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第26話 図書館へ来た理由


 首を左右に振ってから、クロノは改めてカウンターの上に目を向けた。
 身長二十センチほどの妖精の少女が浮かんでいる。やや外跳ね気味のショートカットの水色髪、紺色の服に青いハーフパンツという恰好である。肩から鞄を提げていた。
「あんたがアルニか?」
 伏せていた体勢から身体を持ち上げ、クロノはそう口を開いた。
 アルニが青い眼を自分に向けてくるのを確認してから、続ける。
「一応ハイロとイベリスから話は聞いてるよ。ロアとは顔を合わせてるけど、あんたと顔会わせるのは今日が始めてだったな」
 床に腰を下ろし、お座りの姿勢を取る。右前足で自分を示し、
「俺はクロノだ。このお嬢の従者」
「ワタシはシデン。この図書館で司書をしていル」
 前足を向けられ、シデンが自己紹介をする。
 クロノとシデンを交互に見てから、アルニは頭を下げた。
「えっと、アルニです。ロアさんと一緒に旅をしている妖精です。初めまして」
 片目を閉じ、クロノはアルニとシデンを交互に見る。外の世界の事を知りたがっているシデン、口が軽いらしいアルニ。よくない取り合わせだった。
「アナタはここに何をしに来たノ?」
「えっとですね」
 シデンの問いに、アルニが首を傾げる。
 古ぼけた図書館。床はリノリウム張りで、白い壁紙の貼られた壁。沢山の本棚と、読書用の机がみっつ。カウンターの裏側には、貸出帳簿などの並んだ本棚が置かれていた。
 クロノはふと視線を持ち上げた。
「調べ物があるんだ」
 カウンターの向こう側に若い男が立っている。
 ハイロよりもいくらか年上くらいの年齢だろう。背中まで伸ばした砂色の髪と、どこか眠そうな青い瞳で、眼鏡を掛けている。草色の上着と、緑色のズボン、編上げのブーツという出立。腰に一振りの剣を差していた。
「ロア」
 クロノはその名を呟く。外から来た人間。顔を合わせるのは、これで二度目だった。目蓋を持ち上げ、無言で見つめる。
 自分に向けられた視線に気付き、ロアは両手を広げて答えた。
「調べたい資料がこの図書館にあるって聞いてやってきた。一人で探したいから、ちょっとアルニ預かっててくれないか?」
「構わなイ」
 シデンが答える。
「えと、シデンさん。よろしくお願いします」
 改めて頭を下げているアルニ。
 流れるように進んでいく状況を他人事のように眺めながら、クロノは首を左右に振った。たてがみが大きく揺れる。一度息を吸い込んでから、やや目蓋を下ろした。微かに口元から牙を覗かせながら、問いかける。
「預かるのはいいんだが、ひとつ気にあることがある。ロア、お前……調べ物があるからここに来たんじゃなくて、"俺たちにアルニを預ける事"が目的なんじゃないか?」
 ロアの返事は、微苦笑だった。
 それから何も言わずにカウンターに背を向け、本棚の方へと歩き出した。身体を揺らさず、安定した姿勢で歩いている。かなり鍛錬を積んでいるのだろう。クロノがその背を眺めてみるものの、振り向くこともなく本棚の影へと消える。
「外の連中ってのは、よく分からん……」
 クロノはその場に突っ伏した。冷たい床が心地よい。
 よく分からない外の世界の人間、何を考えているか分かりにくい好奇心旺盛な主、どうにも行動の読みにくそうな青い妖精の女の子。そのような者たちを相手にするのは、クロノでは明らかに荷が重すぎた。だが、逃げるわけにもいかない。
 ぽんぽんと、シデンがクロノの背中を叩く。
「とりあえず、ここに」
「……いいんですか?」
 カウンターの内側に降りてきたアルニが、驚いたようにクロノの背を見つめている。知らぬうちにソファ代わりに設定されているようだった。
 クロノは前足を持ち上げ、
「別に構わないよ。妖精一人乗っけたくらいで疲れるものじゃない」
「お言葉に甘えて失礼します」
 アルニが背中に降りた。微かに感じる重さ。乗せているのは分かるが、ともすれば忘れてしまいそうな希薄な重量だ。シデンよりも遙かに軽い。以前頭に乗せたイベリスと同じくらいだろう。
「クロノさんの毛並み、ふわふわですね」
 背中の毛を撫でながら、アルニが声を弾ませる。
 その様子を見つめながら、シデンが口を開いた。
「彼の乗り心地ハ、九十八点。現在一位。現在二位は、ロア。九十五点。彼は予想以上に安定した乗り心地だっタ」
「そうなんですか。凄い人だったんですね、ロアさん」
 シデンの格付けに、アルニが腕組みをして感心している。
 シデンが本棚へと目を向けた。さきほどロアが歩いていった方向。奥の方に行ってしまったのか、姿は見えない。
「ところデ、彼は一体何を調べルつもリ?」
 調べ物をしにきたというのは事実だろう。クロノはそう予想していた。しかし、ロアが欲しがる情報がこの小さな図書館にあるとは考えにくい。もしかしたら、クロノたちが知らない資料がどこかに眠っているのかもしれない。
 アルニは頬に手を当て、首を傾げる。
「何でしょうね? ワタシも訊いたんですけど答えてくれませんでした」
 シデンは無言で再びロアの消えた方向を眺めている。
「ところで、さっきから気になってるんですけど」
 アルニが口を開いた。
「コレ――何ですか?」
 視線を向ける先は、クロノとシデンの首を繋いでいる鎖だった。がっしりとした黒い金属製の首輪と、黒い鎖で両者の首を繋いでいる。
 クロノはため息をついて、両前足で頭を押さえた。

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11/7/20