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第4章 主人と執事 |
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ヴィーが微かに首を傾げながら、アタシを見つめていた。 「お客様……?」 青みがかった灰色の瞳に映るのは、珍しいものを見つけたような好奇心の光。客自体滅多に来ないんだろう。ましてや、アタシみたいな変なのは。 プラチナブロンドの髪を右手で払ってから、ヴィーは視線を持ち上げる。何か考え込むような仕草から、アタシに向かって発した言葉は簡潔だった。 「見かけない子ね。どこから来たのかしら、あなた、名前は?」 「リリルだ」 尻尾を動かしつつ、アタシはそれだけ答える。 出し惜しみしているわけじゃない。てか、他に答える言葉無いし。 さすがにそれではマズいと思ったのか、アートゥラが口を開いた。右手の一本の人差し指を立てながら、左手の一本でアタシを示す。 「彼女はシェシェノ・ナナイ・リリル様です。ヴィー様にお届け物を持ってきたと言われたので、とりあえずこちらにご案内いたしましたー」 その言葉を証明するように、アタシは右手に持った手提げ袋を持ち上げてみせる。 「分かったわ」 ヴィーは頷いた。アタシが何者であるかは納得したらしい。 だけど、今の状況については納得したわけではないようだった。両手を腰に当てて両足を軽く開いてから、アートゥラに向き直り、 「でも、私がお昼寝をしている間に、私の所に直接お客を連れてくると言うのは、あまり感心しないわね。この子を客間に通してから、あなたが私を起こしに来るのが適当じゃないかしら?」 ま、正論だわな。下着姿のまま言っても説得力薄いけど……。 アートゥラは両手を身体の前で組んでから、申し訳なさそうに頭を下げる。 「申し訳ありません、ヴィー様。今度からそうします〜」 でも、反省しているように見えないのは何でだろ? 「肝に銘じておきなさい」 威風堂々とした態度でアートゥラを指差し、ヴィーが命じる。これで子供じゃなかったり、下着姿じゃなかったりすれば、説得力あるんだろうけど。 赤い前髪をかき上げ、アタシは口を開いた。 「その蜘蛛女じゃ、眠ってるお前起せないだろ……。さっきもそいつじゃ起こせなかったから、アタシが叩き起こしたんだ。アタシは無意味に待つのが嫌いでね」 ヴィーが視線を向けてくる。 そして、アタシと目を合わせること約二秒、 「……そーいうこともあるかも。無いかも」 窓の方に視線を逸らしつつ、ヴィーはもごもごと口を動かしていた。アートゥラを指差していた指が虚空へと泳いでる。自覚はあるらしい。いや、これで自覚無かったらはた迷惑極まりないけど。 「まったく……」 アタシはこれ見よがしにため息をついてみせる。さっきから、無意味に手間のかかる連中だ。蜘蛛執事といい、この小娘といい。 「それにしても〜、あなた」 ヴィーが何やら含みを持った声を出す。アタシが目を向けると、刺すような視線を向けてきた。怒っているような感心しているような、そんな偉そうな口調で。 「さっきから随分と態度の大きな子ね。そんな事ではろくな大人になれなくってよ?」 「お前みたいに無駄に気合い入れて昼寝してるヤツに子供とか言われる筋合いはないな。大体、見た目はアタシよりも年下だろ、お前は。そんな平坦な体付きで」 と、下着姿のヴィーを指差すアタシ。 ヴィーの見た目は十歳くらい。外見年齢十代前半のアタシよりも子供っぽく見える。さらに、凹凸の無い寸胴体型もはっきりと分かった。実年齢は分からんけど、少なくとも大人には見えないだろう。 額に怒りのマークを浮かべ、ヴィーはびしっとアタシを指差す。 「その可愛らしい恰好のまま言っても説得力は無いわ!」 「アタシだって好きで着てるんじゃねェェ!」 