Index Top 第4話 オカ研合宿

第2章 慎一の仕事


 散策と称し、オカ研部員は神社の周囲の登山道に繰り出している。
 慎一は社務所に残っていた。運転で疲れているというのに、山歩きをするつもりはない。あの程度の運転で疲れるような鍛え方はしていないが、疲れていると嘘を言った。元々オカ研の部員でもないし、付き合う義理もない。
 宮司の木下宏明氏は神社の掃除を行っている。
「あぁー。至福」
 畳の上に寝転がり、慎一は両手と両足を広げていた。使い込まれた畳と、ほどよい涼気。都会では味わえない風情がある。
「ふー」
 畳に突っ伏して、カルミアが息を吐いた。手足から力を抜き、羽からも力を抜いている。車の中ではずっとはしゃいでいたのだ。疲れるのも当然である。
 心地よい空気の中、意識をまどろみに預け、
「あの、二人とも……」
 カラスの姿に戻った飛影が呟く。結奈が置いていったのだ。カラスを連れて散策にでかけるわけにはいかないだろう。カラスの姿の時は、普通の人間にも見える。
「何だー?」
「何です?」
 慎一とカルミアはやる気なく飛影を見やった。身体は既に休息状態に入っていて、立ち上がる気にもなれない。
 飛影は神社全体を示すように嘴を動かしてから、
「この神社……調べなくていいんですか?」
 神社に漂う不思議な空気。霊や神のものではない。妖怪のような感じもするが、なんとなく違うようにも思える。結論としてはよく分からない。
「危ないような感じはしないですけど、放っておいていいものでもありませんよ」
「結奈が何とかする。ああ見えても、本職の退魔師だ」
 慎一は言い切った。
 社務所に運んでぺちぺちと頬を叩いたら、あっさり意識を取り戻した結奈。再び慎一と殴り合った後、元気に散策に出発していった。目的はオカ研の調査として、神社を調べること。何か見つけてくるだろう。
「僕みたいに戦闘しか知らないわけじゃないよ」
 慎一は日暈宗家の次男であるが、跡継ぎではなく、本職の退魔師ではない。退魔師並のことが出来る一般人である。退魔術は使えるが、やはり技術は本職に一歩及ばない。餅は餅屋である。結奈に任せていれば何とかなるだろう。
 要約すると、面倒くさい。
「大丈夫かな。姉ちゃんだけで」
 飛影は心配そうに羽を動かしている。
 慎一はぐるりと視線を巡らせて、
「大丈夫だろ。ここにいるモノは、正体は分からないけど、強くはない。結奈なら十分勝てるし、僕が手を貸す必要もない。さっきもあちこちに蟲撒いてたし」
 そう答えてから、慎一は頭の近くに置いた本を手に取った。分厚いハードカバーの本で、一目で専門書と分かるものである。
「……何です? それ」
「刃物用特殊鋼(Z)」
 ページをめくりながら、タイトルを告げた。
「特殊鋼……?」
「術具近代化プロジェクト。破魔刀や式服を作ってるのは、守護十家と傘下の職人者だ。でも、術具ってのはどうしても値が張る。材料から手入れまで、普通のものとは違うから、どうしても金がかかるんだ」
 高度な専門技術を要する仕事は、守護十家が分担して行っている。破魔刀などの武器は日暈。式服などの防具は空渡。植物や薬学は月雲。治療は沼護など――。
「それを現代の工業技術を用いて量産するのが、近代化プロジェクト。七十年代に実用化されて、第四世代の破魔刀が計画されている。三年後に販売予定」
 現在、三級品の術具は機械による大量生産。工業技術の発達により、破魔刀も式服も高い品質と術力容量を維持出来ている。二級品以上は手造りのままだが、格段に効率化され、ほぼ全ての退魔師に装備を供給出来るようになった。
「頑張ってますねぇ」
 感心する飛影。
 慎一は笑いながら、カルミアを見やった。
「それに、カルミアの協力もあるし」
「わたし、ですか?」
 顔を上げて、カルミアは自分を指さした。
 慎一は身体を起こした。休もうと思っていたのだが、頭が冴えてしまっている。寝転がって話を出来るような雰囲気ではない。本を閉じてから、
「魔法だよ。妖精の魔法」
「魔法……」
 カルミアが自分の手を見た。
 妖精は魔法が使える。強いと呼べるものでもないし、術具制作に直接役立つものはない。人間が魔法を使うことは出来ないからだ。それでも、十分な手助けとなる。
「妖精の魔法に興味がある。一族でも妖精の魔法を見たことある人間は少ないからな。日本国内でも妖精と契約してるのは僕を含めて七人しかいない。みんな見たがってる。人間には魔法使えないけど、見れば技術の参考になるだろうし」
「そうなんですか」
 カルミアは感心したように何度も頷いている。
「夏休みに帰ったら、ちょっと見せてもらうことになるけど、いいか?」
「はい。いいですよ」
 笑顔で頷くカルミア。
 ボーン、と時計が鳴った。
 慎一は時計を見る。
「午後三時か」
「これからの予定はどうなっていますか?」
 カルミアが訊いてきた。
 慎一は思索するように、自分の手を見つめる。手に何か書いてあるわけではなく、なんとなくだ。予定は既に頭に入っている。
「……四時半頃から順番に風呂に入って、六時半に夕食。それから十時くらいまでぶっ通しで怪談大会を繰り広げるらしい。就寝は……」
「怪談ですか!」
 カルミアが叫んだ。
 慎一は言葉を止めてカルミアを見る。いつも大人しいカルミアが大声を上げるのは珍しいことだった。強い声を出すのは何度か見たことあるが、叫ぶのは初めてだろう。
「怖いのか?」
 なんとなく訊いてみた。
 カルミアは弱々しく頷く。
「はい……」
「怪談の登場人物のような存在が、怪談を怖がる理由もないと思うけど。何かおかしなものが出たら追っ払えるだろ。魔法使って」
 当たり前だが、妖怪や神は怪談を怖がらない。未知の存在でもなく、自分の力で何とか出来る相手を怖がる理由もないからである。妖精も似たようなものだと思っていた。
 慎一は続けて訊く。
「それに、車の中でオカルト談義聞いてたじゃないか」
「ずっと外眺めてたから、聞こえてなかったんですよ!」
 ぎゅっと杖を握り締め、言い返してくる。
 車の中で、カルミアはずっと運転席の窓に張り付いていた。流れる風景に夢中で、車内の声は聞こえていなかったように思える。その通り、聞こえていなかったらしい。
「翻訳の魔法を解除するとか?」
 思いついたことを告げてみた。
「無理ですよ。翻訳の魔法を解除したら、わたし一人でかけ直せません。シンイチさんとも話せなくなっちゃいますよ。それに、怪談の雰囲気が苦手なんです」
「じゃあ、別の部屋で隠れているとか?」
「一人は怖いです!」
 怒ったように言い返してくる。
 慎一は飛影を見た。
 羽を広げて、首を左右に動かしてみせる。
 頷いてから、慎一は人差し指でカルミアの肩をとんとんと叩いた。
「なら、頑張って耐えてくれ」
「えええぇ」

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