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第7話 出没、電気街


 休日の午前十時過ぎ。東地区の二十五番道路にあるサン通り。
「さて、と」
 駅前広場にて、俺は静かに覚悟を決めた。
 自宅マンションから一時間ほど行った所にある、電気街。規模は西地区の電気街に劣るが、それでもパソコンや電子パーツからゲーム機用のゲームまで、様々なものが売っている。無論、全年齢向けからお子様禁止ものまで。
 ビバ、電気街!
「何気合い入れてるの?」
 傍らに立った皐月が不思議がる。
 白い半袖のジャケットと紺色のジーンズという活動的な格好。焦げ茶色の髪を白いリボンを使ってポニーテイルに縛っていた。首には赤いチョーカー。
 以前のワンピースは破けたとか言ってた。
 俺はぐっと拳を握り締め、
「ハカセから貰った報奨金とおまけの諸経費、及び自分でこつこつ集めた貯金。二万クレジット。これを今日、ここで散財する」
 大人買いこそ、大人のロマン!
 不敵に笑う俺の態度に、皐月は腕組みをして訝る。
「それは分かるんだけど……何でわたしを連れてきたの?」
「荷物持ち手伝い」
「帰っていい?」
 俺の返答に、躊躇無く踵を返す皐月。
 だが、は右手を伸ばして、皐月の左手を掴んだ。
「いや、一人だと持ち切れないんだよ。どうせ帰ってもやること何だから、付き合え。第一、重要なものは持たせるかよ」
「……わたし信用されてない?」
 自分を指差し、皐月が呻く。
 買い込んだものは他人には持たせられない。たとえ、高性能アンドロイドとは言ってもだ。大事なものは自分で守る。それが俺の信念!
「貴重品は自分で管理、よく言われるだろ」
「なんか違う」
 目蓋を下げる皐月。
「お前力に自信あるとか言ってただろ。一人で持ちきれないくらい買い込む予定だから。俺一人じゃ無理だって」
「はいはい、分かったから」
「じゃあ、あたしの荷物持ちも頼んでいいかい」
 ビクッと身体を痙攣させて、俺は飛び退いた。
 皐月は驚きもせずに視線を移す。
「こんちわー、ハルゥ。元気そうだね」
 そこに経っていたのは一人の女。
 百六十五センチほどの細めの身体。微かに赤みを帯びたショートカットの黒髪。お調子者っぽい笑顔と、口元から覗く八重歯がどこか少年のような雰囲気を作っている。白いキャミソールに薄い赤色のカーディガン、赤いズボンという格好。
「フユノ。何でこんな所にいるんだよ」
 俺の友人その3のフユノ。ナツギやトアキに比べるて付合いは薄いものの、小学生の頃からの友人である。俺たち四人で四季カルテットと呼ばれることもあった。
「あたしがここにいてもおかしいとは思わないけど」
 腕組みをして、笑う。
 こいつもいわゆるオタク――萌え系から腐系まで、浅く広くというタイプだ。ここにいるのは特に驚くべきことではないが……
 何で計ったように声かけて来たんだよ?
 俺の疑問をよそに、フユノは皐月に挨拶していた。
「あなたが皐月ね。噂は聞いてるよ。あのハカセが作ったんだってね。ジェット噴射なんかで空飛べる? 指から銃弾とか飛ばせる?」
「えっと、飛べませんよ、ジェット噴射じゃ。でも、ジェット噴射使わくても自分の脚力で飛べますよ。わたしって物凄く高性能ですから。あと殴って鉄板破れます」
 ぐっと拳を握って答える皐月。
 フユノの質問は微妙にズレているが、皐月の返答も微妙にズレている。だが、二人の間では何かが通じ合ったらしい。
 お互いにぐっと親指を立てる。
「その仕草に何の意味があるんだ?」
 俺の問いに、ぴっと人差し指を向けてくるフユノ。
「男のあんたに言っても分からない、女同士の友情よ」
「そういうこと」
 得意げに頷いている皐月。
 いや、お前機械だろ……
 ってかどこが女同士の友情?
 思っても突っ込みは入れないでおく。なんか面倒なことになりそうな気がした。いくじなしの俺、頑張れ、超頑張れ。
「とりあえず、だ」
 俺は気を取り直してフユノを睨む。
「何で狙ったように声かけてくるんだ?」
「まあねぁ。あんたと考えは同じさ。臨時収入があったから、買い物に来たの。なにやら二人で楽しそうにしてたから、思わずから声かけちゃった」
 人差し指を立ててウインク。
 俺は半眼でその様子を見つめる。
「というわけで、三人で一緒に行きましょう」
 くいくいと手を動かして歩き出すフユノ。
 単純に見るならデートに誘っているよう見えなくもない。だが、この女がそんな女の子らしいことをするとも思えなかった。伊達に十年以上の付合いでもない。
「その真意は?」
「マイ荷物持ちその1」
 と俺を指差す。続けて皐月を指差した。
「その2」
「俺は一人で行くから」
 ポケットに手を入れて、俺は歩き出す。テンションが醒めてしまった。せっかくの休日を有意義に過ごそうと思ってたのに。
「じゃ、この子は借りてくわ」
 皐月の腕を掴んでいるフユノ。
「おい、待て」
 慌てて制止するが、フユノは聞かず、皐月を連れて歩き出した。乾いた笑顔で手を振りながら引っ張られていく皐月。数秒も経たずに人混みに消えた。


