Index Top 第6話 帰郷、日暈宗家

第8章 慎一と真美


「うーん。何だか面白くないですね」
 カルミアは正直な感想を口にした。
 モニタに映る真美と慎一。真美は布団の中に入ったまま、小声で慎一に語りかけていた。眠そうな声音。慎一は布団の上に両足を伸ばしたまま、相槌を打っている。
「……あの二人が妾たちの期待するようなことするはずもない。最初から分かっていたことじゃ。それでも、放っておくのは退屈じゃったからの」
 お茶をすすりつつ、言い訳めいたことを口にする吹雪。
 慎一が部屋に戻ってから一時間、二人で色々と話し込んでいた。その内容は学校のことや友達のことなど、色々。しかし、内容は普通の世間話である。
「お祭りってのは、準備している時が一番楽しいものだよねぇ」
 醒めた表情でポテトチップスを食べている千歳。その黒い瞳から、興奮の色は消えていた。パリポリと乾いた音が部屋に響いている。
「でも、面白かったからいいや」
 最後の一枚を食べてから、袋をひっくり返して残りの欠片を全部口に放り込む。
 それを咀嚼し呑み込んでから、近くにあったウエットティッシュを取って手に付いた油を拭き取る。もごもごと動く口。歯に詰まった食べかすを取っているのだろう。
「しかしのぅ、カルミア」
 吹雪がおもむろに口を開いた。もったいぶるような口調で。
 お茶を啜って一息ついてから、じっとカルミアを見つめた。
「反対していた割には、妙に熱心に見入っていたの?」
「あ。え……」
 カルミアは引きつった声を漏らした。三角帽子がずれる。杖を握り締めつつ、誤魔化すように視線を泳がせた。言われるまで気づかなかったが、約一時間じっくりとモニタに見入っていたような気がする。
「そういえば、最初の頃は文句言ってたのに、じっと画面見てたよね」
 今度は千歳の視線が飛んできた来た。
 二人に見つめられつつ、カルミアは冷や汗を流す。
「それは――」
 口を動かしつつ、言い訳を考えてみた。頭を空回りさせながら、言い訳は無理だろうとは自覚している。三角帽子を直してから、こほんと咳払い。
 人差し指を立ててから、にっこりと笑った。
「そういえば、何でシンイチさんとマミさんって仲がいいんですか? 許嫁と言っても、仲良すぎません?」
 とりあえず話を逸らしてみる。笑顔が引きつっているのが自分でも分かった。
 吹雪はふっと吐息する。紫色のリボンが揺れた。
「妾も妖精をいぢめる趣味はないからの」
 どうやら見逃してくれたようだった。そのことに安堵する。
 千歳が口を開いた。
「アニキって昔から年下の女の子に懐かれるんだよ。素質なんだろうねぇ。カルミアも懐いてるじゃない。……一部では年下キラーと呼ばれたり呼ばれなかったり」
 何か色々と心当たりがあるのだろう。面白そうに肩を震わせている。
 カルミアは慎一のことを考えた。
 いつも淡泊な態度であるが、困っていると必ず何か手伝ってくれる。一緒にいるだけでも落ち着く。他の人にはない不思議な安心感があった。
 吹雪は舌で唇を舐める。
「それに、日暈で一番危ない者同士気が合うのかもしれぬな。一番の戦闘狂いに、一番のサディスト。あやつらは馴れ初めからしておかしいからの」
「何があったんです?」
 素直に疑問に思い、カルミアは訊いてみた。
 組んでいた両足を伸ばし、千歳は両手を畳につく。顔を天井に向けながら、
「真美さんが幼稚園生の頃だったかな? 真美さんって、ぬいぐるみとか人形とかよくバラバラにしてたんだって。可愛いもの見ると壊したくなるみたいで……その辺りは今も変わってないけどねぇ。厄介なことに本人に自覚はないみたいだけど」
「ぬいぐるみ、バラバラ……?」
 紫色の眉毛を寄せ、カルミアは囁くように繰り返す。
 いくつか心当たりはあった。初めて真美に見つめられた時、真美の手の平に乗った時。殺気や敵意などとは違った妙な寒さを感じた。
 カルミアの考えを読んだかのように、吹雪が説明する。
