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第8章 カルミアの召喚陣


 手際よく、四人に術をかけ終わる。
 ついでに、散らかったガラクタも部屋の隅に集めた。
「おい。起きろ」
 部長の脇腹をつま先でつつき、声をかける。揺すったくらいでは起きない。
 ぴくぴくと痙攣するように身体を動かしてから、部長は弾かれるように起き上がった。目を剥いて辺りを見回してから、慎一を睨みつける。
「おい! 日暈慎一! 妖精はどこだ!」
 声を荒げながら掴みかかってきた。
 慎一はひょいと後退して、手を躱す。
「妖精? 何言ってるんだよ」
 知らん振りをしてみせた。頭の上に乗っかったカルミアが、笑顔で手を振っていたりする。しかし、魔力が散ってしまったので、見えていない。
「何を白々しい! 俺は見たぞ、お前が妖精と話しているところを!」
 なおも食い下がってくる部長。
「あー。やっぱり記憶の混乱起こしてたな」
 慎一は手を振りながら言った。難しい演技ではない。
「お前らは、変な儀式でトランス状態になってたんだよ。いつものことだけど、今回は特に酷かった……。いきなり虫取り網持って僕に襲い掛かってきたから。殴り倒したけど。何見てるかと思ったら、妖精か……」
 呆れたように部長を見つめてやる。
「いい加減にしないと、本当におかしくなるぞ。魔術ってのはそういうものだ。いつも言ってるだろ。闇を覗き込むものはまた闇にも覗かれている――ニーチェ曰く」
 慎一の言葉に、部長が不服そうに睨み返してきた。
 自覚はあるらしく、反論はしてこない。怪しげなことを繰り返しているが、相応の知識はある。魔術の危険性も知っているだろう。
「とりあえず、この部屋片付けてくれ。あと、大学に反省文も忘れるなよ」
「いいだろう。今回は負けを認めよう」
 部長は後ろに飛びのき、びしっと慎一を指差した。
 半眼で眺めていると、朗々と後を続ける。
「しかし、我々の挑戦は終わらない。いつか、必ず、魔王を召喚し、この世のすべてを我ら進歩的悪魔崇拝主義者のものとする!」
「無駄に大きな夢だな」
 慎一は投げやりに感心していた。
 どのみち封印の式を施してある。今度いかなる儀式を行っても何かを呼び出すことは出来ない。おかしなものを召喚したり、呼び寄せたりする心配はなくなった。
 もっとも、空き部屋を占拠するたびに呼ばれるのは変わらない。
「じゃあ、さっさと片付けてくれ」
 それだけ言い残して、慎一は部屋を出た。
 部長が寂しそうな眼差しを向けてきたが、気づかない振りをする。
 慎一は廊下を歩いて外に出た。
「これから、どうするんですか?」
 カルミアが訊いてくる。
「アパートに帰るんですか? 大学でご飯食べていくんですか?」
「そだな」
 空を見上げる。空は薄い紫に染まっている。大体六時前だろう。アパートに戻って料理をするのは面倒である。疲れているせいで、料理をする気もない。
 慎一はポケットから財布を取り出した。
 カード入れから食券を取り出す。政明に渡されたものだ。
「ラーメン、カレー、うどん……久しぶりに、食べるか」


