Index Top 第1話 旅は始まった 

第6章 街を抜け出せ


 背中を座席から一度離し、クキィは尻尾の位置を入れ替えた。
「オレたちの知らないもん、ね」
 タレットの台詞を繰り返し、緩く腕を組んでから、運転席のモニタに目を向ける。
 画面に映る、椅子に座って目を閉じているガルガス。本当に眠っているのか眠っている振りか。後者であるとクキィは見当を付けた。
「ガルガス……のこと?」
「そんなもんかな。とりあえず、あいつは味方だよ」
 困ったようにタレットは目を逸らした。
 窓の外では街の風景が流れている。さきほどまで見えていた高いビルは見えなくなっていた。夜闇を退ける光も減っていた。どうやらルート市から出るつもりらしい。
 クキィは続けて尋ねる。
「あいつは、何者なの? 落ちても撃たれても斬られても魔術食らっても傷ひとつ付かないし、空間転移術も掴んで受け止めるし、あたしの拳銃噛み千切って食べたわよ。鉄だってのに……。頑丈とかそういうレベルじゃないわよ」
「ガルガスについては……考えるだけ無駄だ。そういうヤツだし」
 冷めた目で手を振り、タレットはそう答える。
 投げやりで適当な声音。どうやらタレット自身分かっていないようだった。考えることを放棄しているようにも思える。そんな諦めの口調だった。
 クキィはそっと鉈の柄を掴む。
「あんたたちは、あたしが正真正銘の"鍵人"だって考えてるみたいね?」
「あー、色々あってなー……。すまんけど、そこは言えないんだ」
 左手で頭を掻くタレット。灰色の髪が跳ねる。
 無理矢理喋らせることはできる。クキィはそう判断した。タレットの動きを見る限り、戦ったら確実に勝てる。ただ、訊くまでもなく想像はついた。さきほど口にした特別な連中が情報の出所だろう。
 考えれば色々と思いつくが、想像はそこで一時停止する。
「これからどこに行くの?」
「封印の扉。世界の鍵の封じられた場所」
 クキィの質問に、何故か得意げにタレットは口端を持ち上げた。銀縁眼鏡越に見える茶色の瞳に、不敵な光が灯る。やたらと嬉しそうに、言葉を続けた。
「そこに行けば、扉を開けて中身を手に入れられる。扉を開けるか、中身をどうするかはお前が決めろ。時間はたっぷりあるから気が済むまで悩み抜け。それが若者の特権だ」
「……実はあんたたちが一番危険な考え持ってない?」
 鉈から手を放し、クキィは額を押さえた。ほんのりと頭痛がする。
 横目で見ると、タレットが笑っていた。
「危険かもな」
 皮肉げで、どこか自嘲するような、そんな笑顔。自分でも考える中で相当に危険な選択肢を取っている自覚はあるようである。
 数秒ほど笑ってから、不意に笑みを引っ込めた。
「もしそれが気に入らないなら、逃げるなり自殺するなり、自分で決めてくれや」
「過激な事言うわね」
 クキィは無表情になったタレットを睨む。
「タレット先生」
 リアの声が聞こえた。見ると、運転席にあるモニタにリアの顔が映っていた。ノートパソコンに組み込まれたカメラからの映像だろう。
「はい。何でしょう、リアくん」
 画面に向かって、笑顔を見せるタレット。教師が生徒を指名するように。
 しかし、リアはノートパソコンを弄りながら、マイペースに答えた。
「この二キロ先に検問が設置されているようですけど、どうしましょう? 既にこの車は補足されているようですので、下手に逃げると怪しまれると思います」
「………」
 普通に返されて、タレットが凹んでいる。
「保護下に置かれるとか言ってなかった?」
 クキィは目蓋を下ろし、運転席の自称天才科学者を眺めた。
 市街地から離れた街と外の境目辺り。
「この短時間で末端まで情報伝わるわきゃないだろ……。とはいえ、検問敷かれる前に街出られると思ったんだが、そう上手くもいかんか」
 この道路は、陸軍支部がある場所からは街の反対側だ。検問などは設備のある方から設置される。離れていれば、検問設置も遅れると考えたらしい。
「さて、道は一直線、横道無し。どうやって切り抜けるかねぇ?」
 苦笑しながら、タレットが眼鏡を取った。茶色い瞳に、強い力が集まる。
 クキィは驚くでもなく、タレットの目を眺めた。
「それがさっき言ってた妖術?」
