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第21話 課外学習 |
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「あの、すみません」 声を掛けられ、皐月は足を止める。 ヒサメに呼ばれて研究所に向かう最中。白いジャケットとジーンズという格好で通りを歩いている時だった。小春日和の午前十時五分前。 「はい?」 返事をしつつ視線を移す。気づいていなかったわけではない。 制服姿の少女が立っていた。ロングヘアの黒髪と、落ち着いた顔立ちである。服装は紺色のブレザーと白と紺色のチェック模様のスカートだった。ついでに、紺色のハイソックスと黒い革靴。どこかの高校の制服らしい。 「こんにちは〜」 親しげな笑顔のまま、挨拶する少女。 「ちょっとお尋ねしたいのですが、書神研究所って知りませんか? この辺りにあると思うんですけど。北地区から来たんですけど、こっち来るの初めてなんで道に迷っちゃいまして。あ、わたしあいなって言います」 マイペースにそんなことを言って、頭を下げる。 皐月は少しだけ視線を持ち上げた。無線でネットワークに接続して、情報を確認する。あいなのブレザーに付いている校章は、北地区の東にある区立アサツキ高等学校のものである。怪しい者でないようだった。 なぜ研究所に行こうとしているのかは分からないが、何か理由があるのだろう。皐月は自分を手で示してから、答えた。 「わたしはこれから研究所に行くんで、一緒に行きましょうか?」 「あ、そうですか」 ぱんと手を叩いて、あいなは嬉しそうに笑った。安堵したように大きく息をついている。皐月が来なければずっと迷子だったのだろう。 それから、振り返って手を振った。 「おーい、玲亞ー。この人が連れてってくれるってー」 その言葉にベンチに座って地図とにらめっこをしていた少女が顔を上げた。 あいなと同じ制服を着た少女である。こちらは金髪碧眼の少女だった。染めたものではなく地毛らしい。この街では金髪碧眼は珍しい。頭には紫色の丸い髪飾り。髪色は違うものの、どこかあいなと似たような顔立ちである。もしかしたら血縁関係なのかもしれない。地図を鞄に入れてから、とことこと歩いてくる。 「こんにちは。えと、研究所の方――」 と言いかけてから、皐月の首に巻かれた赤いチョーカーに目を向ける。人型アンドロイドが外出する時は、このチョーカーを付けるのが義務づけられていた。違反した場合は二万クレジット以下の罰金である。 一度瞬きしてから、玲亞が驚いたように青い目を丸くする。 「アンドロイド……?」 「え?」 と気の抜けた声を漏らしてから、あいなが改めて皐月を見つめた。茶色い瞳を大きく開いて、まじまじと観察する。言われるまで気づかなかったらしい。首下の証明チョーカーにようやく気づいたようだが、それでも信じられない様子だった。 「人間にしか見えないよ……」 その台詞に、皐月は勝ち誇るような笑みを見せる。右手を動かし、大仰な仕草で自分の胸に手を当てた。普通のアンドロイドなら一目見て人間と違うことは分かる。しかし、自分はそのような普通の機械ではない。 きらりと瞳を輝かせ、朗々と自己紹介をする。 「わたしは書神ヒサメ博士が制作した最高傑作。名前は、皐月。炊事洗濯、その他家事全般から、時速百八十キロで疾走し、トラックさえ投げ飛ばすスーパーヒーローのような戦闘まで、何でも出来る超高性能アンドロイドです」 「おおー」 パチパチと拍手をしながら、二人が素直に感心している。 優雅に一礼してから、皐月は肩から力を抜いた。 「ところで、わたしのマスターに何の用ですか?」 その問いに、きっぱりと答えるあいな。 「産業スパイです」 「違うでしょ!」 間髪容れずぺしと左手でツッコミを入れる玲亞。頭を掻きながら、あいなは気の抜けた笑みを浮かべている。息のあったコンビネーションだった。普段からこのようなやり取りを繰り返しているのだろう。 軽く咳払いをして、玲亞が答える。 「高校の課外授業の一環です。研究施設などを訪ねて、その様子をレポートにまとめるって内容で、わたしたちは書神研究所を選択しました」 「そうなんですか」 皐月は頷いた。 あいなが曖昧な笑みとともに、続ける。 