Index Top 第2話 招かれざる来訪者

第1章 タレット語るこの世界


 地平線から登る太陽に向かって、キャンピングカーが走っている。
「すごい暇ね」
 助手席に座ったまま、クキィは尻尾の先を弄っていた。
 赤い上着とズボンという簡素な恰好の猫獣人系亜人の少女。眠そうに目蓋を半分下ろし、茶色の瞳を明らむ地平線に向けている。赤と白の朝と、空を覆う紫色から黒に伸びる夜の移り変わりは、ため息をつくほど美しかった。
「なあ、クキィ。この世界って……どうなってると思う?」
 不意に口を開くタレット。
 軽く欠伸をしてから、クキィは運転席に目を移した。
 右手でハンドルを握ったまま、灰色の髪を左手で撫でる。眼鏡を掛けた四十歳ほどの人間の男。灰色の服の上に白衣という恰好は変わらず。
「ところで」
 白衣のポケットから煙草の箱を取り出し、クキィに見せる。
 クキィが呆れ顔で首を振ると、残念そうに煙草をポケットに戻した。
「たく、最近はどこもかしこも分煙禁煙って……」
 ポケットの中の煙草を指で弄りながら、愚痴っている。
 それはひとまず無視して、クキィは改めて問いかけた。
「いきなり何言い出すのよ?」
 タレットはひらひらと左手を動かし、
「暇だとか愚痴ってたから、センセイがお話してあげようと思ってな。お前が"鍵人"呼ばれている理由。一応知っておいた方がいいだろ?」
「知らなくても問題無いって言い方ね。そうなんでしょうけど」
 口元に笑みを浮かべるタレットを見ながら、クキィは鼻を動かした。
 運転席のモニタに映る、後部の居室。黒髪と黒コートの男、ガルガスが椅子に座ったまま眠っていた。小さな机に置かれたノートパソコンを弄っているリア。水色の帽子と法衣という教士服を着た、緑色の髪の妖霊族亜人の女。
「いわゆる大崩壊。これがこの世界の大転機だ」
 タレットはマイペースに続ける。
「大昔。この世界の高知能生物は人間しかいなかった。術も超常の力もなかった。ただ、人間たちが協力したり争ったり、考えたり働いたりしながら、文明を築き上げていた。旧文明はそうして発展して、どこかの誰かが世界の鍵を見つけた」
 と、もったいぶるように言葉を止めるタレット。
 一度人間が文明を築き上げ、大崩壊によって文明を失い、人間や亜人が改めて文明を築き上げる。誰でも知っている、世界の成り立ち。
 遮る理由も無く、クキィは大人しく話を聞き流していた。
「最初は意味不明な出土品だったようだけど、その情報解析とともに、その異常性が知られ、やがて奪い合い……そして、暴発。それが大崩壊だ。当時の人口の九十九パーセント以上の人間が消え去った、絶滅規模の大災害」
 何故か楽しげに口元に薄い笑みを浮かべる。
 目蓋を下ろしてその顔を眺めてから、クキィは尻尾の先に目を向けた。くっついた埃を息で吹き飛ばし、朝日に目を向ける。この辺りは乾燥した草地になっている。
 タレットはくるくると右手の人差し指を回す。
「具体的な事は分かってないど、どうやら世界の鍵はこの世界とその住人を少し歪ませちまったらしい。それが、術や異能力、お前ら亜人。それに、精霊やら神やら悪魔やら。空想の存在が、現実に吹き出したんだ。オレたち人間も元の人間から変化しちまった」
 人差し指で辺りを示してから、クキィを指差し、自分を指差し、最後に指先を真上に振り向ける。世界、亜人、人間、術という意味だろう。
「誰だか知らないけど、はた迷惑な事してくれたわね」
 欠伸をしながら、クキィは耳の縁を指で弾いた。
 種族問題、宗教問題。よく新聞やテレビを騒がせる厄介事だ。元を辿れば、大抵は大崩壊に行き着く。もっとも、世界規模の問題は大崩壊以前から普通にあったらしい。
 タレットは人差し指で眼鏡を動かし、満足げに頷いた。
「その後は、原始生活同然の文明レベルから術とか色々使って、千年ちょいで以前の文明レベルは取り戻したと言われてる」
「分かりやすいようで分かりにくい説明、ありがとね」
 一応例は言っておく。
 しかし、タレットは不服そうに口を曲げて、
「これでも随分と噛み砕いてみたんだけどな……。お望みとあれば、旧世界から現代まできっちり一日掛けて講義してやってもいいけど」
「遠慮しておきます」
 自分に向けられる期待の眼差しに、クキィは即答した。頷けば、本当に丸一日語り続けるだろう。タレットの顔には嫌な本気が見て取れた。
 唇を曲げて十秒ほど不満の視線を送ってから。
 諦めたようにタレットは口を開く。
「ようするに、その世界の転機を作ったのが、世界の鍵。それを封じた封印の扉を開けられるのは、鍵人ただ一人。つまり、お前を捕まえておけば、めぐりめぐって世界を我がモノにできるってわけよ」
 手抜きな説明だが、要点は理解できた。
「金庫と鍵ね」
「的確な例えだ。花丸をやろう」
 指で空中に花丸を書きながら、タレットが頷く。