絨毯に右足を叩き付け、アタシは叫び返した。ぴんと尻尾を立てて、両目から涙を流す。白い猫耳帽子に白いワンピース。狙ったような服装とは誰の言葉か。だが、自分の意志で選んで着ているわけじゃない。断じて。 アタシの魂の叫びにたじろぎつつも、ヴィーは小声で言い返してくる。 「その割には怖いくらい似合ってるけど……」 うるせい、そう思っても言い返せないアタシ。 手の甲で目元をぬぐい、歯を噛み締める。似合ってるのは自分でも嫌というほど分かってる。分かっている。だからこそ、余計に気にくわない……! パンと手を叩く音。アートゥラが満面の笑顔を見せていた。 「そうですよねー。とっても可愛いーですよねー。というわけで、ヴィー様もああいう服着てみませんかー? 凄く似合うと思いますし、わたしも全力で作りますよー」 紫色の瞳を爛々と輝かせながら、ヴィーを見つめる。こいつの頭ん中じゃ、服の型紙から制作手順、ついでにヴィーがそれを着た姿まで克明に想像されているのだろう。 その気迫に圧されるように、一歩後退るヴィー。 「保留にしておいて」 「じゃ、わたしが着てみましょうかー?」 くるりと一回転してから、ウインクしてみせる。 ふっと脳裏に浮かぶ、猫耳帽子をかぶって白いワンピースを纏った蜘蛛執事の姿。なんと表現すべきか分からない凄まじい容姿に、冷や汗が頬を流れ落ちる。 「やめろ」 「それも、やめておきなさい」 アタシとヴィーがほぼ同時に口を開いた。 右手の人差し指を咥えながら、アートゥラが呻く。 「似合いそうなのにィ……」 「似合いそうだから駄目なのよ」 右手の親指で眉間を押さえ、ヴィーは沈痛な声音で唸った。 アタシと同じような恰好をした蜘蛛執事。似合うだろう。間違いなく似合うだろう。大人の色気と子供っぽさの混じった、凄いものになるだろう。だが、ソレは決して実物を見てはいけない。世の中にはそういう類のモノがいくつも存在する。 話題を変えるように、ヴィーがアタシに質問を振った。 「さて、あなた。子供じゃないというなら年齢を聞きましょうか」 「百二十四歳だ」 胸を張って正直に答えるアタシ。鯖を読む必要も無いし、見栄を張る必要もない。ま、実際は大人の状態から魔力奪われて子供化したんだけど、それは言わないことにする。 ヴィーは勝ち誇ったような微笑みとともに、 「ふふ、それじゃあまだ子供ね。私はもう三世紀は生きてるわ」 自分の胸に右手を当ててみせる。 そして―― 「………」 お互いに明後日の方向を向いて頭を抱えた。 世紀単位で生きてるのに、ほとんど成長してねー……。いや、アタシは一回子供になった時に思考も子供っぽくなってるから、多分大丈夫。大丈夫だよな、うん。大人の時はちゃんと大人してた……と思う。自信無いけど。 落ち込んだヴィーを見かねて、アートゥラが口を開いた。明るい口調で。 「大丈夫ですよ、ヴィー様。ご安心を。ヴィー様の実年齢は永遠に八歳ですよっ。ただ死亡推定時刻が三百五十年くらい前ですけど〜」 「それ、慰めになってないわ!」 勢いよく顔を跳ね上げ、ヴィーがアートゥラを睨み付ける。 死亡推定時刻って、こいつアンデットの類か。アンデット、不死生物とは言っても死んでる状況で生きてるだけであって、事実上の寿命は短い。それなのに、三百年以上活動してるとは、ただ者じゃないな。 逆を言うと、三百年以上大して成長してないってことでもあるけど。 今にも噛み付きそうなヴィーを無視して――無視すんな、お前の主だろ……。アタシに向かって楽しげに続ける蜘蛛執事。空気をキラキラさせながら、両手の指を組む。 「リリル様も見た目幼女なので全然おっけー、問題無し♪ 可愛いは正義です。実年齢なんて全然気にしません! ビバ、永遠の美少女!」 オッケ♪ アタシはにこやかに微笑み、右手を持ち上げた。手の平に現れる刃渡り百センチほどの銀色の両手剣。