Index Top 第5章 戦争が始まる

第1節 死後の狂気


 デウス社の庭。
 正門から正面にある二百階建ての巨大な本社ビルまで、一本の広い舗装道路が続いている。その周りは、人口の芝生が植えられ、何本もの広葉樹が立っていた。それは大規模な森林公園にも見える。
 だが、その庭には運転席を潰されたトレーラーが横たわっていた。その手前には、社長のバレイズと息子のスティル、そして人間の姿をしたアンドロイド・オメガ汎用機が佇んでいる。オメガの服には、数字が記されていた。製造番号だろう。
 テンペストを構え、レイは数歩後退る。
「レイさん」
 二本の光剣を構えたクキィが、驚いたように呟いた。レイが追いかけてきたのが、意外だったのだろう。シリックは何も言わない。
「オメガ試作機――レイ・サンドオーカーか」
「バレイズ。五年ぶりだな」
 バレイズの呟きに、レイは応じる。しかし、オメガ汎用機六体からは注意を逸らさない。自分一人で、この六体を相手にするのは不可能に等しい。
「バレイズ!」
 前触れもなく、シリックが引き金を引く。
 撃ち出されたエネルギー弾が、空を裂いた。が、『1』と記された黒服のオメガ――一号機が、その前に立ちはだかり、エネルギー弾を打ち払うように手刀を振るう。
 手に当たったエネルギー弾が、爆発を起こしたが。
 爆風を突っ切り、オメガが飛び出してくる。速い。
 レイはシリックを突き飛ばし、突き出された金属の拳をテンペストの腹で受け止めた。岩を砕くほどの力が伝わってくる。あれほど爆発にさらされたというのに、オメガの身体に傷はない。服にも傷はない。身体だけではなく、服も特別製なのだろう。
「お前が、裏切り者の試作機か。我々に敵対するのなら、躊躇なく破壊する」
 冷淡なオメガの呟きには答えず、レイは跳び退った。
 オメガも後ろへと跳ぶ。
「シリック。クキィ」
 正面の敵と、動かない五体のオメガを見ながら、レイは言った。
「これだけは言っておく。君たちがやろうとしているのは、もう復讐じゃない。ただの自殺行為だ。無意味なことは、やめられるうちに、やめろ」
「オレたちは――!」
 シリックが反駁してくるが、それを遮るように叫ぶ。
「現実を受け入れろ! 君たちは、復讐なんかできない! こいつらを殺して何になる。何を手に入れられる。何が残る! それに、君たちじゃ力不足だ。ここにいるオメガの一体にすら傷ひとつつけられずに、バレイズたちを殺せるわけがない……」
 叫びは、消え入るように小さくなり、囁きに化けた。
「状況は変わってしまった……。君たちは邪魔なんだ」
「ふむ」
 バレイズはレイと、背後にいるシリックとクキィを見やった。重要なことを気づかれたらしい。薄笑いとともに言ってくる。
「つまりお前は、この身の程知らずな姉弟を一人で守りに来たのか。ということは、伏兵はいないということだな。レジスタンスの最大戦力であるお前を倒す、最大の好機か」
「………そうだな」
 皮肉げに頷いて、レイはテンペストを構えた。
 剣にリミッター解除の指令を出す。チェーンブレードが加速を始めた。速度が増すに連れて、金属を擦るような細い振動音が聞こえてくる。やがて、その音も聞こえなくなった。チェーンブレードは限界まで加速している。不用意に触れるわけにはいかない。
「君たちは、一切手を出すな。誰かを守りながらじゃ、俺は戦えない」
「だけど!」
「すまない……」
 呟きながら、レイはバレイズとスティルを順番に見やる。
「一対六。真正直に戦っても勝ち目は薄い。この場合の定石は、頭を潰す――」
 と、異変に気づいた。
「バレイズ……。お前、息子に一体何をした?」
「なに?」
 訝るバレイズをよそに、レイはスティルを凝視する。その身体からは無数の金属反応が感じられた。というよりも、全身が金属である。アンドロイドの影武者かとも思えたが、生命反応も感じられた。かといって、サイボーグでもない。
「はは。ばれたか」
 笑いながら、スティルが答える。
 その反応に、バレイズはレイから目を離して、スティルを見やった。スティルは何がおかしいのか肩を震わせ、笑っている。
「お前、何をしたんだ……!」
 バレイズはうろたえたように、スティルに詰問した。その態度からするに、息子に何が起こったか知らならしい。
 全員が見守る中、スティルは面白そうに言ってくる。
「二年半前に、情報部の三班がAATのコアを見つけてきたんだ。調べてみると、それは、試作機に使われたコアと同種のものだった」
「そんな話、聞いてないぞ!」
「ああ。父さんには言ってないからね。調査書もごまかしたし」
 バレイズを見やり、スティルはさらりと言った。
「それを使って、僕は自分自身を改造したんだ。あらゆる技術を駆使してね。父さんに隠しておくのは大変だったけど、結果は大成功だよ」
 と、両腕を広げてみせる。
 バレイズは何も言わない。言うべき言葉が見つからないのだろう。
「何で、そんなことを?」
「夢だよ、夢。僕は子供の頃から強くなりたいと思っていた。人間を超えたいと思っていた。無敵の存在になりたいと思っていた。オメガ試作機――いや、レイ。君の強さを見て、この思いは夢から現実に変わったんだ」
 スティルは楽しそうに両手を広げてみせた。

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13/5/26