Index Top 第6話 帰郷、日暈宗家

第10章 模擬戦闘訓練 後編


 慎一は素早く両手で印を結んだ。
 不動の術で自分の剣気を固定し、両手を突き出す。天壊砲の構えから、再び剣気の砲撃。しかし、規模は天壊砲の二割程度。今回の目的は衝撃砲ではない。
 砲撃に合わせて撃ち出される、一千を越える旋刃。不動の術によって仮初の質量を耐えられた斬撃の輪が散弾の如く舞う。さながら斬撃のクラスター爆弾。
 防ぐか逃げるか――
 達彦は飛翔の術を用いて、真上へと飛んだ。一足で地上五十メートル以上まで跳び上がる。旋刃散射を躱すには正しい行動だろう。両手で印を結んでいるのが見えた。
 標的を失った旋刃の半分が地面を裂き、残りが結界に阻まれて止まった。
「翼の印は……。その誘い、乗った」
 慎一は右手を突き出す。手の平で回転する旋刃が、連なるように無数に複製される。手から弾丸のように伸びる、連結旋刃の槍。超高速回転するドリルのように、桁違いの貫通力を以て達彦を襲う。堅力の盾でも完全には防げないだろう。
 空段の術で空中を蹴り、素直に横へと逃げる達彦。しかし、地上五十メートルもの高さで空段の術を使えば、二度目はまず使えない。
 慎一は手を捻った。その動きに連動し、連なっていた旋刃全てが九十度傾く。円輪を重ねた槍から、円輪を連ねた帯のような刃物へと。ドリルの側面でものを斬るのは大変だが、回転ノコギリで斬るのは簡単である。
 旋刃の剣が鞭のように空を走り――
 達彦はいない。
 さらに後方へと飛んでいた。
「飛翼、か」
 達彦の背中から伸びた二対の白い翼。燃えるような白光で作られ、長さは達彦の身長ほどもある。どこか巨大な刃を想像さえる、剣気の翼だった。浮遊の術に加えて、剣気のジェット噴射を用いて飛行する、秘術・飛翼。
 世界でも数少ない、生身の人間の飛行術である。
 しかし、空中に止まる達彦に余裕の表情はない。飛ぶという行為は見かけ以上に制御が難しく、さらに剣気の消耗も伴う。飛びながらの攻撃も難しい。
「散!」
 手元から連なった旋刃が弾ける。再び散弾のように飛んでいく一千を越える斬撃。
 達彦は空中で巧みに身を翻し、飛来する旋刃を次々と躱していた。回避できないものは、堅力を纏った拳で弾いている。旋刃散射よりも個々の威力は低いものの、防ぎきれない旋刃が、創傷を刻み込む。
「使いこなしてるな、飛翼……」
 飛翼を使いながら、空中で恐ろしく機敏で精密な動きを見せる達彦。
 慎一は横へと跳んだ。
 弾き返された旋刃が四つ、慎一の立っていた場所を切り裂く。
「あの状況から正確に跳ね返してくるって」
 空中で飛翼を制御しながら、飛来する旋刃を見切り躱し、堅力の盾で弾き、防ぎ切れない分を最小の被害に抑え、さらに慎一めがけて弾き返す。術と身体の桁違いな制御力である。それこそが達彦の強さだった。
 攻撃を躱したことで、隙ができる。
 慎一は前へと跳んだ。跳びながら身体の前後を入れ替え、印を結び――
(真空多重反応壁……防げるか?)
 突き出される両手。背後から襲ってきた達彦の震撃を、堅力の壁が受け止める。薄い十枚の反応壁と、術によって作られた真空帯の多重障壁。爆発が掌打の威力を殺し、真空が波紋を受け止める。だが、その障壁を突き破って振動剣気が慎一を突き抜けた。
(完全には止められないか……)
 波を止めるには伝達媒体のない真空を利用するのが最良策。だが、真空だけで振動剣気を止めることはできない。それでも威力を大きく削ることはできた。
「なら、切り札使わせて貰う」
 慎一は右手の親指を犬歯に引っかけ、腕を下に引く。
 ズン……!
 重い衝撃が全身を打ち抜き、リミッターが外された。日暈の十八番にして切り札である限開式。全身の組織が異常活性化し、通常時の数倍の剣気を作り始めた。生み出される剣気が体組織を強化し、その負担を軽減する。持続は約十分。
 地面に着地していた達彦も、両拳を打ち合わせ、限開式を発動させる。
「お主ら、そこまでじゃ! それ以上は止めろ!」
