぇを貫いた。
「うぐっ!」
 短いうめき声を上げ、地面に落ちた。身体が麻痺したようである。およそ五メートルの高さからアスファルトの地面へと垂直落下。下手すれば首の骨にダメージがある。
 おののきつつもアイディは声を掛えた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だけど、身体が動かないよ……」
 案外平気そうに答えてくる。
 精霊は生死の概念が曖昧なため、普通の生物に比べ頑丈だ。高い所から落ちたくらいで死ぬことはない。しかし動けないことは普通に危機である。
 白龍仮面が得意げに説明した。
「このカードは自分フィールドにレベル7以上の通常モンスターが表側表示で存在する場合に発動できる。モンスター効果、魔法、罠の発動、召喚、反転召喚、特殊召喚、どれかひとつを無効にし破壊する!」
 スロットからカードを抜き、ボードの付け根にある穴に差し込んだ。使い終わったカードを置く場所らしい。
「発動終了後、カードは表向き表示で墓地に送られる」
「……効果を説明するのはルールか何かなんでしょうか?」
 ぼそりと口にしたアイディの言葉に――
 白龍仮面が顔を向けてきた。
 突き刺さる視線に小さく肩を跳ねさせるアイディ。
「知らんのか小娘。まぁ、いい。カードの効果を相手や周囲に説明するのは、決闘者としてのマナーであり礼儀作法である!」
「……」
 納得いかないものを覚えつつも、黙り込む。世の中にはアイディの知らない事がいっぱいあるようだ。書記士としてかなり勉強した自負はあるが、それでも世界は広い。
「俺のターン。ドロー!」
 山札からカードを引き抜く。無駄に勢いを付けて。
 引いたカードを眺め、
「ふん。少々早いが、これで貴様も終わりだ」
「むむ……」
 動けないハチべぇを見据え宣言する。
「オレは手札より『極限融合』を発動する!」
 引いたカードをスロットに差し込む。
『極限融合 通常魔法 COS 200』
 二体の魔物が渦巻きながら吸い込まれていく模様のカードが現れた。
「このカードはフィールド及び手札から、指定のモンスターを墓地に送り、エクストラデッキより融合モンスター一体を融合召喚する!」
 ボードに置かれた白龍のカードと、手札にあった残りの二枚を墓地に送る。
 山札の差し込まれたホルダー。その反対側から一枚のカードが飛び出した。そちらが白龍仮面の言うエクストラデッキのようである。
 白龍仮面は飛び出したカードを掴み、ボードに設置した。
「青き眼の究極龍ゥッ!」
 場に出ていた白龍が光の粒子へと変わる。
 一拍遅れ、白龍仮面の横に出現した同じ形に白龍。それも光の粒子となって散った。墓地に送られた二枚を示しているのだろう。
「ここに降臨せよ! 我が最強の僕よ!」
 白龍仮面の言葉に応えるように。
 光が渦巻き収束し、実体化する。
『ギャアアァァッォオオオオオォォ!』
 大気を軋ませるような咆哮。
 息が止まるほどの理力圧に、アイディは動くこともできない
 白龍仮面の頭上には、巨大な三首の龍が浮かんでいた。白銀の羽を動かし、空中に漂っている。全身を駆けめぐる理力の奔流。立体映像に膨大な理力を圧縮実体化させたものだろう。そして、その理力密度から作られる攻撃力は押して知るべし。
 大きく右腕を振り、白龍仮面は笑った。
「このカードによって召喚に成功したモンスターの攻撃力、守備力は二倍となる! そしてこのカードのプレイヤーは、エンドフェイズに上昇した攻撃力分のダメージを受ける!」
『青き眼の究極龍 光属性ドラゴン族 LV 12/ATK 9000/DEF 8000/COS 500』
 究極龍のステータスが記されたパネルが出現する。
 パチパチと白い稲妻を走らせる巨大な龍。パネルに表示された数字が本当なら、攻撃力は九千にも及ぶ。攻撃力の基準は分からないが、それでもその数値が非常識なレベルであるとは容易に分かってしまう。
 と同時に、白龍仮面は攻撃力上昇分、四千五百のダメージを受けなければならない。基準がどこにあるかは不明だが、それは無視できないダメージ量だろう。
「しかぁし! エンドフェイズが来る前に勝ってしまえば問題無ァい!」
 だが、あっさりと白龍仮面は流れを進めた。エンドフェイズ前に勝負が終われば、ダメージを受ける理由が無くなるようだ。そのような発動ルールなのだろう。
「青き眼の究極龍の攻撃!」
 白龍仮面が地面に倒れたハチべぇを指差す。
 ドワゥ!
 大きく羽ばたき、究極龍が浮き上がった。
 そして、ハチべぇへと手を伸ばす。
「ぎゅぅ!」
 巨大な手に鷲掴みにされ、潰れたカエルのような悲鳴を上げるハチべぇ。立体映像を構成する理力量から計算すれば、鋼鉄の塊でも容易に破壊できるほどの力がある。
 グォゥッ!
「あー……」
 究極龍は空高くハチべぇを放り投げた。
 そして、みっつの顎門を開く。口の中から溢れる青白い光。帯電した空気がバチバチと火花のような音を立てていた。大地が震え、大気が唸る。生み出される圧倒的な破壊エネルギー。大きく翼を広げ、究極龍が空中のハチべぇへと狙いを定めた。
 ハチべぇに指を向け、白龍仮面が吼える。
「滅びの極限疾風弾!」
 閃光が――
 バォッ!
 大気を切り裂き――
 ハチべぇを呑み込み――
 夕闇の空を一直線に貫いた。
 そして、空へと消える。
 それだけだった。
「ゲームエンド! 悪は滅んだ!」
 立体映像が消えていく。
 閃光の後には薄い白煙の筋が残っていた。
 空を見ても、ハチべぇの姿はない。あれほどの火力の直撃を受けたのだ。防御しなければ跡形もなく消し飛ぶだろう。ハチべぇが防御をした様子はなかった。
 命断の式は伴っていないので、死んではいないだろうが。
 なんとなく、命断の式を当てても復活してきそうな気もするが。
「では、さらばだ小娘!」
「はい?」
 バッ!
 白龍仮面が跳んだ。
 白いコートをはためかせ高々と跳躍し、ビルの向こうに消える。
 そのまましばらく、アイディは白龍仮面の消えた空を眺めていた。

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