Index Top 第2話 慎一の一日

第6章 魔術、成功?


「む」
 違和感を覚えて眉を寄せる。
 廊下に出ている人間はいない。部室でそれぞれのサークル活動を行っている。廊下に出ている者はいない。いつでも野次馬がいるのだが、今日はいない。
 それだけではない。
 ついでに、異様な雰囲気。
「シンイチさん、これ」
「何やってんだか……」
 不安げなカルミアを見ながら、慎一は唸った。
 僅かながら、魔力の気配がする。珍しくまともな儀式を行っているのだろう。しかし、やはり間違いがあるので、異界との門を申し訳程度に開くだけだ。
 占拠している部室に近づくにつれ、魔力の気配が濃くなってくる。
「これは……どうするかな」
 慎一は104部室のドアの前に立った。
 うっすらと漂う変な匂い。中で香を焚いているらしい。
 現状を考える。ほんの僅かに魔力が漏れているだけだ。危機的状況というほどではない。しかし、放置して安全なものでもない。
「まったく、人騒がせな」
 ドアノブに手をかけて。
 回らない。
「カギかかっていますね――」
 カルミアが呟く。
 部室は内側から鍵を掛けていた。勝手に入られると困るので当然の処置である。予想していなかったわけではない。時々、鍵をかけ忘れていることもあった。
「さて……」
 大学部室棟のドア。鉄製の無駄に重厚なドアである。小道具があれば、普通に開けることができるだろう。だが、手元に道具はない。
 中央棟まで鍵を取りに行くのも面倒だ。事情を説明するのも面倒である。
「仕方ないな」
 慎一は右手で印を結んだ。
 霊力を組み上げ、簡単な術を作る。
「結界ですか?」
「ああ」
 カルミアの問いに、頷く。
 人払いの結界。誰も近づかないようにするための術だ。退魔師としての基礎の術。騒ぎを避けるために、よく使われる。元々魔力の漂うところに一般人は近づかないが、用心に越したことはない。
 放たれた霊力が、薄い結界を作り上げた。
「これで、多少騒いでも平気だ」
 左右を見回し、頷く。
 一呼吸置いてから、慎一は左拳を握り締めた。弓を引くように引き絞る。正直、状況が状況なので、時間をかけるのは気が進まなかった。
「えっと……シンイチさん。何する気ですか?」
 冷や汗を流すカルミア。
 腕に込められる霊力と気。頑丈そうな鉄の開き扉。普通の人間に機械なしで破るのは難しいだろう。ましてや素手で破ろうなど、正気の沙汰でない。
「実は、鍵開けの術は使えないんだ」
 答えてから、慎一は踏み込んだ。
 砲弾のように撃ち出された拳が扉に突き刺さる。無駄のない滑らかな正拳。鉄板にハンマーを叩き付けるような音ともに、蝶番が弾けた。
 続けざまに、右手の掌打。
 金属の軋む音が響いた。
「……うわ」
 目に見えて歪んだ扉を見つめ、カルミアが声を漏らす。
 慎一は腕に力を込め、ノブを押した。
 歪んだ扉が、部屋の中へと倒れる。
「うっ」
「んんっ! けほっ」
 慎一とカルミアは鼻を押さえた。
 異様な匂いが鼻を突く。
 何かの香の匂い。涙が出るほど匂いが強く、部屋には煙が充満している。窓は黒い布で覆われていた。部屋の四隅に大きな蝋燭が灯っている。床には仰々しい魔法陣が描かれた布が置かれていた。その他、怪しげな代物がごろごろと。
「おい、お前ら!」
 慎一は声を上げた。
 魔術研究部員四人がはっと顔を向けてくる。
 頭から黒い布をかぶった、見るからに怪しげな男たち。顔も布で覆っているため、どのような顔立ちかも分らない。分かる必要もない。
「いい加減にしろ」
「貴様、日暈慎一!」
 四人の部員が同時に立ち上がる。
 なにやらびしっとポーズを取ってから、手前の一人が詰め寄ってくる。
「また、我等魔術――へぶっ」
 言い切る前に張り倒され、男は床に転がった。だが、手加減はしているので気絶することもなく、起き上がってくる。
 慎一は右手で口と鼻を押さえながら、投げやりに左手を振った。
「あーハイハイ。御託はいいから、儀式やめろ。さっさと片付けてして、始末書なり反省文なり大学に提出して、二度とやるな」
 言い切ってから、気づく。
 部員が固まっていた。信じられないものを見つけたな表情。一応目でそれが分かる。
「何だ?」
 慎一は訝った。
 慎一の登場に驚いているのではない。倒れた部員に驚いているわけでもない。何か別のものに驚いているようだった。
「何だ?」
 再び呟く。
 四人の視線を辿っていくと、その先にはカルミアが浮かんでいた。
「もしかして、わたしのこと見えてます?」
「妖精だあああ!」
 部員たちが一斉に声を上げた。

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