 慎一は何も言わぬまま、ベッドに突っ伏した。
「ううぅ……」
「食べすぎですよ」
 カルミアが呆れたように腰に手を当てている。
 ラーメン大盛り、カレー大盛り、うどん大盛り。およそ六人前を完食したのだ。食堂で三十分ほど休んでから帰ってきたのだが――まだお腹が張っている。
「苦しい……」
 天井を見上げながら、慎一は呻いた。
「シンイチさんってよく食べますよね。みんな、少ししか食べていなかったのに」
 顔の横に下りたカルミアが感心したように頷いている。
 食堂で夕食を取っていた他の学生は、一人一人前しか食べていない。大盛りを食べる学生はいたが、慎一のように何人前も食べる学生はいなかった。
「日暈家の人間はよく食べるんだよ」
 言い訳がましく、慎一は告げる。
「霊術と錬気術を同時に使い、爆発的な力の剣気を作り出す合成術。その特性から、火薬のような力と表現される。日本国内でも、これを使えるのはうちだけだ。破壊力は凄いんだが、消費カロリーが半端じゃない」
「シンイチさんって、実は物凄い人ですか……?」
 口元に手を当てて、カルミアは恐々と呟いた。
 空手部主将の政明との決闘。異様な打たれ強さや、術を使わずに指で肉体を斬るなど、どう考えても人間業ではない。魔術研究部の部員に施した封印の式も、並の退魔師が扱えるような代物ではなかった。
「……日本守護十家のひとつ、斬天の日暈。迫撃戦での戦闘に特化した一族で、単純な強さなら、ほぼ国内最強かな。戦闘以外の作業は苦手っていうほどじゃないけど、得意ってわけでもない。僕は宗家の次男だ。正式な退魔師じゃないよ」
 慎一はこともなげに答えた。
「日暈家を継ぐのは、長男の兄さんだから、僕は重要な秘伝とかは教わってない。でも、普通の退魔師よりも霊力も力も遥かに強いし、難解な霊術も使える」
「すごいです……」
 ぽかんとした顔で、驚いているカルミア。
「まあ、何だ……」
 慎一はベッドから起き上がった。
 和室を通り、台所に移動する。コップに水を入れて、飲み干した。
「魔法陣はどうなってる?」
「あ、はい」
 声をかけられ、我に返るカルミア。
「ちょっと待ってください」
 窓の手前まで飛んで行き、魔法陣を描いた紙を持ち上げた。朝に見た時と何も変わっていないように見える。だが、魔力は朝よりも強くなっていた。
 紙を持って、カルミアは卓袱台の上まで移動する。
 慎一も畳部屋に移り、卓袱台の前に座った。
「もう大丈夫です」
「じゃ、さっそく召喚見せてくれ」
「分かりました!」
 元気よく返事をして、魔法陣に手をかざす。
「出でよ!」
 魔法陣が白く輝いた。
 魔力が収束して、魔法陣の中央から一本の棒と帽子が現れる。
 カルミアがそれを掴んだ。
「何、それ? 杖?」
「はい。わたしの杖です」
 得意げにくるくると回してみせる。
 銀色の杖。長さは十八センチほど。カルミアの身長よりも少し長い。先端に紋章のような飾りと、四角い青水晶がついている。簡素な作りだ。
「何で、杖を召喚したんだ? 最初から持ってくればいいのに」
「足がかりなしで、精霊界から人界に転移するのは大変なんですよ。人界から精霊界にあるものを召喚するのは楽なんですけど……。荷物は少ない方がいいんです!」
 杖を振り上げ、力説するカルミア。
 精霊界から人界へ。大袈裟な言い方をすれば、次元の壁を越えるのだ。必要なエネルギーも大きいだろう。荷物が少なければ、そのエネルギーも小さくてすむ。最初に会った時も何も持っていなかった。
「なるほど」
 慎一は納得する。
 それで納得したのか、カルミアは魔法陣に杖をかざした。
 杖の先端の宝石に魔力が集まる。今までよりも魔力は強く、構成もしっかりしていた。杖を使うと、魔法の精度や効果が高まるらしい。およそ、三割の強化か。
「出でよ!」
 続けて出てきたのは。
「ベッド?」
 ベッドだった。
 人間の手の平ほどのベッド。枕と布団が乗っている。カルミアの身体にはちょうどいい大きさだ。見たままを言えば、ドールハウスのベッドである。
「ふぅ」
 ぱたりとベッドの上に倒れるカルミア。
 気持ちよさそうな顔で目を閉じていた。全身から力を抜いて、羽もくたりとしている。使い慣れた寝床は気持ちいいのだろう。
 手からこぼれた杖が紙の上に落ちる。
「落ちたぞ、カルミア」
「…………」
 返事はない。
 気になったので、指でつついてみる。
「お〜い。起きろ〜」
 やはり返事はない。
「寝てる……か」
 慎一はそっとカルミアを掴み上げた。
 ベッドから布団を取り、上にカルミアを寝かせる。その上に布団をかけた。羽は丈夫だと言っていたので、大丈夫だろう。
 布団やベッドの生地は、カルミアの服と似たようなものだった。
 慎一はベッドをそっと持ち上げ、たんすの上に置く。それから、杖を拾ってベッドの横に置いた。目が覚めれば気づくだろう。
 背伸びをしてから、独りごちる。
「レポート終わらせるか」

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