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第28話 初めての雪


 吹き抜ける冷たい風。目の前に小さな白い影が落ちていく。
「む」
 思わず足を止め、カイは短く声を漏らした。獣避けの鈴が微かな音を立てる。
 冬も進んだある日の街外れ。隣町へ出掛けた帰り道だった。コートを着込んでいるというのに、背筋に染み込むような寒さがある。熱気の魔術を込めた術符を何枚か服の裏に貼り付けているのである程度寒さは防げていた。
 コートの襟元からは眠そうなミドリが顔を覗かせている。
「とうとう降り出したか。もう少し遅いと思ってたのに」
 そらを見上げると、灰色の空が見えた。微かに舞い落ちる白い結晶。
 天気は昨日から曇り。この辺りの冬は一日中晴れていることが多い。だが、数年に一度天候が崩れることがあり、その時は必ず大雪となる。
「何が降ってきたの? ……雨?」
 ミドリがぼんやりと声を上げる。日の光がないため、活動は鈍い。それでも雨天ではないので、ある程度は動けている。
「雪だ、雪」
 石畳の道の左右に広がる草原を眺めながら、カイは答えた。白い結晶が、枯れた草原に音もなく落ちていく。どこか物悲しさを感じる風景。
「ゆき? 前言ってたね。空から落ちてくる氷の結晶って」
 ミドリが襟を掴んで、身体を外に持ち上げた。
 カイが右手を胸の前に差し出すと、そこへと飛び降りる。手の平に伝わってくる軽い衝撃と、羽細工のようなミドリの重さ。
「雪……」
 手の平に立ったまま、ミドリは両手を伸ばして空を見上げた。
 灰色の空から落ちてくる雪の結晶。まだちらほらと降るだけであるが、一時間も経てば本降りになるだろう。一度降り出すと二日は止まないのがこの地方の雪だった。
 まるで呼ばれたように、ミドリの手に雪が落ちる。
「うぁ、冷たい」
 思わず呟くミドリ。体温に触れた雪が、水になって消える。
 濡れた手の平を見つめてから、ミドリは指を舐めてみた。それが水であるか確かめたのだろう。なにやら神妙な面持ちで手を見つめ、首を縦に動かしている。
 それからカイを見上げた。緑色の瞳に映る期待の輝き。
「これ、積もるんでしょ?」
「積もるよ、沢山。前に降った時は、大体四十センチくらい積もった。雪の積もった街の風景はきれいだよ、本当に。一面の銀世界だ」
 雪の風景を思い出しながら、カイは微笑んだ。街の全てが銀色の雪に覆われる風景。数年に一度しか見られないが、それは美しいの一言だった。
 ミドリの瞳に好奇心の光が灯る。
「見てみたいなぁ。……クシュ」
 小さなくしゃみ。
 カイは襟元を広げてミドリを懐に戻した。
「あんまり寒さに当たってると風邪引くぞ」
 カイの作ったコートを着込んでいるとはいえ、生地の厚さは気休め程度。この寒さは身に染みるだろう。妖精が風邪を引くのかは知らないが、寒さが平気とも思えない。
「やっぱり寒い」
「夜には氷点下になるな。寝るときは布団増やすか」
 カイは周りを眺めた。雪の勢いが僅かに増している。雪の落ちる角度が、垂直からやや斜めになっていた。風が吹き始めているらしい。
「これは放っておくと大雪になるな。吹雪く前に帰るぞ」
 苦笑混じりに独りごちてから、カイは止めていた足を動かした。

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