 クキィは金庫の鍵なのだ。世界最高の価値を持つ財宝が入った金庫の鍵。どのような方法で鍵を識別するかは分からないが、とにかくクキィを捕まえておけば金庫を開けて中身を取り出すことができる。
「そう上手くいくものでもないと思うけど……。あたしからして鍵人かどうかは信憑性薄いみたいだし、鍵人だとしても扉開けられるのかも分からないし、そもそも"世界の鍵"とかいうのが本当にあるのかも分からないし」
 窓に肘をかけ、頬杖を突き、クキィは言葉を連ねた。金庫の奥に隠された財宝を手に入れられるのは、いくつもの"かもしれない"が全部正しく繋がった場合である。
「まあな」
 タレットが左手で自分の額を叩く。
「そう上手くは行かない……。でも、全く不可能でもない。この中途半端さが混乱呼んでるんだよ。放置もできず、無視もできず、さりとて暗殺もできず……」
 困っているような口調とは対照的に、何故か顔は笑っていた。皮肉ではなく、単純にこの状況が楽しいらしい。遊園地に遊びに来た子供のような笑顔である。
「できるのは様子見」
「大変ね」
 無愛想にクキィはそう告げた。
 窓の外では、草原から森に景色が移り変わっていた。このまま何事も起こらずしばらく進むと、隣のログ市に付くだろう。そこで一時休憩を取る予定だった。
 頭をかきつつ、タレットが笑みを引っ込める。
「他人事みたいに言うなよ」
「他人事じゃない」
 そして、沈黙。
 しばらくしてから、声が上がった。
「タレット先生」
「はい。何でしょう、リアくん」
 素早く、タレットが応じる。挙手した生徒を指名するような、快活さ。
 モニタのひとつが、リアのノートパソコンのカメラと繋がった。モニタに映るリア。落ち着いた顔立ちと、緑色の髪の毛、水色の平たい円筒形の帽子、尖った長い耳。その表情には少し疲れが映っていた。
 深夜から休まず教会との連絡を続けているので、当たり前である。
「教会から報告が来ました。大体、話は通った、と。これで今後、表立って私たちに過激な行動を取る人は減ると思います。これから話の調整を行うので、最終的にどうなるかは分かりませんけど」
 てきぱきとマイペースに答えた。
 頭に乗せた帽子を横に置き、リアが肩の力を抜く。一段落は付いたようだ。
 再び振りを流され、タレットが肩を落とす。が、誰も気にしていない。
「自信の無い言い方ね……」
 リアの台詞を思い返しながら、クキィは片目を閉じる。大筋としては決定事項として扱っているものの、それを断言できないようだ。昨日の今日なので仕方ないが。
 クキィはモニタ越しに、リアに声を掛けた。
「とりあえず、これからいきなり夜道で襲われたり射たれたり捕まえられたりする心配は無くなったってことかしら? 話は付いたんでしょ?」
 ボウガンで射たれた両足と右腕。リアの治療のおかげで完治しているが、射たれた事実は消えていない。二度、三度と体験したいものではなかった。
「気は抜かないで下さい。あくまでも"表立って"という意味ですから。本番はこれからです。最悪、狙撃されて既に死んでいましたという状況もありえますので」
 予想通りの答えが返ってくる。
 それは実質、身の安全は保証されていないということだ。クキィ自身も、安全になったとは毛の先ほども思っていない。あくまで、水面上での動きが消えるだけ。
「ところで、さっきの検問突破だけど、どうなってるのかな?」
 気になって尋ねる。こちらは単純な好奇心だった。
 軽装甲車を一台壊している。人的被害は出していないものの、一応検問の強行突破は犯罪である。何のお咎めも無しでは済まないだろう。
「緊急事態ということで、国も軍も教会も連盟も、事故として処理するようです」
「あっそ」
 大人の対応で終わらせる気のようだった。
 ふと椅子に座って寝ているガルガスを見る。
 椅子に座ったまま腕組みをして、顔を上に向けて眠っていた。寝ている振りにも見えるが本気で寝ているようだ。好き勝手に動き回られても困るので、大人しくしているならその方がいいのかもしれない。
 クキィは閉じていた片目を開け、半眼をタレットに向けた。
「しかし、あんたたちは何で鍵を開けようとしてるの? 矛盾してない」
 今までの話振りから、世界の鍵とやらは極めて危険なもの。できれば余計な事はしたくないようだ。しかし、タレットたちは鍵を開けて中身を取り出そうとしている。それを積極的に止める者もいないようだった。
 タレットは前髪を手で払い、眉間にしわを寄せた。
「実はな……、世界の鍵は金庫から取り出して、外に保管しておきたいってのが、偉いさんたちの本音なんだよ。これは、お前が鍵人だって情報以上に不確かなんだが……」
 一拍置いてから。
 何故かと言うか、やはりと言うか、タレットは楽しそうに目を細める。
「世界の鍵はもうひとつあるらしい。しかも、金庫の外に」

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11/1/13