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第2節 怪物は解き放たれた |
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「試作機が脱走した――」 兵器開発部長ガッシュは、扉を見つめ呻く。 それは言わずとも、分かることだった。極秘研究室へと続く厚さ二百五十ミリもの分厚い超硬合金の扉が、斜めに斬り捨てられている。扉を挟む同金属の壁にも細く深い溝が刻まれている。ビームで切ったものではない。鋭利で強靭な刃物で斬ったものだ。 こんなことは、人間にできるわけがない。 試作機が研究室に置いてあった剣を持ち出し、研究室を脱走したのだ。ビーム類を除いて、この扉を切断できるようなものは、試作機の剣しかない。 「どういうことか、説明してもらおうか。ミスト博士」 その声には、少なからぬ怒りがこもっている。 ミストは冷静に答えた。 「彼は人間としての人格を持ってる。それは、あたしたちが作ったものじゃない。生きていた人間のものよ。自分の信念も独立心も持ってる。自分なりに何かを考えて、それを実行してもおかしくはないわ」 「何で、ただの機械に人間の人格なんか組み込んだんだ!」 ガッシュが眉を吊り上げ、叫んでくる。それは、八つ当たりのような口調だった。口調通り、八つ当たりだろう。試作機脱走の責任を問われるのは、ガッシュである。 ミストは声を遮るように手を上げた。 「機械に人格を与えることによって、プログラムされた技術と経験を最大限生かせる。あなたもその意見に賛成したでしょ」 指摘すると、ガッシュは目をそらす。 が、ごまかすように咳払いをしてから、言ってきた。斬られた扉を見つめ、 「しかし、なぜ試作機の脱走に気づかなかったんだ? 研究室の扉に傷でもつけるだけで、警備部が駆けつけるのに」 この社内の警備は、世界一と言われるまでに厳重だ。社内は常に監視されていて、扉一枚を開けるだけでも、それは警備部を通じて中枢コンピューターに記録される。この警備をすり抜けて社外へ脱走することはできない。人間には。 「警備部のコンピューターにハッキングの形跡があったわ。彼は警備を一時的に停止させ、その隙に逃げたのよ」 「できるのか? そんなことが」 「彼が内臓してるコンピューターは、中枢コンピューターの次に性能がいい。彼はハッキングの知識も持ってる。やろうと思えば、できるわよ」 ミストは両腕を広げて言った。 それを聞いたガッシュが、再び怒鳴ってくる。 「何で、そんな機能を持たせたんだ!」 「試作機だから実験的に色々な機能を持たせてもいい、って許可したのはあなたよ」 「…………」 ガッシュは研究室に背を向けて歩き出した。後に続いてミストも歩き出す。目的は情報部だろう。脱走した試作機を探さなければならない。 「試作機の設計図とデータは残ってるから、同性能のものは作れる。だが、試作機には、解明しきれていないブラックボックスが積んであるんだ。それを取り戻すために、必ず捕まえなければならない。さて、どうやって捕まえますか? ミスト博士」 皮肉な目付きを向けてくるが、ミストは肩をすくめて、 「彼を捕まえるのは無理ね。外見は人間と寸分も違わないから、表皮を破って内部を見ない限りアンドロイドだということは分からないし、たとえ見つけてもイプシロン二十体を無傷で倒すような相手を捕まえることはできないわ」 「ちっ」 ガッシュは聞こえよがしに舌打ちをした。 |
12/8/19 |