Index Top 第6章 鋼の書 |
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第6節 一矢の奥の手 |
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キィン! 突き出された穂先を刀で受け止め、一矢は逃げるように後退した。 何とか体勢だけは保つ。倒れるわけにはいかない。倒れたら、後はない。 「しぶといな」 呻きながら、ハドロは槍を構えた。 一矢は乱れた息を整えながら、刀を持ち上げる。ハドロに食い下がれていのは、シギとの特訓の成果に他ならない。しかし、もはや気力だけで立っているという状態だった。緊張を緩めれば、立ってはいられまい。 全身は傷だらけ。刺されてはいないが、穂先が何度となく身体を掠っている。上着と小手で、ある程度の防御はできていた。動きを邪魔するような深い傷はないが、いつ致命傷を負ってもおかしくはない。致命傷を負えば、終わりだ。 「あいつ倒す方法、まだ考え付かないの!」 アルテルフの傍らに浮かんでるテイルが、叫んでくる。 一矢はハドロから注意を離さぬまま、言い返した。 「身体動かしながら、頭使うなんて器用なことはできない……!」 「一矢君。来るよ――」 アルテルフの声に視線を転じる。 ハドロが槍を構えて突進してきた。突進の勢いを乗せて、槍を突き出してくる。防御は考えていない。一矢が攻撃することを考えていないのだ。 一矢は横に走って、穂先を避ける。が、払うように穂先が追ってきた。柄を握る手に力を込めて、槍を受け止める。衝撃に手が痺れるが。 「はッ!」 気合を込めて、一矢は前進した。槍の柄を刃で押さえつけながら、ハドロへと接近し、刀を振るう。が、ハドロも寸前で槍をひっくり返していた。石突の刃が眼前に迫る。 左腕を振り上げながら、一矢は飛び退いた。石突の刃は、小手で受け止められる。一方、ハドロは胸を斬られて、血を流していた。 しかし、ハドロの圧倒的優勢は変わらない。 「油断した」 後退しながら、ハドロが呻く。 「一矢君、早く何かしないと殺されてしまう……」 片膝をついたまま、アルテルフが言ってきた。その言葉通り、このまま戦っていれば、いずれ倒されるだろう。その前に、何とかしなければならない。 「倒さなくてもいいから、原稿用紙使って何とかしなさい! 鋼の書さえ取り返せばこっちのものなんだから!」 テイルの言葉を聞きがら。 (鋼の書を奪い返すには……) 深呼吸をして、一矢は腹を決めた。マントから原稿用紙を取り出し、それを口にくわえる。鋼の書を奪い返す、最も可能性の高い展開。 危険な選択だが、他に方法は思いつかない。 鋼の書は手の届くところにあるのだ。 「やる気か――」 ハドロが防御するように、槍を構える。 一矢は左手を後ろへと回した。 「ふっ!」 後ろ腰から短剣を引き抜き、ハドロめがけて投げつける。牽制ではあるが、通用するとは思えない。一矢は左手に原稿用紙を持ち、駆け出した。 ハドロは短剣を打ち払い、槍を突き出してくる。 だが、一矢は止まらない。小手で穂先を打ち払うように左手を上げた。灼熱の穂先が小手に当たる。しかし、穂先は小手の表面を滑って、左肩に突き刺さった。 《痛みはなく、衝撃だけを感じる。穂先は骨にまで達したようだったが、気にしない。槍を肩に刺したまま、一矢は刀の間合いへと飛び込んだ。 右手に掴んだ刀を突き出す。狙いは、相手の首筋。頚動脈。 だが―― ハドロは左手で鋼の書を取り出した。それを開き、 〈ハドロは槍を引き抜き、剣の間合いの外へと跳んだ。イッシの剣が空を斬った〉 一矢は刀の切先を見つめ、黙する。 「残念だったな。ま、一行だけだが……俺も自分の意思で鋼の書に文章を書き込めるようになった。これが、俺の切り札だ」 鋼の書を開いたまま、ハドロが言った》 手から放れた原稿用紙が、鋼の書へと飛んでいく。 「………」 左肩の刺し傷が、上着に込められた魔法によって治癒された。だが、血が止まっただけである。左腕は思うように動かない。刀の柄を掴むこともできないだろう。 「嘘でしょ……」 テイルが絶望的な呟きをこぼした。 ハドロは一行だけだが、鋼の書を使えるようになっている。対して、原稿用紙は使い切ってしまった。左腕は使い物にならない。 「もう、勝ち目はないのか……?」 アルテルフもテイルと似たような口調で、呟く。 「俺の勝ちだな。遺言くらいは聞いてやるぞ」 余裕たっぷりの口調で、ハドロが言ってきた。勝利を確信している。自分が負けるとは夢にも思っていない。事実、何の策も打たなければハドロが勝つだろう。 それを見返し、一矢は静かに告げた。 「いや、僕の勝ちだ」 「?」 疑問符を浮かべるハドロ。 一矢は、何とか動く左手をマントに入れた。 「これが、僕の切り札――」 言いながら、一枚の原稿用紙を取り出す。 テイル、アルテルフ、ハドロが、愕然とそれを見つめた。 「正真正銘、最後の一枚だ」 一矢は告げる。 |
12/7/15 |