Index Top 第8話 不可解な私闘

第10章 銀歌の疑問


 頭と肩だけになった葉月を担ぎ、敬史郎は無人の街を走る。
 全身が金属で構成された葉月の身体。普通に担いだら潰れるような重さだが、今は子供くらいの重量しかない。頭と肩だけでもそれだけの重量があるのだが。触れないほどだった温度も、冷気術で持てるくらいまで下げてある。
「囮にしてすまなかった」
 中央通りを走りながら、敬史郎は謝った。
 一発目で照準設定。七発で巨人形態の草眞を破壊。葉月に向かったら一発を牽制に、二発目で葉月ごと破壊する。周囲への注意が一番薄くなる、攻撃の瞬間を狙ったのだ。葉月の再生力が前提であり、他の者なら草眞ごと粉微塵になって死んでいる。
 本来なら使えない、無謀な戦法だった。
「師団長の分身を倒すには、あの手しか無かった」
 ぎりぎりの計算だったが、予定通りに事は進んだ。葉月は動けなくなったが、草眞を戦闘不能にできている。あの時葉月に向かわず敬史郎へと向かっていても、術を交えて二発で仕留める算段だったが。
「あ――え……と、勝ったん……ですか?」
 曖昧な口調で、葉月が口を動かす。実感が薄いのだろう。
 敬史郎は数秒考えてから、答えた。
「一応勝った。だが、あくまで瞬間再生が難しいレベルまで身体を破壊したに過ぎない。三十分もあれば身体を再生させて動き出す。その前に追い付かれない場所まで逃げる」
「しぶとい……ですね……」
 無念そうな葉月の呟き。
 周囲に並ぶ家々は、いつの間にかに直っている。屋根や壁を見ても、傷ひとつ付いていない。草眞との戦いでかなりの広範囲を巻き込んだと記憶しているが、あれは仮想空間の一種だったのだろう。
 もっとも、ここも白鋼が準備した無人の妖狐の都だ。
 敬史郎は冷静に事実を告げる。
「神界最強の迫撃戦闘能力者……。伊達に何百年もそう言われてるわけではない。また同じように戦ったら、次は確実に負ける」
 今回の戦闘も草眞にとっては私的な決闘のようなものだったらしい。葉月の拳と敬史郎の狙撃に、あえて真っ向から挑み掛かった。もし本気で倒す戦術を考えてきたら、二人とも生きてはいなかっただろう。
「銀歌たちは……大丈夫でしょうか……?」
「おそらくは」
 逃げていった銀歌と銀一。二人の前にも刺客が現れているだろう。力を失った銀歌と、頭抜けた制御力を持つ銀一。二人合わせても大した力にはならないだろうが、それでも勝って逃げているという確信があった。
「御館様が……」
 葉月がため息をつくのが分かった。肺などは無いが、そういう動作は行える。
「草眞さんに勝てるように作ったって……言ってたんですけどね……」
 悔しげな微笑。
 葉月自体、元々草眞を参考に設計されたらしい。不定形の身体で攻撃を受け流し、四肢をバネに組み替え、その破裂を用いて攻撃する。白鋼はそれを純粋に機能強化したようである。草眞に勝てるというのは、嘘ではないだろう。だが、本当でもない。
「わたし一人じゃ、歯が立ちません……」
「火力と貫通力は問題ない。もっと頭を使え」
 落ち込む葉月に、敬史郎は手短に助言した。
 葉月の持つ打撃の貫通力は、唐草の砲撃に匹敵する。防御をぶち抜いて相手を破壊する一点集中の力。だが、草眞や葉月自身のような打撃を受け流す相手では、貫通力を上手く生かせない。命断の式を用いても、限度がある。
「……。頑張ります」
 一拍置いてから、葉月はそう呟いた。


