Index Top 第3話 蟲使いの結奈

第5章 憑喪神の寒月


 慎一は部屋を見回す。
 さほど散らかってはいなかったが、十分ほどかけて掃除を行った。
 部屋を眺めながら、カルミアが呟く。
「きれいになりましたね」
「こんなもんだろ」
 卓袱台の前に座って、慎一は背伸びをした。
 用意しておいた氷入りの麦茶を、ガラスのコップに注ぐ。八分目まで注いでから、一気に飲み干した。喉を通る冷たさを感じてから、長々と吐息する。
「これで、ユイナさんが来るのを待つだけですね」
 小さなコップで水を飲みながら、カルミアは玄関を見た。
 妖精サイズの木のコップ。人間で言うと、ジョッキほどの大きさがある。大きすぎるようにも見えるが、大丈夫なのだろう。原理は不明だが、以前コップの水を全部飲み干してしたこともあった。水は一度煮沸して塩素を飛ばしてある。
「待ち合わせは二時だから、あと十五分だな」
「そうですね。ちゃんと来るといいですね」
 結奈と話した日、慎一は家に電話をかけていた。既に話はまとまっていたらしく、三日後の土曜日――つまり今日、破魔刀の憑喪神の寒月が、秘伝書の一部の写本を持ってやって来ることになっていた。そこで、簡単な交渉をする予定である。
「とりあえず、休むか」
 慎一はその場に寝転がった。
 ガチャ。
 狙ったように、玄関のドアが開く。
 慎一は身体を起こして、玄関に顔を向けた。
「おっす。元気そうだな、慎一」
 能天気な声とともに、一人の男が入ってくる。
 がっしりした体格の男。見た目は慎一と変わらない年恰好だが、老けて見える。適当に伸ばした黒髪と、野生動物を思わせる顔立ち。黒を主体とした上着とズボンという格好だった。その容姿は、どこか獰猛さを漂わせている。
 肩から百五十センチほどの細長い布袋を下げ、右手に大きな紙袋を持っていた。
「寒月さん、早いですね」
 憑喪神の寒月。見た目は人間と変わらない。人間と同じように生活し、食事をしたり、眠ったりもする。神としての地位は三級位らしい。五級位から六級位に属する憑喪神の中では、ほぼ最高位に分類される。
「お前の言ってた結奈に会った」
「やっほー」
 続いて、結奈が入ってくる。やけに明るい顔で、手を振っていた。左手に大きな紙袋を持っている。なんというか、雰囲気がおかしい。
 慎一はその場に立ち上がり、
「木野崎? 何で寒月さんと一緒にいるんだよ?」
「近くの酒屋さんでばったり会っちゃって〜♪」
「酒屋……?」
 言ってから、気づいた。もしやと思い、鼻を動かしてみる。つんと鼻を突くアルコールの匂い。それでありながら、ほのかな甘さを含んでいた。
「酒臭い……! お前、飲んでるな! って、寒月さんも飲んでますね!」
「おう!」
 親指を立てる。
 慎一は沈黙した。
 寒月は慎一を押しのけてから、卓袱台の前に座る。
「お前が、カルミアか。慎一から聞いてるぜ。話に聞いた通り、可愛いな」
「ありがとうございます」
 照れたように、礼を言うカルミア。
 寒月は布袋を横に放り捨て、紙袋から一升瓶を三本取り出した。
 卓袱台の上に置いてあった麦茶のビンを掴み、蓋を開けて中身を一気に飲み干す。がしがしと氷を噛み砕いてから、
「かーッ、生き返る!」
 寒月は一升瓶の蓋を開け、慎一が使っていたコップに酒を注いだ。麦茶の残りと混じっているが、気にしていない。
「やっぱり、酒はいいねぇ!」
 寒月は乾杯するように、コップを掲げた。
 ぽかんとしているカルミアを見やり、
「お前も飲むか?」
「わたしは飲みません。こっちで水以外のものを口にしちゃいけないんです。前に水道水飲んだら、酔っ払っちゃいましたから。こっちの食べ物を食べたら、身体に変調をきたすんじゃないかってシンイチさんが言ってました」
「あー。そういや、妖精はこっちの食い物受け付けないんだっけな。酒なんて飲んだらそれこそ死んぢまう。憑喪神でよかったぜ。思う存分食って飲める!」
 笑って、酒を煽る。
 慎一は放り捨てられた刀を拾い上げた。戦国時代中期に作られた、一級品の破魔刀・寒月。刃渡り三尺五寸の大太刀で、普通の刀とは形状が異なる。破壊力が高い反面、重さも扱いにくさも相当なものだ。
「自分の依代ですよ。大事に扱ってください」
「そんくらいで、壊れるわけないだろ?」
 寒月は手を振りながら、答えた。
 破魔刀は、霊力で特に強度を高められているため、普通の刀よりも頑丈だ。憑喪神を具現化させることにより、さらに強度を高めている。岩や鋼鉄に鉈のように叩きつけても、刃毀れすらしないほどだ。
 多少乱暴に扱った程度で、折れることはない。
「ねえ、慎一」
「ん?」
 結奈の声に振り返ると、ひょいと何かを手渡される。
 真新しい本だった。

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