Index Top 第8話 夢は現実、現実は夢

第11章 倒せない相手の倒し方


「なああ……ぁぁぁ……!」
 ドバッ。
 桜花の刀に引き寄せられたリリルが、砂浜に激突した。白い砂が派手に舞い上がる。見た限りでは受け身は取れていない。背中から墜落していた。
 刀を元の形状へと戻し、桜花はそれを鞘へと納める。
「捕まえました」
「そうですか……」
 涼しげに言う桜花に、浩介はただ頷いた。口元に乾いた笑みが浮かぶ。
 駐車場から少し歩いただけで何故か浜辺へと辿りついた。上空で戦っているリリルと綾姫を見つけ、桜花が刀を伸ばして綾姫を吹っ飛ばし、刀を縮めてリリルを捕獲している。
「何すんだァ!」
 勢いよくその場に跳ね起き、リリルは身体についた砂を払いのける。
 大人の姿に戻っていた。身長百七十センチほどの筋肉質でグラマラスな体型である。鋭い目付きの金色の瞳。服装も白いワンピースではなく、丈の短い黒色のジャケットとホットパンツ。腰に付けた布、指貫手袋やブーツ、その他シルバーアクセサリ。相変わらず、派手な格好だった。近くに銀色の魔剣が落ちている。
 リリルは銀色の髪に絡まった砂を払い、
「コースケ、トビカゲ……。あと、誰だお前?」
 浩介と飛影を見てから、桜花を睨んだ。眉毛を下ろして訝しげに。右手を腰に当て、尻尾を動かしている。警戒はしているようだが、危険な相手とは思っていないようだ。
 刀を抱えたまま、桜花が軽く会釈をする。
「日暈宗家の憑喪神の桜花と申します。お見知りおきを」
「話には聞いたことがある。で、揃って何の用だ? 加勢しに来てくれたのか?」
 近くに落ちていた魔剣を足で蹴り上げ、空中で柄を掴む。右手の中で剣を一回転させてから、身体の向きを変えた。銀色だった剣身が緋色に染まる。
「そんなところです」
 桜花も視線を動かした。
 そこに、綾姫が立っている。
「援軍を呼んだみたいね、悪魔っ娘ちゃん」
 金色の縁取りのなされた白いハイレグレオタード。上腕まである白いドレスグローブに太股まである白いハイヒールブーツという冗談のような格好。頭上には金色の輪が浮かんでいて、背中からは白金色の翼が三対広がっていた。
「本当にぶっ飛んだ格好ですね……。どこからツッコミ入れていいか分かりません。夢とはいえ、こんな衣装選べる神経は尊敬します。全く羨ましくないですけど」
 心底呆れた口調の飛影。桜花から綾姫の事は聞かされていたが、この格好は予想以上である。冗談としか言いようのない格好を、華麗に着こなしている。
 浩介は自分の巫女装束を見下ろしてから、リリルに目をやり、頭を押さえた。
「何このコスプレパーティ……」
「そのパーティには、アタシも含まれてるのか?」
 不服そうにリリルが睨んでくる。コスプレのような衣装であるが、それは自分のセンスに基づいた衣装らしい。それがリリルの持論だった。
 ぐったりと肩を落とし、浩介は淡々と返した。
「自分でその手の衣装とか言ってただろ」
「ぅ……」
 口を閉じ、リリルは目を逸らす。
 以前、リリルの服を物置から見つけた時、埃被っているからコスプレ衣装と偽ってクリーニングに持って行けと言われた。常識的に考えたらおかしな服装であるという自覚はあるだろう。
「まだー?」
 両手を緩く組み、綾姫が片足で砂を叩いている。催促するように。
「では、手筈通り――」
 桜花が差し出した刀を、浩介は受け取った。ずっしりとした真剣の重さ。それほど重いものではないはずだが、本物の刀は数値上の重量よりも重い。綾姫の事は桜花から聞かされている。そして、綾姫を倒す作戦も聞かされていた。
「リリルさん、足止め手伝ってください」
 桜花が両手を軽く持ち上げながら、前に出る。
 それを再開の合図と受け取り、綾姫が組んでいた腕を解いた。
「ダメージ自体無視してるようだけど、どうするんだ? 斬っても焼いても砕いても、全然効かないぞ? 倒し方無いわけでもないけど、アタシは手札切るつもりはない」
「そこはご安心下さい」
 両手の指を刃物化させ、身体を前傾させる。肉食動物が飛び掛かるような姿勢だった。飛影も似たような攻撃の構えを取っていたが、その迫力は飛影以上である。落ち着いた女性という外見からは想像もつかない迫力だ。
 桜花の気迫に気圧されつつ、リリルが魔剣を持ち上げる。
 綾姫はにっと口端を持ち上げ、右手を頭上にかかげた。
「スーパーエレクトロマグネティック……」
 振り上げた両手から、白銀色の槍が伸びる。合わせた両手が、円錐の槍へと変化していた。長さ十数メートルの細長い槍。それが、さらに巨大な刃物へと変化する。無数の分厚い刃物が並んだ巨大ドリルへと。掘削機を思わせる形状――
 月明かりに照らされ、先端が光った。
「スピィィンッ!」
 綾姫が真上へと飛ぶ。
