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第27話 Extra chapter Inspire The Heat Guy |
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改造屋から出て、静かな路地を歩いていく。 肩に皐月を乗っけた俺と、紙袋を両手で持ったサクちゃん。行き先は分からんけど、多分駅の方向に向かってる。他に行くような場所もないしね。 「そういえば、葦茂さんは何の用でこちらに?」 思いついたように、サクちゃんが口を開いた。こちら、ってのはサン通りのことを行ってるのだろう。さらりと揺れる黒髪が非常に素敵です。 「うーん。用と言う用は無いなぁ」 俺は両手を広げつつ、道の左右を見回した。 人気の無い通り。倉庫や個人経営の専門店が並んでいる。あまり人が来るような場所じゃない。皐月の乗っけたまま人気のある場所を歩きたくないので、人気のない場所へと足を進めていたら、裏通りに来てしまった……。 「暇潰しです」 肩に乗っかった皐月が断言する。何故か自信満々に。 それを見上げ、サクちゃんが納得したように頷いた。 「なるほど」 「それにしても、こーんな人のいないような場所に良家のお嬢さん連れ込んで……。何企んでるの? もしかして誘拐でもする気? 身代金目的の未成年略取とか?」 ぺしぺしと俺の頭を叩きながら、皐月がそんなことを言ってくる。 まー、時風財閥のお嬢さんを人気の無い路地に連れ込むって、客観的に考えると物凄く危ないことしてるな、俺……。はっきり言って人通りある場所行きたいけど、お前が肩車して離れないから自然と人目避けちゃうんだよ。 「いい加減離れろ……!」 皐月のメイド服の襟首を引っ張るが、がっしりとくっついて離れん。完全に気に入られたな、俺の肩。だが、こいつ肩に乗っけたまま電車で帰るのは、ぞっとしない。みんなの注目集めまくりだ。悪い意味で。 「お二人とも仲いいんですね」 口元に手を当て、サクちゃんが楽しそう笑っている。 「ははは……」 俺は曖昧な笑顔を返していた。端から見ると二人でじゃれているように見えるかもしれないけど、俺にとってはかなり重要な問題ですよ……。 サクちゃんが笑顔を引っ込めた。 「おや?」 一度その場に屈んでから、立ち上がる。 サクちゃんの手には、黒い小さなカードケースが握られていた。定期券なんかを入れる小さなカードケース。ようするに定期入れである。 「……誰かの落とし物でしょうか?」 「落とし物は警察へ」 びしっと駅のある方向を指差す皐月。 定期入れを見ながら、サクちゃんが呟く。 「そうですね。落とした人も困っているでしょうし」 「じゃ、駅前の交番行こうか」 俺は駅のある方に目をやり、歩き出した―― いや、歩き出そうとした瞬間、声を掛けられた。抑揚のない渋い声。 「失礼、お嬢さん」 「はい?」 振り向いた先に、男が一人立っている。 デカい……。それが第一印象だった。身長は軽く二メートルある大男、体格も身長に見合った凄まじく屈強なものである。なんというか、大岩……もしくは大木。 年齢は五十くらいか。彫りが深く渋い顔立ち。髪は灰色で、長い後ろ髪を首の後ろで縛っていた。頭に被った帽子、身体を覆うコート、ズボン、靴まで全部黒である。コートの襟の部分に「Σ」の文字を模った銀色のピンバッジを着けていた。 ……何だろう、この大男? 「突然で申し訳ないが、そのカードケースを渡して頂きたい」 そう言って、サクちゃんの前に右手を差し出した。ごっつい右手。 無骨な大男なんだが、不思議と怖いという感じはない。顔立ちに理性と知性を感じる。だけど、その岩みたいな体格は十分に威圧感を醸し出していた。この大男に目の前に立たれたら、少なくとも俺なら固まる。 「失礼ですが、どちら様ですか? いきなり落とし物を渡せといわれましても。これはあなたのものなのでしょうか?」 