「嗜虐の本能とでも言うのかのぅ? 可愛いもの、好きなもの、大事なもの、そういうものを見ると無性に壊したくなるらしい。真美は心に破壊衝動を宿している。一人で出歩かせるのも危なすぎる気質て、昔は緩やかに一生幽閉という案まで出ていた」
「幽閉って……閉じこめちゃうんですか?」
「あやつを放っておけば、そのうち人を壊し始めるからの」
 カルミアの言葉に、吹雪はどこか寂しげに応えた。何かを壊さずにはいられない性格。まだ子供のうちなら周囲が抑えられるが、大人になっては容易に止めることもできない。いずれ人を壊し始める。ならば無理矢理閉じ込めてしまうしかない。
 一方明るい声音で、千歳が続ける。
「でも、それをアニキが救ったんだよ。ナイフでぬいぐるみバラしてた真美さんの所にやってきて、ナイフを奪い取って大乱闘。血塗れになるまで殴り倒して、動けなくなった真美さんに『これから僕が君の檻になる。だから、もう何も壊すな!』って宣言」
 両手を組んで黒い瞳をきらきらと輝かせる。色々と不自然な部分があるものの、非常に情熱的な告白だろう。もしかしたら、その場面を見ていたのかもしれない。
 組んでいた両手を解いて、左目を瞑ってみせる。
「で、真美さんは一発で堕ちて、アニキにベタボレ」
「それから、真美はいつも慎一の後を付いて歩いておった。ヒヨコみたいと言うやつもおったの。慎一の許嫁に真美が決まるのは、そう遠くないことじゃった。異論はどこからもでなかったよ。まさにお似合いの二人じゃ」
 口元を緩め、吹雪は思い返すように視線を持ち上げた。その許嫁を決めることに、吹雪も関わっていたのかもしれない。
「真美さんにとってアニキは好きな人であると同時に、自分を抑えてくれる戒めの意味があるんだよ。だから、真美さんはアニキの言うことは何でも素直に従う。穿った言い方をすれば、完全に服従してる……ド天然ボケ分は除いてね」
「逆に慎一は真美のことを自分が守るべき相手として見ておる。だからきっちりと面倒見ているし、絶対に真美を見捨てたりはしない」
 千歳と吹雪が順番に説明する。
 奇妙なことながらも、お互いにお互いを必要として、不可思議な信頼の上に成り立った二人。そういう関係もいいものかもしれない。
 ふと、そこに自分がいていいのかと不安に駆られる。
「大丈夫だよ」
 カルミアの不安を察し、千歳が言ってきた、
「カルミアは真美さんにとって大事な友達だから」
「……それも不安を感じます」
 正直に告げる。
 煎餅を一囓りしてから、吹雪が笑った。
「お主が慎一を真美から奪い、自分だけのものにしようとさえ考えなければ、何も起こらぬ。それより、妖精らしく二人に幸せを運んでやったらどうじゃ?」
「幸せ、ですか?」
 カルミアは自分の杖を見つめた。
 銀色の柄の先端に取り付けられた四角い青水晶。アララキサリという魔法石で、妖精語の意味は幸運。妖精は周囲にいる人間に幸運を運ぶ力がある。
「そうですね。わたし、お二人が幸せになれるよう頑張ります」
 杖を握り締め、カルミアは微笑んだ。
 そして。
「それはありがたいんだけど、ね」
 部屋に声が響いた。
 同時、部屋の空気が固まった。
 カルミアも千歳も吹雪も、凍ったように動きを止める。聞き覚えのある声だった。聞き覚えもなにもない、普段から聞いている声。聞き間違えるはずもない。
 モニタには布団で寝息を立てている真美だけが映っていた。慎一はいない。
 微かな虫の鳴き声と、機械の動く音。静寂が異様にうるさく感じた。
「何やってるんだ、三人とも? こんな所で、こそこそと」
 三人同時に振り向くと――
 襖を開けて仁王立ちしている慎一。右手に抜き身の打刀を、左手に小太刀を持ち、腰のベルトに十本ほどのクナイを差していた。口元には優しげな微笑みを浮かべている。だが、目付きは笑っていない。どう控えめに見ても怒っていた。
「言い訳だけは聞こう」
 慎一が静かに言ってくる。


 その後の説教は三時間も続いた。

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