Index Top 第8話 科学都市フィジク

第1章 ここに至る理由


 助手席に座ったクキィは、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
 きれいに並んだ街路樹。その向こうでは石造りの白い建物が並んでいる。三階建てのものが多いが、四階建てもある。時折風変わりなデザインの建物も見えた。空は青く澄み渡り雲ひとつ無い。太陽は南に向かって昇り始めたところだ。
「久しぶりの故郷だぜ。いやー、全然変わってないなー。二ヶ月くらいで変わるもんでもないけどな。相変わらず薬臭い街だ」
 ハンドルを握ったまま、タレットが嬉しそうに笑っている。
 マスマティ国から隣のサイエン国に、何のトラブルもなく国境を越え、しばらく。クキィたちは大きな街に来ていた。
「サイエン国科学都市フィジク」
 ヒゲを撫でながらクキィは呟く。
 世界四大科学都市のひとつで、タレットの所属する世界科学技術連盟本部がある街でもあった。いくつもの学校や研究施設などが作られている。タレットの話によると、ここは学校中心の街らしい。
「思ってたのと違うわね。もっと近未来的なイメージあったんだけど」
 立ち並ぶ建物を眺める。
 科学都市という名前から白く四角い建物が建ち並ぶSF的な街を想像していた。実際は古めかしい建物の多い所である。もっともSFのようなデザインの建物が全く無いわけでもない。それらは事務系の建物らしい。
 タレットが眼鏡を持ち上げる。
「かなり昔から科学の中心って扱いの街だからよ。古い建物もたくさん残ってるんだよ。築百年ものだってごろごろあるぞ。中央駅とか都庁舎とか」
「おじさんってここで生まれたの?」
 クキィはタレットを見る。
 灰色の髪の痩せた中年男。眼鏡を掛け、白衣を着ている。いかにも科学者然とした姿だった。見た目通り本職は旧史学の教授であり、科学技術連盟のエージェントとして派遣される前はこのフィジクのウィール大学で働いていたらしい。
 だが、それ以前のことはよく知らない。
「生まれは近くの街だけど、ガキの頃にここに来た。それから英才教育受けて天才街道一直線よ。聞きたい? オレの武勇伝」
 眼鏡をきらりと光らせる。
「いらない」
 クキィはきっぱりと告げた。
 タレットの昔話。有名な論文を書いた事から、珍しい石ころを拾った事まで。その内容は多彩だった。ただ、どこからどこまで本当なのか分からない。事実のような事でも作り話のようなしゃべり方をするのだ。クキィの知る限り同じ話をしたことはない。
 話題を変えるように街の風景を眺める。
「まだここに立ち寄った理由聞いてないんだけど」
 信号が赤になり、車が止まった。
 タレットが眼鏡を動かし、苦笑いをする。
「科学技術連盟に挨拶に行かなきゃならん。色々迷惑かけてるから。まさかこの短期間でこれほど無茶が重なるとは思わなかったし」
 額を押えため息。
 出発した翌日にディスペアに襲撃され、しばらくした後にヴィンセントとカラが現われた。先日はレイスが現われ一騒動。特に最後の一件ではあちこちの組織が大きく動いたと聞かされている。
「あと、先生にも挨拶してこないとなぁ……」
 タレットがアクセルを踏む。
 緩い加速度と共に車が走り出した。
「先生?」
 耳を動かし、クキィは尋ねる。
「オレの恩師。世界最強の天才」
「……最強?」
 タレットの口振りからするにその先生は学者だろう。そこに最強という言葉が付くのは不自然だ。最高なら意味は想像が付く。最速でもまだ分かる。だが、最強と言われても意味が分からない。
「まだ秘密だ」
 にやりと笑うタレット。
 クキィは目を閉じる。
 訊くか訊かないか数秒考え、訊かないことにした。案外そのままの意味かもしれない。しばらくすれば分かるだろう。ここで追求するのは負けたような気がして嫌だった。
 目を開き、右正面にあるモニタを見る。