でも、サクちゃんは動じることもなく訊き返していた。肝が据わってるのかただの天然なのかは謎だけど、良家のお嬢様ってすげー! 「私は中央情報局特別捜査官のシグマ」 右手を引っ込め、大男がポケットから手帳を取り出す。警察手帳っぽいけど、あいにく俺は警察手帳の現物を見たことがないので、それが本物かどうか分からん。 「あれ。やっぱシグマだ……」 皐月がそんな事を口にした。 え? 「やっぱ」って、知合い? 俺が口を開くタイミングに合わせて、シグマが続けていた。 「ある事件の重要参考人が落としたカードキーを探している。君が今拾ったカードケースがそのカードキーだ。これはできれば表沙汰にせず処理したい案件だ。警察には渡さず、こちらに渡して欲しい」 「拒否します」 定期入れを守るように抱きしめ、即答するサクちゃん。見るからに普通じゃない大男が、拾った定期入れを警察に渡さず自分に渡せと言っている。誰でも不審と感じるだろう。不審と思っても、怖いから渡しちゃうかもしれない。 その状況で、断固とした拒否の態度。さすがサクお嬢様――凡人に出来ない事を平然とやってのけるッ。そこにシビれる! あこがれるゥ! シグマが手帳をしまい、帽子を少し動かした。視線を持ち上げ、独りごちる。 「仕方ない」 その瞬間だった。 ガゴォン! 轟音が鼓膜を打つ。まるで、巨大なハンマーで鉄骨を殴ったような異音。 目の前で起こった光景は、ある意味想定内の出来事だった。 突然出現した黒いタキシードの老執事が、シグマの側頭部に飛び蹴りを叩き込んだ。ただし、人を蹴っても普通は鉄骨叩いたような音はしない。 回転しながら吹っ飛んだシグマが、横の駐車場に停めてあったトラックに激突。トラックごと一回転して、ひっくり返ったトラックの下敷きとなる。金属のひしゃげる音が辺りに響いた。なんつー威力で蹴ったんだ……。 足を振り抜いた体勢から、音もなく地面に降りるヤマさん。ひっくり返ったトラックを見つめ、サクちゃんを守るように立ちはだかった。 「ヤマさん……?」 サクちゃんが呆然とその背中を見つめていた。 近くに落ちている血の付いた段ボール箱には気付かないでおこう。うん。 「さすがです、お嬢様。素晴らしい気概でした。あとは私にお任せ下さい」 振り向き、満足げに微笑んでみせる。さっき定期入れを渡すのを断った事を言っているんだろう。あの毅然とした態度は、真似しようと思っても真似できるものじゃない。 それから、ヤマさんは改めて正面に向き直った。 「さて、そこのデカブツ……。お嬢様に手を出そうとしたその愚行、万死に値する。いるか否か分からぬ神に代わって、今この場にいるこの黒曜ヤマが直接天誅下してくれるわ。世辞の句でも考えておけ――!」 シルクの手袋に包まれた右手を持ち上げ、咆えるように言い放った。 年齢九十越えだってのに、全く老いを感じさせない質実剛健な体躯である。きれいな銀髪と丸い眼鏡、きれいに整えられたヒゲ、高級なタキシードに身を包み、両手にはシルクの手袋を嵌めている。人間兵器二号、人外執事の黒曜ヤマ。 とりあえず、そっちは置いておいて。 俺は上下逆になったトラックを凝視した。 「おっさん、生きてる……?」 「大丈夫。あいつは、あれくらいじゃ壊れないよ」 呆れたような皐月の呟き。俺の頭に頬杖を突き、両足をゆらゆらと揺らしている。観戦モードに入っているようだった。あの大男の事を知っている素振りだけど。 「あの大男、何者?」 「中央情報局のシグマだよ。このタイガに五体しかない性能3Aの超高性能アンドロイドの一体で、その五体の中でも性能はさらに抜きん出てるね。歩く人型要塞っていうか、何て言うか……。無愛想なヤツだけど、とにかく強いよ。無茶苦茶ね」 トラックが持ち上がった。運転席を下にしたまま、六十度ほど逆立ちしたトラック。そのボディの下で、シグマが右手を持ち上げている。数トンはあるだろうトラックを、片手で支えていた。まるで戸板でも支えるように、いとも簡単に。 