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第7話 森の東にある広場


 朝食を食べ終わってから、僕はイベリスと一緒に森の中を散策していた。
「広いのか広くないのかは、よく分からないけど」
 踏み固められた道の左右には、二十メートルを越える大木から、子供の背丈くらいの低木まで色々な木々が生えていた。木が多いのに不思議と日当たりは良く、空気もほどよく乾燥している。適度に涼しく過ごしやすい場所だ。
 その木々の間には家が建っている。多くは普通の木の家だが、石造りだったり何かのオブジェのような家もあった。
「そんなにおかしなものは無いんだね」
 道を歩きながら、僕は苦笑いを見せた。
 もっと奇怪な家やら何かがあるとも思ったけど、そういうものは無かった。
 時々森の住人とすれ違うけど、変な人は見かけない。髪の色や目の色が違うけど、普通の人間だった。人間じゃなさそうな人も見かけたけど。そして、みんな例外なく誰かを連れている。それが主人と従者なのだろう。この意味はまだよく分からないんだけど。
「おかしなものが何を意味するかは分からないけど……」
 三角帽子の縁を掴み、イベリスが不思議そうに首を傾げる。僕の従者であるイベリス。魔法使いのような黒ずくめの格好をした妖精だ。背中に金色の杖を背負っている。
 見た限り、イベリスくらいに小さい従者は珍しいようだ。
 僕は道を歩きながら、この森で見たおかしなものを思い浮かべた。
「たとえば、昨日のクロノみたいな」
「なるほど」
 イベリスが頷く。納得してくれてよかった。
 失礼ではあるけどど、僕がこの森で見た一番変なものはクロノだろう。黒い犬のような自称狼で、人間のように喋り、立ち居振る舞いも人間臭い。両手でカップを持ってお茶を飲んだり。まるで狼になった人間だ。本人は狼と自称しているけど、自分でも生粋の狼であるかは自信が無いようだ。
 ……うん、かなり変かもしれない。
 道を歩きながら、僕は腕を組んだ。
「そういえば、"お嬢"とか言ってたけど。どういう人なだろうな、クロノの主人って? 三分の一サイズの小人で、よくどこかに行っちゃうって……」
 クロノの愚痴を思い返しながら、見た事もない相手の姿を思い浮かべる。朝方隣の家を見てみたけど、姿は無かった。ちなみに、普通の木の家だった。
「機会があったら挨拶しにいきましょう。私も興味がある」
「だね」
 イベリスの意見に僕は頷いた。
 ふと足を止める。
 道を歩いていたら、少し広い場所にやってきた。
「ここは最果ての森の入り口広場。森の一番東側」
 イベリスが杖で辺りを示す。
 地面に灰色の石畳が敷かれた広場。それほど広くはない。小さな公園くらいの広さかな? 広場からは四方向に道が伸びている。三方向は森へと続いているが、一本は他の三本とは雰囲気が違った。
 白と薄茶の煉瓦が敷かれた道。広場から東へと伸びるその道には、小さい門が作ってあった。明らかに森の道とは雰囲気が違う。
「この先は?」
 僕は煉瓦敷きの道の先を指差した。道は緩く曲がっているため、木々に隠れて先がどうなっているかは分からない。立入禁止でもないようなので、行ってみればいいんだろうけど、用もなく立ち入ってはいけない空気を感じる。
 イベリスは赤い瞳を煉瓦敷きの道に向けてから、
「最果ての街。ここから先は街の住人が住む所。森の住人が用もなく街に出掛けることはしない方がいい。何が起こるわけでもないけど」
 やっぱりそうか……。ここには街があると何度か聞いてたけど、この先か。でも、用事がないと行っちゃいけない。今の僕には街に行く用事もないから、行っちゃ駄目なんだろう。興味はあるけど。
「ルール?」
「ルール」
 僕の問いに、イベリスはこくんと首を縦に動かす。
 やっぱり、ルールか……。僕は街へ続く道の門を見ながら考えた。何かをしてはいけない、どこへ行ってはいけない。そういうものが主のようだけど、色々気になるなぁ。この場所を維持するためのものという印象を受けるけど。
 でも、分かるのはずっと先かな? 分からないかもしれない。
「あまり深い詮索はしない方がいい」
 思考を読んだように、イベリスが声を掛けてきた。
 僕はふとイベリスの姿を見る。
 背中から伸びた四枚の淡い金色の羽で、小さな身体を宙に浮かべている。羽ばたくことはせず、ただ羽を広げるだけで空中に浮かんでいた。飛んでいる原理は謎だけど、魔術とか魔法なんだろうか?」
「そういえば、イベリスってずっと飛んでて疲れない?」
 僕の問いに、イベリスはちらと後ろに顔を向けた。自分の羽を見たらしい。
 赤い瞳をどこへとなく泳がせてから、イベリスは口を開く。
「ちょっと疲れるかも」
 イベリスが移動するときはいつも自分で飛んで移動している。少しくらいの距離ならともかく、今回みたいに一時間以上も歩き回るのは疲れるだろう。
 僕は自分の左肩を指差した。
「なら、僕の肩に乗ってれば? 別にイベリスの重さなら気にならないし」
「んー……」
 イベリスは僕の肩を見る。
 何度か瞬きをしてから、
「お言葉に甘えて」
 そう言って、僕の肩に腰を下ろした。

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