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第30話 大きいってコトは便利です |
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ちっちゃい皐月を肩に乗せ、ハカセの研究所までやってくる。 今までは肩に乗せるが嫌だったけど、もう慣れました……。外面的というか精神的というか、周囲の視線に……。でも、それも今日で最後。 裏口のインターホンを押してから、マイクに声を掛ける。 「こんにちは、ハルです」 「マスター。皐月、ただいま到着しました」 キリッとした口調で、皐月が続けていた。 皐月がこのミニボディになってから今日で一週間が経つ。昨日の夜に、皐月の通常ボディの検査が終了したとメールが来て、俺は皐月を連れてやってきたのだ。最初に俺の所に来た時のように箱詰めにしようと考えたののだが、皐月が拒否した。 『キツネ子を迎えに出すよ』 そんな答えが返ってくる。 しかし、寒いなぁ。冷たい風が吹いている玄関前。白い息を吐き出している俺に対し、皐月は平然としている。機械の皐月は寒さは感じるみたいだけど、寒さが苦痛になることはないらしい。 玄関の扉が開く。 「こんにちは、葦茂さん」 そんな台詞とともに出てきたのは……皐月だった。 「あれ……?」 ミニサイズではなく通常サイズだが、それはまさに皐月本人だった。茶色いロングへア、温厚そうな表情、紺色のワンピースと白いエプロン、頭には白いカチューシャ。メイド服姿の皐月である。 「何でわたしが?」 俺の肩に乗っかった、皐月(ミニサイズ)が驚いている。 なにしろ、目の前に自分が現れたんだからな……。 現れた皐月(普通サイズ)は、面白そうに微笑んでから自分の胸に手を当てた。 「ワタシ、キツネ子です。今、ワタシのボディが検査中なので、ちょっと皐月さんのボディを借りています。マスターはコアの相互性の実験と言っていました」 なるほど、そういうことか。 アンドロイドはコアを入れ替えれば、その人格情報を入れ替えられる。普通のアンドロイドは一体ごとに情報キーが違うから、コアを入れ替えても動かないけど、ハカセはそれを一緒にしたんだな……。多分、互換性が利くと便利とか、そういう理由で。 皐月の姿をしたキツネ子が、笑顔で両手を広げていた。 「普通に喋れるというのは、素晴らしいことですね」 「本当に誰……?」 俺は改めてキツネ子を観察する。容姿は皐月だってのに、その言動が別人だ。いや、別人なんだけど、キツネ子ととも皐月とも違う、礼儀正しいお姉さん。 「わたしよりも大人っぽくない?」 皐月が眉を寄せているのが分かる。 俺はキツネ子を手で示してから、 「いや、皐月が単純に子供っぽい性格なわけで……年相応の格好で丁寧語で喋ったら多分こっちの方が正しいと、俺は思う――」 ゴッ。 殴られた。 人は事実を告げられると怒るというけど、アンドロイドでも同じというわけか。子供っぽいという自覚はあるんだな。頭をさすりながら、俺は納得した。 「表で立ち話も何ですので、中へどうぞ」 キツネ子が研究所の奥に手を向ける。 俺はそれに従い、研究所に入った。中は暖房が効いていて暖かい。 中に入った俺の隣を歩きながら、キツネ子が皐月を見る。 「皐月サンのボディは返却します」 「当たり前でしょ」 皐月が言い返していた。 それから、キツネ子は自分の喉を撫でた。独りごちる。 「マスターはなぜワタシの発声器を買ってくれないんでしょう……?」 キツネ子ってまだ発声器装着されていなかったんだ……。 ハカセのことだから、面白そうだからとか、なんか可愛いから、とか――そんな単純な理由なんだろう。ハカセって無茶苦茶自分に正直だからなー。 