 煉瓦敷きの歩行者天国を一人で歩いていると。
「ん?」
 不思議なものを見つけて、俺は足を止めた。
 皐月と別れて二時間ほど一人で買い物。パソコン関係の小物が詰まった紙袋を右手に下げている。これから、裏通りの同人ショップに向かう予定だった。
「場違いな子が?」
 お淑やかな足取りで道を歩く少女。十四、五歳くらいだろうか。腰まで伸ばしたきれいなストーレトの黒髪に、まだ幼さの残る顔立ち。服装は白い半袖のワンピースと草色の上着。靴は黒い革靴。絵に描いたようなお嬢様オーラを纏っている。
 周囲の男女とは明らかに雰囲気が違った。
 きょろきょろと不安そうに辺りを見ている。何かを探すような視線。
 その視線を俺に留めた。
「あ……」
「もし、お兄さん」
 とことこと歩いてくる。
「えっと、俺?」
 自分を指差し、俺は思わず訊き返した。今まで十九年と十ヶ月ほど生きているが、こんなお嬢さんに心当たりはない。関係ありそうと言えば、ハカセ……?
 あ、何かトラブルの匂いがが。
「はい。失礼ですがお聞きしたいことが」
 俺の目の前までやって来て、そんなことを言ってくる。
 女の子の身長は百五十センチくらい。今まで見たこともないような澄んだ黒い瞳を俺に向けていた。そんな眼で見ないで、なんか心が痛いから。
「俺で答えられることでよければ」
「はい。ここはサヒ通りでしょうか?」
 左右を見回しながら、そんなことを聞いてくる。
 サヒ通りって……? あー、どこかで聞いたことあるけど、思い出せん。少なくとも俺の行ったことのある場所じゃない。もしくは、行ったけど記憶にない場所。
「ここはサン通りだぞ」
「そうですか。ではサヒ通りはどこでしょう?」
 女の子は小首を傾げる。それは俺への質問でなく、自分への質問だった。どうやら、迷子らしい。良家のお嬢さんが出歩いて迷子になったとか、そんなところだろう。
 実に珍しいことであるが。
 さって、どうしたものか? うん、迷うこともない。素直に警察に連れて行くべきだろう。俺の手に負えそうなことじゃないし、休日を潰されるのもごめんだし。
「あ――!」
 という聞き慣れた声。
 視線を移すとフユノと皐月が立っていた。同人ショップのロゴが入った紙袋を持ったフユノと、パソコンと書かれた大きなダンボール箱を抱えた皐月。二人ともが驚きに眼を丸くして俺を見ている。
 空いた左手で俺を指差し、フユノが一言。
「未成年略取現行犯発見!」
「違あああッ!」
 一斉に向けられる視線に、思わず俺は叫んでいた。

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 フユノ Fuyuno
 19歳 164cm 52kg B84C/63/80
 小学生時代からの友人その3。
 活動的な女オタク。ハルとは小学生の頃からの付合い。萌え系から腐系まで広く幅広く取り扱っている。性格は男っぽい。皐月と気があうらしい。