 吹雪の声が響くが、既に手遅れだった。
 右足を地面に叩き付け、後退を止める慎一。素早く翼の印を結び、背中から飛翼を展開する。同じく右手の平に生まれる直径五センチほどの旋刃。
「突き抜けろ!」
 無音の絶叫とともに。
 踏み込み、飛翼の加速、右腕の動き、旋刃の破裂。
 全てを乗せた旋刃の槍が達彦に伸びる。旋刃法一ノ秘技・一穿!
 銃弾の数倍の速度の突きを、達彦の左手が弾いた。しかし、横に逸らすことはまではできず、旋刃が右胸を貫通していく。剣気の反応壁と堅力の障壁、金剛の術の防御を貫き、白い火花と散る。単純な貫通力では、慎一の方が上だった。
 そのまま、旋刃の回転半径を跳ね上げようとして――
 達彦が旋刃に波紋を走らせる。一瞬で、文字通り知覚すら追いつかない一瞬で、旋刃を駆け抜け、右腕の神経を貫く剣気。波紋縛りの術による拘束。
(捕まる!)
 躊躇無く、一切の躊躇なく、慎一は自分の右腕を斬り落としていた。
 片腕となったまま、飛翼に剣気を注ぎ込みさらに前へと突き進む。四指を伸ばした左手から平たい四角錐状に旋刃を広げる。さながら、身幅の広い大剣のような形状。強度と斬撃力を維持するため、刃渡りは百センチほど。
 旋刃法二ノ秘技・旋刀。
 達彦が右手を横に振りかぶってる。手の平を包む空気が霞むほどの超高密度の振動剣気。限界まで圧縮した剣気を、相手へと叩き込む震透術の最大破壊攻撃・空震。破壊力の波紋は細胞内部まで突き抜け、猛毒のような死滅効果をもたらす。
 右腕を捨てた慎一。
 右胸に穴の開いた達彦。
 両者自らの身体を無視しして、突進する。お互いに突き出す、最大攻撃。
 ………!
 音はしなかった。
 左腕に返ってくる衝撃。だが、相手を捕らえたわけではない。攻撃が当たった手応えではない。これは、攻撃を防がれた手応え。だが、達彦の防御力では旋刀を防ぐことはできない。完全防御態勢ならともかく、攻撃しながらの防御は不可能だった。
「お前たち、遊びならもう少し大人しくやれ」
 静かな、本当に静かな呟き。
「爺ちゃん……」
 慎一と達彦の喉から、そんな呟きがこぼれた。
 目の前に現れたのは見慣れた白髪の老人。恭司だった。深い紺色の上着とズボンという普段通りの格好で、腰のベルトに愛用の杖を差している。
「助かったぞ、恭司。妾だけで二人は止められぬからな……」
 傍らに腰を下ろした大きな白猫が、安堵の言葉を漏らした。虎くらい大きさの二尾の白い大猫。依代である刀を身体へと取り込み、さらに人化を解いた最大攻撃形態の吹雪だった。だが、全力を出したとしても、吹雪一人だけで限開式を使った状態の二人を止めるのはまず無理だっただろう。
 吹雪を一瞥してから、慎一と達彦を見つめる恭司。落ち着いた、殺気もない視線。
「裏手で大きな音がするから駆けつけてみれば、案の定……。儂が来るのがコンマ一秒でも遅れてたら、共倒れだっただろうな。二人ともまだ闘争心の制御ができていない。肉体の鍛錬だけではなく、少しは自制心を鍛える精神修行を行え」
 冷静な状況分析を告げてくる。
 だが、慎一も達彦も聞いていなかった。
 恭司は自らの両手で、無造作に二人の攻撃を受け止めている。
 信じられない話だが、受け止めているのだ。
 片手だけで……。
「怪物か……?」
 どちらの口からかそんな感想が漏れる。
 限開式を用いた攻撃を、平然と。しかも、二人が放った最大攻撃を。旋刃をねじ切り、震撃を握り潰す、恭司の手。恭司の強さを知ってはいても、目の前で現実として見せつけられれば、我が目を疑う。
 両手で二人を捕まえたまま、恭司は首を左右に振って見せた。
「模擬戦闘をやる時は、止められるヤツを呼べと言ってるだろう。まったく、こんな傷では二人ともしばらく入院だな。少しは自制しろ……」
 視界が暗転する。
 殴られた。
 そう認識した時には、慎一の意識は断ち切られていた。

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