Index Top 第8話 夢は現実、現実は夢

第3章 夢の中を進め


 不意に風が吹いてくる。
「ん?」
 浩介は窓の外へと目を向けた。
 奇妙なほどにきれいな夜空を背景に、白い飛行機が飛んでくる。自分が知っているような飛行機とはどことなく違う構造。それは大きな鳥を想像させた。闇夜の中かなり遠くにあるというのに、不思議とその外見が見て取れる。
「何、あれ?」
「……多分、ガンシップです。風の谷のナウシカの……!」
 飛影が飛行機を見ながら鋭く答えた。
 その形状を思い出し、浩介は尻尾を立てて、ぽんと手を打つ。垂直尾翼が無く、翼を左右に広げた鳥のような形。言われてみると確かにガンシップだ。機首についている二つの砲口が、部屋を狙っている。
「えっと」
 じっとりと背中に嫌な汗が滲んだ。
 その砲口が一瞬光る。
「……逃げますよ!」
 飛影が腕を掴み、走り出した。
 反論する暇もなく、床を引きずられていく浩介。術で強化しているのか、飛影の力はかなり強い。足で扉を斬り捨て、廊下へと飛び出す。
 部屋が爆砕されるのは、ほぼ同時だった。


「おらァ!」
 慎一が右手で振り下ろした脇差。
 その刀身から透明な輪郭が膨れ上がり、刃渡り十メートルほどの巨大な刃と化す。飛燕の術の応用、大牙。一撃の攻撃範囲と破壊力を跳ね上げる術だった。
 巨大な刃が、大きな熊のぬいぐるみを袈裟懸けに両断した。ついでに、天井と床に巨大な傷跡を残している。現実ではないので、周辺被害は考えていないらしい。大牙は振り抜くと当時に消えていた。
「何かなぁ……」
 戦う慎一をやや離れた所から眺めながら、リリルは肩を落とす。
 廊下を歩いていたら突如として襲ってきた兎やら熊やらのぬいぐるみ。ファンシーな相手に、慎一は一人で戦っている。それほど強い相手でもないようで、脇差片手に好き勝手暴れ回っていた。打刀の方はまだ抜く気がないらしい。
「楽しそうだな、あいつ……。元々こういう荒事好きってのはアタシも知ってるけど。やること無いってのは、それなりに寂しいかも」
 廊下の壁を打ち破り登場する、背丈二メートルはあるカエルのぬいぐるみ。デフォルメされた外観で、それなりに可愛いだろう。その容姿とは対照的に、丸っこい拳を固めて慎一に殴りかかる。
「ふッ……!」
 鋭い吐息とともにその懐に飛び込み、慎一が空いた左の肘をカエルのみぞおちに叩き込んだ。脇差で空振りした腕を斬り捨て、右足を真上に振り上げ顎を打つ。攻撃が打ち込まれるたびに、剣気の光が散っていた。
 宙に浮いたカエルの胸に回蹴りが叩き込まれる。
 吹っ飛んでいくカエルを目で追うこともなく、慎一は周囲に目を向けた。
「次ィ!」
「普通、戦闘術囓ってるヤツがこんな大技使うことはないのにな……」
 リリルはこめかみを押えた。
 慎一の動きはどこかプロレス技を思わせる。威力は高いが大振りで隙が多い。戦闘技術者とは思えない無駄の多い攻撃だ。もっとも、動き自体は滑らかで、ただ手足を振り回しているわけでもない。無駄のない動きで無駄な攻撃を繰り出している。
「もしかして、八つ当たりしてないか?」
 その疑問に答える者はいないが、あまり間違ってはいないだろう。


