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第29話 雪の日の夜


 窓辺に置かれたカンテラ。
 中にあるのは油ではなく光石。水に濡らすことによって光る魔石の一種だった。以前フェルから貰ったもの。カンテラよりも光量は強く長持ちする。まだ値段は高いものの、そう遠くない時期に普及するだろう。
「きれい……」
 窓辺に座ったまま、ミドリが雪を眺めていた。コートを纏い熱の術を込めた術符を身体に巻き付け、その上からハンカチをかぶっている。防寒装備は万全だった。
「滅多に見られない風景だよ。二年ぶりだ」
 外を眺めながらカイは言う。
 光石の明かりに浮き上がる白い雪。暗い夜の闇を背景に、白く輝く氷の結晶。風もあり雪は斜めに落ちている。窓枠にはうっすらと雪が張り付いていた。
 窓ガラスの向こうには積雪が白く浮き出ている。すでに五センチほど積もっているだろう。明日には二十センチ以上の積雪になっているはずだ。
「何だか吸い込まれそう」
 どこか虚ろな緑色の瞳で呟くミドリ。雪に魅入っているようだった。
 ベッドの近くで熱魔石のストーブが暖気を放っているが、部屋は肌寒い。外の気温は氷点下を下回っているだろう。さすがに外に出歩く気力はなかった。
「そうだな。でも、もう寝る時間だ」
 カイは時計に目を向ける。時間は夜の十時。
 ミドリが思わず振り向いてくる。
「え、もう寝るの? もっと雪見てたいのに」
「夜更かしは身体に悪いし、いつまでも起きてるわけにはいかないよ。明日は雪かきとかで早く起きないといけないから。これで終わり」
 そう言うなり、カイはカンテラから光石を取り出した。
 一遍三センチほどの正方形の灰色の石。水から離れて発光を止める。表面の水分が付いているため薄く光を残していたが、布で水気を拭き取ると薄明かりも消えた。
 光石を見つめたまま、ミドリは力なく声を出す。
「待って、カイ。もう少し……」
 身体に巻き付けていたハンカチを放り捨てて、ミドリは飛び上がった。床に落ちるハンカチと術符。カイの右手の平に降りて、ただの石に戻った光石に触れる。
 しかし、水に触れていなければ光を放つこともない。
「うぅ……。もっと雪見てたかったのに。カイの意地悪……」
 眠たげな眼差しで見上げてくるミドリ。身体を照らす光がなくなれば、意志とは関係なく身体は休眠状態へと移っていく。暗闇になれば二分ほどで眠ってしまうのは、経験から分かっていた。
「すまんな。でも、光がない雪景色もきれいだぞ?」
 苦笑いをしながら、カイは窓の外を示す。
 振り向くミドリ。
「え?」
 呆気に取られたような声。
 まどの外に広がる景色。空は雪雲に覆われているため、星も月も出ていない。しかし、微かな町明かりに、積もった雪が白く浮かび上がっている。
 落ちかけた目蓋を持ち上げ、ミドリは緑色の瞳を大きく見開いた。
 十数秒、無言のまま外の風景を見つめてから、ふっと目を閉じて眠りにつく。
「おやすみ」
 カイは左手でミドリを支えて、静かに囁いた。

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