「ねえ、リア」
 後部の様子が映っていた。
 黄緑色の髪の妖霊族の女。平たい筒のような水色の帽子を頭に乗せ、水色の聖職衣を纏っている。横には月と星の教杖が立て掛けてあった。
「何でしょう?」
 モニタ越しに視線が合う。
 小さなテーブルに並べられた金属の部品。ライフルの部品のようだった。小さな針やネジ、バネなど。撃針部分の部品を掃除している。
「最近、もう隠す気すら感じられないわね……」
「最初の頃はクキィさんに警戒されないようにしていましたけど、いまさら隠しても怪しまれるだけですから。整備の時間を削られるのも嫌ですし」
 部品を組み上げながら、リアは答えた。
 最初に会った頃は回復法術に長けた教士と振舞っていたが、その実かなり鍛えられた兵士でもある。以前は隠していたが、最近では隠そうともしない。
「持ってくの、それ?」
「はい。何かあった時のためには必要ですからね。もちろん街中で銃器を携帯するのは違法ですから、見つからないように隠しますけど」
 組み上がる自動小銃。通常の自動小銃よりも口径が大きい、バトルライフルと呼ばれる小銃らしい。銃床が折り畳み式で、銃身も短い。マガジンがみっつ置かれている。
 慣れた手付きでそれらを鞄に入れた。
「あたしの記憶が正しければ……リアの持ってる銃が通じた事って無いと思うのよ。特殊な銃弾なのに当たっても痛そうな素振りすら見せないヤツばっかで」
「無いよりはマシですよ」
 鞄を閉じるリア。
 攻性法術を込めた銃弾。相手が魔術などの防御を行っても、それを貫通して致命傷を与えるためのものである。一般には出回ってない代物で、値段も同型の弾丸の百倍近くするらしい。しかし、それでも通じない相手ばかりだった。
「リアってどんな学校行ってたの?」
 ふと訊いてみる。
 タオルで手に付いた油や汚れを拭き取ってから、リアが答えた。
「アイテール神学校ですよ。月の教会の名門です」
「そうなんだ」
 曖昧に頷くクキィ。
 それがどこにある学校かは知らない。修道学校の類だろう。とりあえず良いっ学校ということは理解できた。
 クキィはリアの後ろに目を移した。
「ガルガスってさ……」
 獣のたてがみのような黒い髪と黒いコートに黒いズボン。一言で表して黒い男だった。歩き回る不条理、徘徊する混沌、イレギュラー、異端分子。そんな大袈裟な肩書きを持つ割に、いまいち説得力の無い言動。
「何だ?」
 読んでいた地図帳から目を放し、ガルガスがモニタに目を向けた。
 至極単純にクキィは尋ねる。
「学校行ってたことあるの?」
「あるぞ」
 ガルガスも至極単純に答えた。
 へなりと耳と尻尾を垂らし、クキィは大きく息を吐いた。
「……あるんだ」
 正直に呟く。失礼だという自覚はあるが言わずには言われなかった。
「あんたが学校で勉強してる姿って全然思い浮ばないんだけど……」
 学校で席に着いて教科書やノートを広げ勉強する姿。それが全く想像できない。人間の年齢でいうなら二十歳前後に見えるが、実際に何歳なのかはクキィは知らない。相当な昔から生きているような様子ではある。
「お前はどうなんだ?」
 ガルガスの問いに、クキィは尻尾を曲げた。
「あたしは……まともに学校行ってなかったし」
 モニタから視線を逸らし、頬のヒゲを引っ張る。
 中学校までは一応通っていたが、結局卒業前に育ての親とケンカして家を飛び出してしまった。もっとも、貧民街に片足突っ込んだような地域だったので、クキィのような者は多かった。学校もあまり正常に機能していたとも言えない。
 タレットが口を開く。
「勉強なら教えてやるよ。高卒検定取れるくらいにはしてやるさ」
 やる気無く正面を見つめるタレットに目をやり、
「考えておくわ」
 クキィはそう答えた。

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12/7/5