 階段を昇ったり、床の穴から飛び降りたり。
 アスレチックのようなことを繰り返しながら辿り着いた部屋。壁や天井は白く、床には絨毯が敷かれている。その壁や床のあちこちが壊れていた。その奥には、劇場の入り口を思わせるような大きな黒い扉。鎖と南京錠がかけられている。
 オオオオオォォ!
 低く響く咆哮とともに、重甲冑が床を踏み抜いた。
 身長四メートルはあるだろう巨大な動く甲冑。右手に巨大な棍棒を持ち、左手に巨大な盾を持っていた。部屋はこの重甲冑が暴れたおかげで、ぼろぼろである。
 だが、それももう終わりだった。
「まあ……まるっきりウドの大木ね」
 結奈は指揮者が指揮棒を振るように右手を動かした。辺りに漂っていた黒鬼蟲が甲冑へと集まり、その巨体を呑み込む。黒鬼蟲が甲冑を動かしていた力を食らい尽くすのには十秒もかからない。
 黒鬼蟲が離れると、崩れた甲冑が床に散らばった。
「こんなに強そうな鎧なのに、全然苦戦してないですね……」
 離れていたカルミアが近づいてくる。無傷で疲れた様子も見せていない結奈と、あえなく倒された甲冑を交互に見ながら、驚いたように緑色の目を丸くしていた。
「相性の問題よ。こいつは図体がデカイだけで、他は単調だから。動きが速かったりしたら厄介だったけど。ただの馬鹿力でどうにかなるほど、戦いってのは甘くないわよ」
 床に散らばった黒鬼蟲を回収しつつ、結奈は崩れた甲冑へと足を進める。馬鹿力だけでどうにかなるほど世の中甘くはない。しかし、そこに他の技術などが加わると、途端に厄介になるのも世の中の常だ。
「そうなんですか……」
 真剣な表情で頷いているカルミア。
「あなたも戦闘専門の慎一と一緒にいるんだから、そういう話聞かない?」
 床に空いた穴を迂回しながら、崩れた甲冑へと近づいていく。甲冑を動かしていた力はなくなり、今はただの鉄の塊に過ぎない。
 銀色の杖を握りしめながら、カルミアはため息をついた。
「わたしも興味無いと言えば嘘になるんですけど……。訊いてみても、そういう話はほとんど教えてくれないんですよ、シンイチさんは」
「そうかもね」
 あっさり頷いてから、結奈は甲冑を蹴っ飛ばした。胴甲冑がひっくり返り、中から金色の鍵が出てきた。長さ三十センチほどで、まさに鍵という形状の大きな鍵である。
 結奈は鍵を右手に持ち、頭上に掲げて見せた。
「ボス部屋のカギを手に入れた!」
「何しているんです……?」
「気分よ」
 きょとんとするカルミアに結奈はそう答えてから、扉へと歩いていく。
 錠前の鍵穴にカギを差し込み、左へと捻った。ガシャリと鍵の開く音が響き、錠前と鎖が床に落ちる。触れてもいないのに、飛び開き始めた。
「鬼が出るか蛇が出るか、行くわよ」
「はい」
 表情を引き締め、カルミアが緊張した声音で答える。


 とことこ、と。
 凉子は一人で廊下を歩いていく。時折曲がったり階段があったりする以外に、目を引くような変化はない。単調な風景が続いていた。ドアを開けようとしても開かない。
「誰もいないのは寂しいなぁ」
 黒いワンピースと白い羽織という死神装束で、腰に三本乖霊刃を差している。いわゆる普段の仕事着だ。私的なこと以外で動く時は、この服装と装備と決めている。
「困ったね……」
 頬のヒゲを撫でながら、ため息をつく。歩いていれば何か起こるかしれない。そう考えていたのだが、変化もない。他の面子がどこで何をしているかも分からない。
「もしかして、これって普通の明晰夢……?」
「風無凉子さん」
 声は突然だった。女の声である。
 凉子は乖霊刃の柄に右手をかけ、声の方へと振り向く。いきなり刀を三本抜くことはない。全身に法力を通し、錬身の術を発動。いつでも戦闘へと移れるように。
 しかし、そこにあったのは予想とは違うものだった。
「こんばんは」
「……チョウチョ?」
 瞬きしつつ、思わず尋ねる。自分になのか、その相手になのか。
 折り紙の蝶が浮かんでいた。蝶の形に折られた水色の折り紙。複雑な折り方ではなく、割と簡単な折り方である。それが、本物のように羽ばたきながら、空中に浮いていた。術で動かしているのだろう。そんな雰囲気。
 肩透かしを食らった気分ながらも、凉子は警戒はそのままで声をかける。
「どちら様でしょうか?」
「それはまだ言えません」
 その答えは、ある程度予想できた。

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