 見た目は何も変わっていない。しかし、強い妖力が集まっているのが感じ取れる。眼鏡を外したのは、レンズが高められた視力の邪魔になるからだろう。
「中性能の顕微鏡と望遠鏡を合わせたくらいに強化できる。さっきも言ったけど、オレの妖術は実験器具の代用だから、余計な事は期待するなよ。オレの脳みそは天才だけど、術の才能は月並みだからなー」
 言い訳しながら辺りへと目を向ける。
 ナブラ川に合流するアトレッド川。そこに掛かる橋に向かう二車線の道路。橋の手前辺り検問が設置してあるようだ。点滅する赤い光が見える。
「こういう事は得意じゃないんだけどねぇ。えっと……相手は停車ゲートと据置き式防弾盾、パトカー三台に軽装甲車一台、警察官六人。武器は自動小銃と中距離ライフル。見える限りでこのくらいか。兵隊はいないみたいだな、基地から遠いおかげかな」
 周囲は農業区で、左右は耕作地が広がっていた。背の高い野菜が植えられているが、種類は分からない。ぽつぽつと家の明かりが見える。
「周りに伏兵とかは無し……多分」
 速度を変えず車を進めながら、タレットは目を細めた。
「猫系獣人って目立つ容姿だから、バレるのは確実だよな――」
 と、クキィに目を向ける。
 ルート市に住んでいるのは九割以上が人間で、クキィのような亜人は珍しい。顔と名前を覚えられやすいのは楽だが、それが有利とは限らない。
「できれば穏便に済ませて欲しいのですけれど」
 眉を傾け、釘を刺してくるリア。当たり前であるが、検問で捕まる気はないようだ。検問の突破は可能だろう。しかし、何事もなく通過できると問われれば否である。
 タレットがモニタに映るガルガスに声をかけた。
「どうするね、ガルガスくん。君の意見を聞こうか」
「んー?」
 ガルガスは椅子の背から身体を起こし、両腕を持ち上げ背伸びをする。訝しげにモニタを眺めてから何度か頷いた。寝たふりではなく本当に寝ていたらしい。状況を理解したのか一度大きく頷いてから、迷いなく言い切る。
「そうだな……。こういう場合は、正々堂々正面突破だろ。小細工とか回り道とかは面倒くさいし、時間がかかるのはヤダからな。斬込み隊長は、当然俺だ」
 画面に向かって人差し指を突きつけていた。
「穏便にって言われたでしょ」
 クキィが声を上げるが、ガルガスもタレットも聞いていない。
 既に検問所の様子ははっきりと見える。道路を横切るように造られた簡易ゲートと、防弾盾。その後ろにパトカー三台と角張った軽装甲車。絵に描いたような検問だった。
「てなわけで――行け、おっさん!」
 言うが早いか、ガルガスは横のドアを開け、外へと飛び出した。
 吹き込んできた風に、リアが髪を押さえて目を閉じる。ドアはすぐに閉まった。
「仕方ありませんね」
 リアが首を振ったが、誰も気にしていない。
 クキィは目の前で起こる事を、何も出来ずに眺めていた。
 道路に着地し、そのまま走り出すガルガス。時速六十キロで走る車から飛び出したというのに、バランスを崩すことなく疾走していた。車を簡単に上回る速度で。
「やっぱそうなるよな!」
 視力強化を解かぬまま、、タレットがアクセルを踏み込む。
 ―――!
 音のない衝撃。
 急激な加速に、クキィは座席に押し付けられた。目を見開き、歯を食いしばる。窓から運転席に顔を向けると、デジタル表示のスピードメーターが、あっさりと時速百キロを越えていた。冗談のような加速度。
「無茶苦茶よ……」
 思わず呻くクキィ。
 だが、ガルガスはその速度よりも速く走っている。身体を前傾させ、両腕を斜め後ろに伸ばし、黒いコートを派手にはためかせながら。
「行くぜぇ!」
 黒い風となって検問に突っ込んでいった。

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封印の扉
世界の鍵が封じられたと言われる場所。
詳細不明。

妖術・視力強化
感覚強化術のひとつ。視力を強化する。本人曰く、中性能の顕微鏡と望遠鏡を合わせたくらいの効果。本来の使用目的は望遠鏡や顕微鏡の代用。妖術の使用中はレンズの屈折が邪魔になるため、眼鏡を外す。
難易度3
使用者 タレット
10/11/30