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第14話 街へ行く


 白い石畳の敷かれた道を、僕たちは歩いていた。
 靴と石がぶつかる硬い音。森から街に続く道である。地面には白く四角い石が敷き詰められていて、左右にはきれいに剪定された植え込みが壁のように続いていた。
「いやー。助かったぜ、お嬢捕まえておいてくれて……。目が覚めたらベッドにいなくて、家中探し回ってもどこにもいなくて、びっくりしたわ、ホント」
 シデンを背中に乗せたまま、クロノが暢気に笑っている。僕の予想通り慌てていたらしく、僕が捕まえていたシデンを見てそのまま突っ伏した。
 狼だからか、石畳の上を歩いても、足音はしない。
 僕の傍らを飛びながら、イベリスが狼を見下ろした。
「あなたは、もう少し従者としての自覚を持った方がいい」
「うー」
 頭を伏せるクロノ。歩いていなかったら、前足で頭を抱えていただろう。
 その背中にまたがったシデン。古びた文庫本を左手に持ち、そのページを千切っては口に入れて噛んでいた。本人曰く朝食らしい。
「それにしても、本当に食べるんだな……。本」
「あなたモ、どう?」
 一ページ差し出してくる。
 古本から千切ったページ。紛れもなくその材質は紙で、表面に文字が印刷されている。普通の生物なら食べることはできないが、僕たちは食べられるのだろう。
 黄色い右目が僕を見上げる。
「遠慮しておく」
 でも、食べる気はない。
 シデンは差し出していたページを口に入れ、むしゃむしゃと咀嚼していた。表情が変わらないから、美味しいのか否かは分からない。でも、主食にしているということは気に入っているんだろう。
 にしても、本を食べる姿が怖いくらい似合っているな。
 ちょっと気になったので、訊いておく。
「それにしても、主食本で図書館司書って大丈夫なの? そこら中に主食があるような環境じゃないか。貸出用の本食べたら、怒られるだろうし」
「ワタシは盗み食いはしなイ、ちゃんと買って食べル」
 僕に人差し指を向け、シデンが否定する。さすがに図書館で本を盗み食いしたら首になるだろう。そこまで飢えてるわけでもないし。
「でも、買うとなると、意外と食費高くないか?」
 本の値段。僕はここの物価を知らないけど、安くはないだろう。毎日食事のペースで本を口にしてれば、結構な金額になってしまうはずだ。
「まあな……」
 尻尾を左右に動かし、クロノが鼻息を吐く。
「お前の心配通り、うちじゃお嬢の食費が悩みの種だ。司書の給料だけだとさすがに辛いけど、俺も本書いて出版して金稼いでるからな。赤字になることはない」
「あなた、本を書いているの? 初耳」
 イベリスが瞬きをしてクロノを見る。
 人間くさい狼とは思っていたけど、作家か。主は本が主食の図書館司書、従者は乗り物狼で作家。これは面白い組み合わせだな。
「従者が仕事してはいけないってルールは無いからな。俺は本を書いて、街の出版社から売ってる。ま、こう見えても人気作家だから、収入は結構あるぞ」
「人は……いえ、狼は見掛けによらないものね」
 三角帽子の縁を指で摘み、イベリスは赤い瞳を空に向けた。青い空に、白い羽雲が流れている。この外は極寒猛吹雪なのに、ここは涼く心地よい気温で、風も無い。
 クロノがジト眼でイベリスを見上げた。
「お前、俺を何だと思ってるんだよ」
「不真面目従者」
「………」
 即答され、うなだれる。耳と尻尾を垂らした。
 シデンが慰めるようにクロノの頭を右手で撫でる。
「彼の書く物語は美味しい」
「美味しい?」
 物語の味ってあるんだろうか? 本を食べるなら、本の材質の味がすると思うんだけど、それとも読んだ感想を味で表現しているのかな?
 中身の無くなった本。その表紙を囓りながら、
「ワタシは物語の味が分かル。面白い物語は美味しイ、つまらない物語は美味しくなイ。彼の作った物語は、のんびりシた美味しさがあル。高級ではナイけど、毎日食べても飽きの来なイ味」
「ありがとよ」
 頭を上げ、クロノが照れたように笑った。立ち直ったようである。
 そうしているうちに、道を抜けた。
「ここが街?」
 石畳の道を抜ける。
 そこは、白い場所だった。
 白い石の敷かれた道路に、白い石造りの建物。壁も屋根も白い。きれいな街だけど、ひどく無機質な印象を受ける。一瞬廃墟かとも思ったけど、見回してみると通りを歩いている人は普通にいた。黒髪の男や女。服装は森の住人たちと変わらない。でも、何だろう? 僕たちとは絶対的に違う何かを感じる。
「サイハテノマチ。街の住人が住むところ。用事が無いのなら、森の住人は無闇に立ち入ってはいけない。そういうルール」
 街を視線で示しながら、イベリスが静かに説明する。その赤い瞳は、感情も映さずに街を見つめていた。白い石の街と青い空。通りを歩く人たち。同じ場所にあるのに、全く違う世界のようだ。確かに、森の住人が気楽に入れる雰囲気ではない。
 ふと見ると、傍らにいたシデンとクロノがいなくなっていた。
「何してるノ?」
「おい、行くぞー」
 声を掛けられ顔を向けると、クロノは既に歩き出している。
「分かった」
 僕とイベリスは早足に二人を追い掛けた。

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10/11/30