『Safety Start . . . Completion . . .』 起動が終り、皐月は目を開けた。 頭脳内に無数の情報が弾ける。 約十秒かけて状況を理解してから、皐月は短く吐息した。 「機動状態異常なし、と」 ヒサメの声が聞こえる。 皐月は寝台から上体を起こして、声の方へと目を向けた。パソコンのディスプレイを見ながら、キーボードを叩いている灰色髪と白衣の男。 胸元から落ちかけたシーツを掴み、皐月は違和感を覚えた。 「う?」 胸が無い。元々控えめだったが、白いボディスーツに覆われた胸は完全に真っ平らである。しかも、よく見ると手も小さくなっている。いや、身体全体が二回りほど小さくなっている。明らかに"子供"な体型。 目の前に見えた前髪も、茶色ではなく赤みを帯びた黄色だった。頭に手を触れてみると狐耳が生えていて、腰の後ろに手をやってみると狐の尻尾が生えている。 ――キツネ子になっていた。 「うー!」 頭を抱えて叫ぶが、言葉が出ない。 ディスプレイから目を離し、ヒサメが目を向けてくる。 「どうかしたかい、キツネ子。簡易検査だけど、問題は無いと思うけど」 「うー」 ヒサメに声を掛けるが、肝心の言葉が出てこない。発声器が組み込まれていないので、当然だ。思考を数回転させてから、キツネ子が普段使っているスケッチブックの存在に気付き、皐月は慌てて周囲を見回した。 寝台の横にあるカゴに、スケッチブックとマジックペンが入っていた。 「うー!」 皐月はスケブとペンを掴み上げ、文字を書き込み、それをヒサメに見せる。 『私は皐月です』 「………」 沈黙は数秒。 「あ」 『あ、じゃないですよー!』 皐月はスケブに力一杯書き殴った。 皐月をハカセに預けて、買い物に出掛けてから研究所に戻る。とっくにコア交換は終わっていると思ったんだが、何かトラブルがあったらしい。 待合い室で携帯ゲームをして暇を潰していると、ドアが開いた。 「お待たせー」 通常サイズの皐月が部屋に入ってきた。やたら元気よく。 茶色いロングヘアと、髪の先を縛っている赤いリボン。明るい笑顔で片目を瞑り、右手を上げている。紺色のワンピースと白いエプロン、頭には白いカチューシャ。 「ああ、皐月だな。うん」 「何その反応……」 両腕を下ろし、皐月が不服そうに目蓋を下ろす。 さっきはキツネ子入りの皐月が出てきたからな。今度は何か別物入りってことも考えたけど、今度は本物らしい。この言動は皐月本人だ。 「深い意味は無い」 俺はゲーム機の電源を切って、立ち上がる。 「やっぱり普通サイズの方がいいよね。移動も困らないし、これでちゃんと料理とか洗濯もできるし。肩車できないのは残念だけど」 言うなり、皐月が跳んだ。そんなに広くもない部屋を飛び越え、俺の頭に手を置き、肩に乗っかった。 「おぐ」 腰が落ちる……。 アンドロイドというのは、人間と同性能というだけではかなり軽く作れる。しかし、色々な機構を組み込む事により、その重量は増してしまう。多数の機構を組み込まれた皐月の重さは、本人申告で約八十八キログラム。 その重さを腰に受け、俺はなすすべなく床に崩れ落ちた。 「ま、無理だよねー」 いそいそと肩から離れ、皐月が倒れた俺を見下ろしている。だけど、腰が痛くて起き上がれない。ぎっくり腰とかにはなってないと思うけど……痛い。 「重くなってないか、お前……?」 「百キロは越えてないからだいじょーぶ!」 右手を握りしめ、皐月は言い切った。色々付け足されたような雰囲気あったけど、やはり重量増していたか……。その表情から、ちょっとした焦りが読み取れる。一応人格は年頃の女の子のせいか体重には敏感らしい。 後れて部屋に入ってきた灰色髪と白衣の男……ハカセ。床に倒れた俺と、皐月を交互に眺めてから不思議そうな顔をする。 「何してるの、君たち?」 「色々と」 俺はそう答えた。 |