軋んだ音を立て、トラックが横に倒れた。 「黒曜ヤマ殿。職務の邪魔はしないで貰いたい」 「言い訳は見苦しいぞ」 囁くように言い返してから、ヤマさんが爆音とともに突進する。アスファルトの地面に足形を刻んで。話を聞く気も無いみたい。てか、どんな力で地面蹴ったんだよ! 「緊急事態につき、黒曜ヤマを排除する――」 静かに呟き、シグマも前に出ている。滑るように、そして異様な速度で。 爆音。震動。 駐車場のアスファルトが捲れ上がり、地面が地震のように揺れた。メガフロート都市で地震なんて起こるはずないってのに。前にも同じものを見たけど……。 その中心でヤマさんが倒れていた。シグマの振り下ろした拳を胸に食らって。 「うそ……?」 あの人外爺さんが、やられた――? にわかに信じられない光景に、俺は息を呑んだ。以前皐月を圧倒したあの爺さんが、一撃で倒されてる……。冗談じゃないぞ。あのシグマってアンドロイド、どんだけ強いんだよ。皐月の言う通り無茶苦茶じゃないか! 「甘いわァ!」 鈍い音とともに、巨体が空中に飛んだ。 ヤマさんの逆立ち両足蹴りがシグマの腹へと撃ち込まれている。 って、えうぇえええ? 物凄く元気そうですね、お爺さん……。地面に小さなクレーター作るような攻撃食らってるってのに、全然効いた様子もない。普通身体粉々とか胸に穴空くとか、グロテスク&スプラッターな事になるだろうに。話には聞いてたけど、本当に人間じゃねェ。 さらに亀裂の増える地面。ヤマさんは身体を捻り跳ね起きた。そして、両手を前へと伸ばす。両手を揃えた奇妙な突き。その掌打が空中のシグマに叩き込まれる。 大気がひしゃげるのが見えた。 ……ような気がする。錯覚だろうけど、錯覚じゃない。 鉄骨を殴ったような音を響かせ、シグマが吹っ飛んだ。駐車場を横断し、向かいのビルに激突する。ビル壁面に亀裂が走り、衝撃で窓ガラスが割れた。ぱらぱらと落ちてくるガラスとコンクリートの破片。その威力は推して知るべし。 「うっわ。両手の震透打をモロに……。あれは、洒落にならないわー……」 よく分からんけど、皐月が戦いている。 めり込んだ壁から身体を引き剥がし、シグマが前に出る。 「胸部装甲に若干のダメージ――」 「往生せい!」 そこに飛び掛かるヤマさん。右手を引き絞り。 シグマの蹴りに跳ね返された。地面と平行に十数メートルも飛び、続いて連続後方転回から、体操選手よろしく両手を左右に広げて両足できれいに着地する。場所は最初に立っていた位置。ちょうど俺とサクちゃんの目の前に。 「ヤマさ、ん……?」 気の抜けた声で、サクちゃんが人外執事に声をかけた。しかし、表情筋から力が抜け、目を点にして固まっている。あまりのことに思考が追い付いていないようだ。 俺も追い付いていないし……。 ヤマさんはレンズにヒビの入った眼鏡を外し、破れた手袋も脱ぐ。 「ご安心下さいお嬢様。この黒曜ヤマ、この程度の相手にやられるほど軟弱な鍛え方はしておりません。しかし、久方ぶりに見る頑丈な男ですな……」 ほとんど無傷なシグマを眺め、一人感心していた。 コートに付いた汚れ以外、変わった所の見えない大男。無愛想にヤマさんを見つめたまま、直立していた。吹き抜けた風が、コートの裾と灰色の髪を揺らしている。 「わたしならもう三回スクラップになってるのに、本当に頑丈なヤツ……」 シグマを見ながら、皐月がぼやいた。 |
シグマ Σ-SIGMA 230cm 300kg(内蔵機械含む) 中央情報局の政府直属アンドロイド。外見は五十歳ほどの屈強な大男。 海上都市タイガに存在する五体の性能3Aアンドロイドの一体であり、その中で最高性能を誇る。性能ランクは事実上の4A。金属炭素合金のフレームや流体金属の筋肉機構を持ち、非常識なまでの俊敏性、耐久力、攻撃力を持つ。また、内蔵する機械も多彩にして高性能。皐月曰く、歩く人型要塞。 感情が搭載されていないため、無愛想であまり融通が利かない。 |