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第6節 戦いの場へ


 四頭引きの馬車が、草原の中を走っていく。
 手綱を握っているのは、アルテルフだった。一矢たちは、荷台に座っていた。かなりの速度で走っているのに揺れが少ないのは、車軸と荷台の間に緩衝バネが仕込まれているおかげである。
「ハドロは、僕たちを待ち構えている」
 手綱を握り直し、アルテルフが呟いた。
 一矢は両腕にはめた小手を見つめる。倉庫から持ち出したものだ。小手は、前腕から手甲まで保護してある。材質は神気の込められた鋼で、薄いながらも防御力は高い。
 着ている服は魔力が込められたものだ。防御力もなかなかだが、これには服を貫かれてできた傷を自動的に治療するという便利な効果がある。
 メモリアもいくつか魔法防具を身につけていた。
 武器の類は持ってきてはいない。攻撃の主体はアルテルフの拳銃なので、剣や槍などの武器をを持ってきても使わないのだ。それに、余計なものを持ってくると、戦いの邪魔となる。刀と短剣は持ってきていたが。
「あいつのことだから、何か罠を張ってるだろうな」
 腕組みをして、シギが呻く。
「どんな罠かな?」
「それが分かれば、苦労はしないよ」
 メモリアの呟きに、一矢は言った。それを原稿用紙に書いてしまうのはどうかと考え、無理だと判断を下す。取り消し線が引かれるだろう。
 指で眉をこすりながら、シギが唸った。
「だが、落とし穴とか地雷とか、そんな陳腐なものじゃない。俺たちにとって致命的なものを見抜いて、必ずそれを罠として仕掛ける」
「致命的ねぇ――?」
 これは、テイル。
 ハドロは罠を張っている。自分たちにとって致命的な罠。それを見抜けなければ、自分たちは圧倒的不利に陥ることは確実だ。
「僕たちにとって、一番致命的なことは?」
 アルテルフが問いかける。
 一矢はマントに手を当てた。答える。
「この原稿用紙が使えなくなることだろ」
「でもハドロ所長は、わたしたちが原稿用紙持ってること、知らないと思うよ」
 メモリアが言ってきた。それは、当然の意見である。ハドロは、一矢が原稿用紙を持っていることは知らないはずだ。鋼の書は、自分が視点の中心にいる個所しか読めない。
「だけど、言い切れないんだよな」
 一矢はうんざりと呻く。
「あいつね……」
 テイルが呻いた。原稿用紙を渡してから姿を見せていないノヴェル。もしかしたら、ハドロに情報を渡しているかもしれない。否、十中八九渡しているだろう。物語を面白くするという理由で。
「あいつ、って誰だ?」
「何でもない。こっちのことだ」
 一矢はごまかすように手を振った。シギたちには、ノヴェルのことを話していない。話がややこしくなるからだ。
 ともあれ、一矢は尋ねた。テイルに。
「それより、この原稿用紙。効果を封じる方法はあるのか?」
「ないわ」
 テイルは即座に否定する。
「この原稿用紙は鋼の書と同じ――。この世界にあるどんなものを使っても、力を封じることはできない。たとえ鋼の書を使ってもね。それに、破壊することも、傷をつけることもできないわ」
 鋼の書に属するものは、この世界では特別らしい。この世界の法則から独立しているのだろう。原稿用紙を封じる手段はない。
「じゃあ、他の罠か……」
 一矢が呻くと、アルテルフが改めて問いかける。
「僕たちにとって、一番致命的なことは――?」
「シギさんが戦えなくなることじゃない」
 メモリアが言った。それは妥当な意見である。戦力の中心であるシギが戦えなければ、自分たちは瞬く間にエイゲアに殺されてしまう。
「シギが戦えなくなるって言っても、どうやって戦えなくするのよ」
 テイルが言ってきた。シギの戦力を封じるといっても、具体的な方法が分からない。シギの力を封じる魔法というのもあるかもしれないが、そう都合よく使えるものではない。鋼の書を使っても、無理だろう。
「戦えなくするというよりは、先手必勝で倒すんじゃないか?」
「鋼の書と白の剣で、あのディーヴァを強化するか」
 シギが呟く。朝方戦った時も強すぎるほどに強かったが、ハドロは鋼の書と白の剣を使って、エイゲアを限界まで強くしているだろう。
 一矢はマントから三枚の原稿用紙を取り出した。
「原稿用紙の残りは三枚」
 言ってから、メモリアとアルテルフ、テイルを見やる。自分を含めた四人がハドロと戦うことになるだろう。相手の戦力を考えれば、原稿用紙がなければ勝てない。
「僕たちが使えるのは二枚。本番でどう使うか――」
 考え込むように呻くと。
 メモリアが名案といった調子で言ってきた。
「どういうことを書くか、今のうちにみんなで考えておいたらどうかな」
「それは駄目」
 テイルが首を横に振る。

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12/5/27