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第32話 春来たりて


「ふあぁ〜」
 畑の中の散歩道を歩きながら、カイは大欠伸をしていた。
 空気は冷えるものの、肌寒さの中には心地よい暖かさがある。初春の朝。晴れた空、心地よい春の空気、辺りの土からは若草が芽吹いている。
「カイ、眠そうだね」
 肩に捕まったミドリが声をかけてきた。
「眠い……。この時期はいつも眠い」
 口元を押さえつつ答える。春は眠い季節だ。
 ミドリは肩から離れ、辺りを見回すようにカイの周りを一周する。嬉しそうな表情。
「でも、春って気持ちいいよ。何だか身体がぽかぽかする」
「春は始まりの季節、とも言うな」
 春に生まれた草は雨期と夏を経て大きくなり、雨期の終わり頃に花を咲かせ種を作り、冬の始まりとともに枯れていく。季節の移り変わり。
「絵描きが詩的なこと考えてもな」
 苦笑しながら、カイは背筋を伸ばした。眠気を払うように首を振ってから、左手を差し出す。手の平にミドリが下りた。微かな重さ。
 身長は二十センチ弱。外見年齢は十代後半に見えるが、性格はそれよりも幼い。麦藁のボーダーハットと木の葉を思わせる長い緑色の髪、緑色の済んだ瞳。緑色の上着とワンピース、ズボン。服装は冬服のままである。
 緑色の妖精だからミドリと名付けた。今から考えると安直だったと思う。
「そういえば、ミドリと一緒に暮らし始めてもう半年も経つんだよな……。特に派手なことはなかったけど、意外と早いよな」
「もう半年なんだ……」
 頷いてから、ミドリは空を見上げた。雲の浮かぶ空。
 カイはふと視線を動かした。
 道ばたに咲いた黄色い花。オオツメマサと呼ばれる越冬草である。地面に広がるロゼット葉の中央から茎を伸ばし、黄色い花を三つ咲かせていた。タンポポに似ているが違う草である。この辺りによく生えている草だった。
 その花を眺めながら、カイは口の端を持ち上げる。
「ミドリは植物みたいだから、春になったら花が咲くのかな? とも思ってたけど……。さすがにそんなことはなかったよ」
「花?」
 きょとんとしたようなミドリの呟き。
「もしかして、これ?」
「え?」
 ミドリが帽子を取ると――
 頭の真上に白い花が乗っていた。
「………」
 何も言えぬまま、カイは動きを止めた。思考も止まる。
 大きさはは二センチくらいだろうか。菱形の白い花弁が五枚。花弁の根元は赤く、雄しべや雌しべが見える。桜を思わせる花。
 それがミドリの頭の上に乗っていた。
「え、え?」
「ふふ。冗談だよ、カイ」
 そう言うなり、ミドリは頭の花を右手で取った。あっさりと取れる花。
 ミドリはふわりと飛び上がり、カイの目の前まで移動した。
「これ、少し前に副会長さんに貰ったの。こうやったらカイが驚くから、やってみなさいって言われた。言われた通りイタズラしてみた」
「そう、か……」
 緊張が解けて、カイはその場に腰を下ろした。座り込みはしなかったものの、しゃがんだまま三回深呼吸をしてから起き上がる。今のは色々な意味で心臓に悪い。
「大丈夫?」
 花を右手に持ったまま、ミドリが訊いてくる。
 カイは額の汗を拭うような仕草をしてから、
「そういう冗談はやめてくれ」
「……ごめんなさい」
 素直に謝るミドリ。さすがにカイの反応は予想外だったようで、肩を落としている。反省しているなら、それ以上言うこともない。
「とはいえ、この花は副会長が作ったのか。どうりで本物みたいなわけだ。しかし、相変わらずよく分からない理由で自分の才能を使う人だよ……」
 ミドリから花を受け取り、カイはそれをじっと見つめていた。特殊な布で作られている造花ようだが、本物の花と見間違えるほど精巧な造形である。こんなものを作れる物好きは、そういないだろう。
 思いついて、カイはミドリを見つめた。
「これ、帽子に付けてみるか?」
「帽子に?」
 ミドリは自分の帽子を示した。非常に細い麦藁のような素材で作られたボーダーハットで、赤い帯が巻かれている。装飾もなく、味気ないと思っていたところだ。
 カイは花をミドリに返してから、
「そんなに難しくはないと思う。帽子の飾りにするために、副会長もこの花飾りをミドリに渡したんだろ。なら、上手く使うのが俺の仕事だ」
「そうなのかな? でも、ありがとう。カイ」
 花を抱きしめ、ミドリが笑う。
 音もなく滑るように空中を移動してから、カイの肩へと掴まった。肩に掛かるほんの微かな重さ。もう馴れた妖精の軽さと儚さ。何故か肩にミドリが乗っていると安心する。
 カイは小さく呟いた。半分独り言のような呟き。
「これからもよろしくな、ミドリ」
「……?」
 一呼吸分の間を挟んでから、ミドリは応えるように微笑んだ。
「うん、よろしく。カイ」

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