「でも、道に迷っちゃいまして。この辺り来るのは初めてだったんで。こうなるんだったら、もう少し調べて来ればよかったですよー。いや、助かりました、本当に」 「じゃ、一緒に行きましょうか」 と、皐月は自分を指差した。 元々自分も研究所に向かっていたので、二人を案内するのは特に問題もない。研究所までの道順教えて、自分だけ行くというのもおかしな話だろう。 「是非」 笑顔で頷く二人。 それを確認してから、皐月は歩き出した。研究所まではここから歩いて数分。無言のまま歩くのは気まずい。何かしら話題になるような事を考える。 と、玲亞が口を開いた。 「それにしても……皐月さんって本当にアンドロイドですか?」 「うん、外見も人間と変わらないし、喋り方とかも人間と変わりませんよねー? 人間がアンドロイド証明チョーカー付けてるようにも見えますし」 あいなも続ける。 それは時々言われることだった。人間と変わらない、と。実際、皐月は外見や思考部分は人間と変わらないように作られている。人間と同じ機械を作るというのが、皐月を作るにあたってヒサメが考えていた主題らしい。 「なら、証拠見せてあげますよ」 にっこりと微笑み、皐月は告げる。 そして、左足で地面を蹴った。 脚部に内蔵された疑似斥力発生機構を起動させ、空中へと跳び上がる。文字通り飛ぶように軽々と、地上十メートル近くまで上昇した。風を切る音が聴覚を叩く。 両目を丸くして見上げているあいなと玲亞。 空中で二回転してから、皐月は地面に着地した。 「どうかしら?」 微笑みながら、両腕を広げて二人を見やる。全力の機動ではないが、自分が人間でないと証明するにはこれで充分だろう。もっとも、生身の人間でありながら、皐月以上の機動力を持つ者には数人心当たりがあるのだが。 「凄いです……」 「ホントにアンドロドだ……」 二人が驚きの言葉を口にする。 「こんな凄いアンドロイド作る書神博士ってどんな人なんですか?」 玲亞のその問いに。 皐月は首を傾げた。 「うーん、マスターは……」 自分を作った科学者書神ヒサメ。大抵の科学者はどこかの企業や大学などに所属して活動しているのだが、ヒサメは個人研究所を持ち、個人として行動している。企業や政府などに仕事を頼まれることもあるが、大抵は自分の仕事を実行していた。 そのような独立系の科学者はこの街全体でも十人に満たない。 「物凄く頭はいいですよ。あと、変な人ですね」 皐月は思いついたことを正直に口にした。 三階建ての白い建物。地上三階、地下二階の構造である。 皐月たちは正面玄関をくぐり、正面ホールに立っていた。ホールというよりも、玄関と呼ぶ方が正しいかもしれない。観葉植物が置かれた空間。応接室へと続くガラス製の扉と、研究所奥へと続く白い鉄の扉が見える。 「何だか、予想してたのと違うね」 「質実剛健みたいな人だから、余計な設備は作らないんじゃないかな?」 白い壁や天井の蛍光灯を眺めながら、二人がそんなことを呟いている。 皐月は応接室横の内線呼出ボタンを押していた。とりあえず、ヒサメがどこにいても、呼出ボタンが鳴らされればここまで来るはずである。 ガチャ、と鉄扉の鍵が開いた。 「あ。来た」 あいなが開くドアを見つめる。 分厚い鉄の扉が開き、出てきたのは、一人の女の子だった。 外見年齢十代前半の小柄な体格と、あどけない顔立ち。赤味がかった黄色い髪を腰の辺りまで伸している。服装は茜色のブレザーと膝上丈の白いスカート、白いニーソックス、胸元に黄色いネクタイ。肩からA4サイズのスケッチブックを下げていた。 そして、頭には狐耳、腰の後ろからは尻尾が生えている。 「う?」 きつね子だった。 「捕獲」 「ラジャー!」 皐月が止める暇もなく、あいなと玲亞は動き出していた。 |
あいな 年齢 17歳 身長157cm 体重 52kg 区立アサツキ高等学校の三年生。好奇心が強く行動力も強い。考えるよりも早く行動に移っていることが多い。時々語尾を伸ばす癖がある。 玲亞の親友で、ボケの方。 玲亞 年齢 17歳 身長156cm 体重 51kg 区立アサツキ高等学校の三年生。落ち着いていて、色々と考え込むことが多い。海上都市タイガには珍しい金髪碧眼。あいなの行動に対してフォローやツッコミなどを主に行っている。 |