魔族の鍛冶師ガラカが作った緋色の魔剣。高出力の炎の魔法が刻み込まれていて、持ち主の力を効率よく炎に変換する。 鈍く輝く切先をアートゥラに向け、ヴィーに尋ねた。 「燃やしていいか、この蜘蛛女? よく燃えそうな気がするんだ。めらめらと」 「ビバ、永遠の美少女って点は同意しとくわね」 同意すんな。 ヴィーは後ろ髪を右手で払い、落ち着いた口調で答える。 「アトラは炎耐性あるから、簡単には燃えないわよ。それとー、いくら私達がその程度で動じないとはいえ、家長を前にして剣を抜くのは感心しないわね」 ま、確かにそうだな。他人のうちで剣を抜くのは礼儀知らずだ。アタシは右手を一振りして魔剣を影の中に片付ける。shadows Toolboxという空間収納魔法。 両腕を組んでから、アタシはしみじみと頷く。 「燃やしてから事後承諾求めなくなった辺り、アタシも少し丸くなったかな」 「なかなか図太い神経ね。嫌いじゃないわ、そういうところ」 乾いた笑いとともに、ヴィーは両腕を広げる。 ふと見ると、アートゥラがデジカメを取り出していた。 パシャ。 「そこ、写真取らないの」 と、窘めるヴィー。 カメラ目線で思い切りポーズ決めながら言う台詞じゃないけど……。アートゥラがカメラを取り出したのには気づいてなかったのに、シャッターを切る瞬間、目にも映らぬ速度でポーズ決めたよな……。どんな脊髄反射だよ。 アートゥラが続けてアタシにレンズを向けてくるが、 「電子機器なら、雷一発で逝くぞ?」 右手に魔法の紫電を作りながら優しく忠告すると、おとなしくカメラを納めた。うん、素直なことは素晴らしい。最近の機械は精密な分、弱い電撃一発で致命傷となる。デジカメなら、軽い雷の魔法が擦っただけでメモリまで再起不能だろう。 「本題に戻りましょうか」 ヴィーがアタシに目を向けた。 「私に届け物って何かしら?」 「ん? あぁ、こいつだ」 アタシは左手に持っていた手提げ袋を差し出す。 警戒することもなく、ヴィーは手提げを受け取り、中身を取り出した。包装用紙にくるまれた四角い箱。中に何が入ってるかは、アタシも知らないんだけど。 ヴィーはそれだけで中身を理解したらしい。 「あー、アレね」 「アレ?」 代名詞じゃ分からん。固有名詞を口にしろ。 それはアートゥラも同じだった。訝しげに首を傾げている。 「アレですか?」 「アレよ、アレアレ」 箱を見せながら、ヴィーが答えた。 「………」 アレじゃ、分からんちゅーに。ただ、固有名詞を口にしないってことは、アタシには知られたくないものらしい。気にならないと言えば嘘になるが、箱を奪って無理矢理中を見るわけにもいかんし。でも、気になるな――。 平静を装いつつ、アタシは拳を握りしめる。誘惑には耐えるのは女の子の嗜み。 「あぁ、アレですか」 芝居がかった仕草で、アートゥラがぽんと手を打つ。いかにもようやく理解しましたって顔してるけど。賭けてもいい。こいつは分かってない。 もっとも、それはヴィーにとっては些細なことらしい。箱を握った右手を、アートゥラの方へと突き出した。 「そう、アレよ。アートゥラ、これは私の書斎に置いておいてちょうだい」 「承知しましたー」 笑顔で頷いてから、アートゥラは箱を受け取り、歩き出す。 絨毯の上を足音も無く歩いて行き、リビングから姿を消した。ヴィーの書斎というのがどこにあるかは分からないけど、戻ってくるまでは少し時間がかかるだろう。 「さて、リリルと言ったかしら」 ヴィーは改めてアタシに向き直った。今までと少し雰囲気が変わっている、友人などを相手にする砕けたものから、客人などを相手にする少し気品を感じさせる空気へと。そっと右手を差し出しながら、誘いの言葉を口にする。 「せっかく来たのだし、お茶でも一緒にいかが?」 「その前に服着ろ」 下着姿のヴィーを半眼で見つめ、アタシはそれだけ答えた。 |