 ふっ……と。
 口から紫煙を吐き出し、空魔は頭を撫でた。
 南門から少し離れた場所にある妖狐警衛隊の詰め所。妖狐の都へと続く道を守るための警衛隊が澄んでいる屋敷だった。本来、族長である空魔が、妖狐族会議の前夜にくる場所ではない。しかし、状況が状況なので仕方ないだろう。
 詰め所には手の空いている警衛隊員と、医師三人が集まっていた。
「たく、何をしているのだか」
 空魔は奥の部屋に目を向ける。
 ほとんど動けなくなった銀歌が寝かされていた。何をしたのかは知らないが、酷く衰弱していて、立つこともままならないようである。おそらく数日寝たきりになるだろう。今は医者が着いていた。
 その隣の部屋では銀一が寝込んでいた。
「まさか、あの銀一がな……」
 煙管を吸い、空魔は首を左右に振る。
 銀歌を背負ってやってきた銀一。銀歌を寝かせた直後に、倒れて意識を失ってしまった。医者の見立てによると、極度の疲労による衰弱。意識は無いが、命に別状は無いらしい。銀歌よりも数段ひどい衰弱状態だった。現在、点滴を受けている。
 非常識なまでに頑丈な銀一が、これほどに消耗している。まずあり得ない事だった。一体何が起ったのか、想像も付かない。
「族長」
 目を向けると、制服姿の警衛隊員が立っていた。
「朝里敬史郎氏と葉月女史が着きました。敬史郎氏はほぼ無傷ですが、葉月女史は身体の八割を消失し、消耗も酷い模様です。現在医師が診断を行っています」
「分かった。予定通りに頼む」
「了解しました」
 空魔の言葉に、隊員が頷き素早く部屋を後にする。
 妖狐の都で、洒落にならない規模の戦闘が行われていた。空魔たちには察知する事もできないが、白鋼が古代精霊と戦っている。ほとんど伝説である古代精霊との戦闘。本来ならば世界規模で取り組む案件だというのに、白鋼は私事と言い切っていた。
 空魔が若かった頃――千年以上前から、冗談のような生き方をしている。
「毎度毎度、手間掛けさせやがってからに。あのバカが……」
 乾いた笑いを浮かべ、空魔は煙管を咥えた。


 暗い部屋。柔らかな布団の中で。
 白い寝間着を着た銀歌は、暗い天井を見上げていた。
 言霊を二回使ったせいで、身体はまともに動かない。単純に立つだけでも、かなりの労力を必要とするほどに。普通に動けるまでは、三日はかかるだろう。
「理の力、か」
 静かに呟く。
 おそらく世界でただ一人、白鋼だけが扱うことのできる謎の力。銀歌は一度その力を見せられている。その感覚を記憶から現実に引き出すことによって、言霊という力を発現させることに成功していた。自己喪失という危険な代償を以て。
 銀歌は右手を持ち上げた。ただそれだけの動作なのに、息が乱れる。
「多分、術みたいな仮現象じゃなくて、実現象を起こす方法なんだろうな」
 術は仮初の現象を起こす技術。ほぼ実現象として振る舞うが、実物ではないのだ。術によって作られる現象は、常に世界からの修正を受け続ける。逆に、それが術を安定させているとも言えた。
 理の力は、実現象を起こす方法だろう。
 術などによる仮初ではなく、世界から修正を受けない実在の現象。そして、術のように自然に余波や反動が抑えられることはなく、周囲に激しく影響を及ぼす。それが、物体の移動くらいなら大した影響は無いだろうが、術のような非現実的な現象を起こすとなると、その余波や反動は複雑怪奇なものとなる。
 理の力のほんの微細な欠片である言霊でさえ、存在そのもを削るのだ。
 白鋼が理の力を使いたがらないのも、それが原因のひとつだろう。
 あくまで推測だが。
「でも――」
 銀歌はそっと自分の首を撫でた。
 一度外した赤い首輪。白鋼の手によって再び嵌められていた。外そうとしても外れない。これも理の力で嵌めてあるため、通常の手段では外すことができない。
「理の力って結局何なんだ?」
 それが最大の謎だった。

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