 紫色の稲妻を纏いながら、白いジェットとともに上昇。目測数百メートルもの高さまで二、三秒で飛び上がり、空中で鋭角に方向転換。速度も運動性も現実ではないからこそ可能なものだった。
「来るぞ」
 リリルの言葉通り、綾姫が突っ込んでくる。
「突っ込んできてくれるなら、好都合!」
 ガッ!
 砂埃が舞い上がった。
 砂浜に二本の溝が走る。長さは五メートルほど。
 桜花が突き出した右手の平が、ドリルの先端を受け止めていた。硬化させた手の平に、金剛の術をかけている。金属の擦れ合う狂音とともに、火花が散っていた。回転するドリルから、火花と稲妻が周囲に飛び散っている。
「無茶するねぇ」
 リリルが少し離れた所で目を丸くしていた。
「浩介さん、今の内に!」
「はい」
 浩介は頷き、刀の柄に手をかける。
 飛影が腰のウエストポーチからカバーに覆われた本を抜き取り、それを口に咥えた。神聖ケモノミミ帝国。同人誌の形を借りた、狂気の呪物。人間の姿からカラスの姿に戻り、空へと飛んでいく。
 桜花の刀で綾姫を捕らえ、飛影がケモ帝を綾姫に見せるという作戦だ。物理的なダメージが通じずとも、精神へのダメージは通じるだろう。
 が……
「抜けない!」
 浩介は刀の柄を引っ張りながら、叫んだ。歯を食いしばり、狐耳と尻尾を立て。
 日本刀は簡単に鞘から抜けない構造である。抜くにはコツが必要だ。慎一や結奈ななら造作もなく抜けるが、刀に慣れていない浩介は、抜刀のコツを持っていない。
 しかも、おかしな所に引っかかったのか、抜ける気配すらない。
「リリルさん、回収お願いしますね」
 刀が――
 鞘を壊し、砂浜に突き刺さった。
 右手で柄を握った浩介ごと、刀身が伸びる。砂浜に切先を突き刺して。
「―――!」
 身体に掛かる加速度に、声にならない悲鳴を上げる。砂浜に突き刺さった刀が伸びて、浩介は空中へと吹っ飛ばされていた。顔を撫でる風と、翻る狐色の髪の毛。恐怖心に駆られるまま、両手でがっしりと柄を握り締める。
 ふと目を移すと、白い輝きとともに右腕を突き出す綾姫の姿があった。必死の形相で、突貫しようとしている。稲妻を纏い高速回転する巨大ドリル。
 反対側を見ると、地面から伸びる刀があった。
 柄を握りしめた浩介を、地面から二十メートル以上の高さまで持ち上げている。ジグザグを描いて伸びた銀色の刀身。ねじくれた蔦植物を思わせる形だった。砂浜が冗談のように遠く見える。飛行能力を持つリリルや飛影と違い、浩介は普通の方法でこの高さまで登ったことはない。
「あ」
 綾姫が目を向けてきた。糸目を大きく開き、驚きの表情を見せて。
 柄を握りしめたまま、浩介は涙を流す。綾姫の姿が瞬く間に大きくなった。刀の伸びる速度で突進している。だが、自分の力ではどうすることもできない。
「ぶ、つか……る――!」
 そう口に出した時には、浩介は綾姫に激突していた。刀の勢いを用いた、自分の意志ではない体当たり。澄んだ硬い音が耳に飛び込んでくる。衝撃は思ったよりも少なかった。式服の防御のおかげだろう。
 だが、柄から手を放してしまい、浩介は空中に放り出される。
 同じく綾姫も吹っ飛んでいた。手がドリルから抜けて。糸の切れた人形のような格好で飛んでいく。持ち主を失ったドリルが崩れるように消えていった。
「ヒメさん!」
 そこへ、飛影が突っ込む。くちばしに同人誌をくわえたまま、器用に叫んでいた。流れは違うが、飛影の行動は当初の予定通り。
「はい?」
 呼びかけに応じるように、綾姫が飛影へと顔を向ける。
 同時に、飛影が人間の姿へと変化した。口に咥えいた本を両手で掴み、適当に広げたページを綾姫の顔へと叩き付ける。綾姫が一瞬恐怖に顔を引きつらせるのが見えた。
 ガクン!
 電気ショックでも受けたように、綾姫が派手に痙攣する。
 飛影は再びカラスに姿を変え、飛び上がっていた。
 顔を同人誌に覆われたまま、綾姫が無抵抗に落下していく。手足や翼を動かすこともなく、ただ重力に引かれていった。長い黒髪が広がり、背中の翼が崩れ白金色の羽が空中に舞っている。落下時間は二秒程度だろう。
 受け身も取らず、綾姫が砂浜に叩き付けられた。白い砂が散る。
「………」
 それきり指一本動かさない。息絶えてしまったかのように、仰向けのまま微動だにしなかった。顔の上に同人誌が乗っているので、どんな表情をしているのかも分からない。
 それを見下ろしながら、浩介は首を傾げる。
「て、何で俺は落ちてないんだ?」
「アタシのおかげだ。感謝しろ」
 振り向くと、リリルが巫女装束の襟首を右手で掴んでいた。翼を広げて空中に留まっている。リリルに掴まれたため、落下は免れたようだった。桜花がさきほどリリルに回収を頼んでいたことを思い出す。
「ありがと」
 浩介は素直に礼を言った。


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