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第13話 三日目の朝


 胸が重い……。
 朦朧とする意識の中で、僕は左手を顔に乗せた。窓から差し込んでくる朝の光に、目の奥が痛い。もう朝なのか。この森は空気がいいからぐっすり眠れる。
 というか、胸が重い……。まるで誰かに乗っかられているように。
「おはようございまス」
 掛けられた声に、僕は慌てて目を開けた。
 布団の上に座っているのは、小さな女の子だった。身長六十センチにも満たない身体。薄い紫色の髪と、無感情な顔、黄色い右目と瞳と左目を隠す眼帯。紫色のコートに、白いショートパンツという恰好である。
 シデンだった。僕の胸の上にちょこんと座っている。
「何してるの?」
 黄色い片目を見つめ、僕はただ尋ねた。目が覚めたら胸の上に乗っかっている。客観的に見ても何なのか分からないだろうし、主観的に見てもわけが分からない。
 シデンは一度頷き、すらすらと答えてきた。
「お隣同士ということなのデ、起こしに来てみタ。なかなか起きない少年を起こすのは、隣に住む女の子の嗜みと聞いたことがあル」
 なんのこっちゃ?
「とりあえず、どいて」
「わかっタ」
 シデンはあっさりと床に降りた。
 布団をどかしてから、僕は上半身を起こした。目覚めともに手足の鈍りが去っていくのが分かる。一度大きく背伸びをしてからベッドから降り、サンダルを穿いた。朝の日差しが差し込んでくる窓に向って大きく背伸び。
 それからベッドテーブルに置いてある箱に目を向けた。
 小箱の中で小さな布団にくるまってイベリスが眠っている。
 指でイベリスの肩を叩きながら、僕は声をかけた。
「イベリス。朝だよ」
「ん……」
 微かに身動ぎしてから、イベリスが目を開けた。眠そうな赤い瞳をどこへとなく泳がせている。まだ思考は動いていないようだった。
 数秒かけて僕の存在に気付く。
「おはよう……」
 気の入っていない声で挨拶をする。
 ふと赤い瞳を動かした。いつの間にか箱を覗き込んでいるシデンへと。
「あなた……は?」
「彼を起こしにきてみタ」
 と、僕を指差す。
 どういう理屈かは分からないけど、シデンは僕を起こしにわざわざうちに来たようである。玄関の鍵は閉めたはずなんだけど、どこから入ってきたんだろう?
 イベリスはシデンの答えに満足したらしく、別の問いを口にした。
「クロノは……?」
「起こさないようニこっそり家を出たから、多分まだ眠っていル」
 と、シデンが自分の家のある方向に指を向ける。
 それは予想が付いていた。シデンがそこにいてクロノが一緒にいないということは、クロノを置いて行動しているということ。きっとクロノは目が覚めたらシデンがいなくなっている事に気付き、慌てて探しに出るのだろう。
 眠たげな目でシデンを見つめ、イベリスが口を開いた。
「主はできるだけ……従者の目の届くところにいるもの……。あなたも、あまり好き勝手にクロノの元を離れてはいけない……」
「善処すル」
 答えは"いいえ"か……。
 僕はそっと右手を伸ばして、シデンの身体に腕を回した。そのまま腕を引き寄せて、脇に抱え上げる。荷物でも持つように。
「何をしているノ?」
 両手両足を垂らしたまま、見上げてくる。
 昨日肩に乗られた時は感じなかったけど、こうして脇に抱えてみるとシデンは意外と重い。小さいといってもイベリスほど小さくないので、こんなものかもしれない。
 僕はシデンを抱えたまま、窓の外に目を向けた。
「昨日クロノからシデンが一人でいたら捕まえておいてくれって頼まれたから」
「謀ったナ、あの狼メ」
 淡々と呻くシデン。表情も口調も変えずに言っているから、本気の台詞なのか冗談なのかは分からない。後者だろう。多分。
 イベリスが箱の縁に身体を預けて二度寝に入っていた。
 そのまま、シデンは続ける。
「でも、今日は仕事があるから、遊んでもいられない」
 そういえば、イベリスも言ってたな。仕事。
 僕ら森の住人は何でも食べられるから、働かなくても生活に困ることはない。そういう人も結構いるらしい。でも、欲しいものがあるなら、街に行って働いてお金を稼ぐ。そのお金を使って欲しいものを街で買う。それがここのルール。
「仕事ねぇ」
 顎に左手を添えて首を捻る。仕事するからには自分の得意な事を選ぶべきだろう。そう考えてみても、自分の得意不得意が分からない。過去の記憶自体無いし。
「シデンはどんな仕事をしてるんだ?」
「ワタシのお仕事は、図書館の司書。本の貸出、返却をしたり、本を並べたリ、古くなった本を修理したリ。そんなお仕事。そのお給料で本を買っている」
 脇に抱えられたまま、シデンが説明した。なるほど、司書か。図書館のカウンターに座っているシデンを想像してみる。似合っているだろう。
「読書が趣味か」
 機械みたいな言動だけど、なかなかいい趣味をしている。小さい身体で大きな本を読んでいるシデンの姿を想像し、僕は頷いた。
 しかしシデンはあっさりと僕の考えを否定する。
「違う。食べル。ワタシの主食は本」
 えー……?

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10/11/17