Index Top 第4章 明かされた事実

第1節 レジスタンス


 レイは拾い上げた右腕の断面を合わせた。
 修復プログラムにより、身体を形成しているナノマシンが動き出し、数秒にして組織がつながり、神経回路もつながる。腕や手、指を動かしても、違和感はない。
「とりあえず、助かった。感謝するよ」
 歩いてくる女に向かって、レイは呟いた。
 年は二十代後半だが、顔立ちのせいか子供っぽく見える。背はシリックと同じくらいだろう。白銀色の髪をポニーテイルにして、縁のない丸眼鏡をかけていた。着ているものは、大きめの白衣である。背中に、黒いカバンを背負っていた。
 ミスト・グリーンフィールド。自分を造った科学者。
「久しぶりね。レイ・サンドオーカー」
 気安く手を振りながら、歩いてくる。
「ミスト博士――待っていました」
 レジスタンスが歩いてくるミストを見やった。
「この人が、ミスト博士ですか……」
「何だか、子供みたいだな」
 呟くシリックの元に、ミストは速やかに歩いていく。何も言わず、顔に感情は浮かんでない。瞬きするシリックをよそに、拳を振り上げ、ゴツとその頭を叩いた。
「いてッ! 何すんだよ!」
「あたしは、子供って言われるのが大嫌いなのよ!」
「デウス社の方は、どうした?」
 倒れたサイボーグからテンペストを引き抜き、レイはシリックと睨み合いをしているミストを見やる。性格は、五年前から変わっていないようだった。
 ミストは振り返りながら、微笑む。
「あたしが開発した特性ウイルスを食らって、機能停止中よ――。あと二時間は、まともに動けないわね。で――こいつら、殺した……の?」
 と、倒れたサイボーグたちを見やる。ジャマーの直撃で昏倒した者より、レイの剣で倒された者の方が多い。その全員は、致命傷を負っていた。
「俺は殺す気で戦ったんだが、思いの外頑丈だ。この状態でも、生命反応が感じられる。生命維持装置は動いているらしいな」
「そう」
 呟いて、ミストはレジスタンス五人を見やった。
「あなたたちが、レジスタンスね?」
「はい。僕はアーディ・ハットです」
 応じたのは、連装バズーカ砲を担いだ背の高い男である。最初に自分に声をかけた男でもあった。この五人のリーダーなのだろう。
 背後にいる仲間を示して、アーディは続ける。
「左から、エリオ、リリィ、サザカイム、キール」
 言われた順番に、挨拶をする四人。
 それから、レジスタンスはシリックと、クキィに目を向けた。何が言いたいのか分からず、きょとんとする二人。
 ミストが尋ねてくる。二人を指差し、
「レイ。誰なの? この子たち」
「この『子』って言うな! 俺は子供扱いされるのが、一番嫌いなんだ!」
 バシバシと地団駄を踏んで、シリックが言い返していた。隣で、クキィが困ったように、苦笑している。その態度が子供なのであるが、あえて言わない。
 レイは告げた。
「シリックに、クキィ。俺の仲間だ。あと……」
 と、ミストを見据え、小声で呟く。
「ホワイトフォック家の姉弟だ」
「あ…………。そう」
 ミストは複雑な感情の混ざった眼差しで、二人を見つめた。来ないようにと仕組んだのに、来てしまったことに困惑しているのだろう。
「来ちゃったのね」
「ああ、来たよ――。デウス社の連中に復讐するためにな。送ってくれた金と手紙には感謝してるが、ここまで来たからには、復讐はやり遂げる。邪魔はさせない」
 ノートゥングを握り締め、シリックがミストを睨みつける。その瞳には、強い意思が灯っていた。標的を前にして、復讐をやめる気など、微塵もない。
「ミスト博士」
 今度はクキィが声を発する。おっとりとした眼差しに、鋭利さを含めて、ミストを見やった。何か気になることがあるらしい。
「博士は、何でわたしたちに『わたしたちの両親を殺したのがデウス社だ』って教えたんですか? 書かなければ、わたしたちが復讐に来ることはなかったのに――」
「…………」
 ミストは何も言わない。クキィの言うことは正論である。この姉弟に、家を襲ったのがデウス社だと伝えなければ、ここまで復讐しに来ることはなかった。なのに、教えた。何かわけがあるだろう。
 しかし、ミストは何も答えず、レジスタンスの五人に向き直る。
「ラインに会わせてくれない?」
「はい」
「なら、早くレジスタンスの隠れ家に案内して――。レイも、この姉弟もね。監視カメラを止めていられるのは、あと三十分くらいだから」
「分かりました」
 バズーカを下ろして、アーディは頷いた。
 公園の入り口近くに停めてあった車の方へと走っていく。
「あなたたちは、あたしのトレーラーに乗って。四人乗りだから」
「それより、こいつらどうするんだ?」
 ミストの後ろを歩きながら、シリックは倒れたサイボーグたちを示す。放っておいたら、何かあるかもしれないと、考えたのだろう。
 テンペストを肩に担ぎ、レイは言った。
「誰か一人連れて行って尋問したいところだが、相手は生粋の戦士だ。拷問されようが、口を割ることはないだろう。放っておけばいい。そのうち、デウス社の連中が気づいて、回収しにくる」
 もしくは、ジャマーの食らったサイボーグが目を覚まして、倒された仲間を連れて、デウス社に戻るか。それは、どちらでもいいことである。
「ミスト博士。このトレーラー……デウス社の人たちに見つかりませんか?」
 言いながら、クキィがトレーラーを指差した。
 このトレーラーは、最大の部類に属する。車高は、四メートルを超えていた。これほど目立つものならば、監視カメラなどがなくとも、居場所を知られてしまうだろう。
「見つかることは、承知の上よ。デウス社に不意打ちをしかけて戦えるのは、今日中。およそ十二時間。その間に、デウス社を潰せなければあたしたちの負け」
「時間がない。急ごう」
 言いながら、レイは懐からポータブルパソコンを取り出した。これもジャマーの直撃を受けて、機能不全に陥っている。もう使うこともないだろう。そう判断し、無造作に握り潰した。プラスチックと金属の破片が地面に落ちる。
 レイはトレーラーの方へと歩いていった。

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